39 長野まゆみの本

2008.06.10

カルトローレ

20080610_005 しばし甘やかな夢を見ていた。そのゆらめき。その謎めき。どうかすると消え入りそうに脆くて、ときどきふっとため息をついてしまう。さらさらとこぼれ落ちる沙のごとく、何もかもがあまりにも淡くて。だから好奇心を抑制する。はやる気持ちを制して、じっくりじっくり読んでゆく。此処其処に漂う独特の美意識にくらくらしつつ、慈しむように読んでゆく。そうして、胸の奥底に封じ込めた思いをほんのりと疼かせて、何とも甘やかな夢が続いてゆく。長野まゆみ著『カルトローレ』(新潮社)は、そんな思いを抱かせる物語だった。著者の作家生活20周年記念でもあるこの作品は、一度するりとその世界へ脚を踏み入れたが最後、どこまでも心地よい空間へと誘ってくれる。

 物語は、沙地にあるとある自治区を舞台に展開する。長年生活の場であった≪船≫を降りて適応化プログラムを受けたタフィは、そこで≪船≫の人間が残したとされる全頁糊づけされた109冊の航海日誌“カルトローレ”の調査を任される。≪船≫でのおぼろげな記憶に揺さぶられながら、移民局の役人コリドー、琥珀色の肌をしたワタと呼ばれる種族の少年らと出会い、日々を共に過ごしてゆく。物語の中で面白いのは、未だ謎に包まれたままの≪船≫で暮らしていた人々のことと、長年沙地に暮らしてきた人々のことが、入り組んでいるところ。また身体に刻まれている病を癒すための護符のようなもの、生まれ変わりの呪符のようなものなどなど、さまざまな紋様の在り方がとても興味深い。

 それから、物語に登場する西の谷の住人の暮らしと、≪船≫の人々の暮らしとの共通点に、思わず唸ってしまった。同じ顔ぶれが暮らす共同体の中では、争わずにすむように、個人を特定しないにかぎるというのだ。そこにはもはや男と女の区別すら曖昧で、アリアの紋様や衣服で偽ろうと思えば偽れるというのだ。その不確かさに愕然となる。男を男たらしめているものとは何か。女を女たらしめているものとは何か。一個人を特定するものとは何か。一部の特別な人以外は固有の名前すらないというから、ますます話はややこしくなる。そうして、わたしという存在の不確かさにはっとする。確かな保障はどこにもないのだ。この物語の謎めきは、幻想的でありながら痛いほどの真実をついている。

4103068116カルトローレ
長野 まゆみ
新潮社 2008-04

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2007.10.25

よろづ春夏冬中

20071025_011a タマシイにすぎないわたし。イレモノにすぎないわたし。そんな二つの自分を思うとき、ときどき抱く違和感が、ごくごく自然なことのように思われる。タマシイはイレモノを求め、イレモノはタマシイを求める。だからこそ、此処には“わたし”という存在ができあがっているのだろう。タマシイとイレモノ。つまりは躰と心。そのどちらが欠けても、どちらに重心が傾いても、この世はずいぶん生きにくいところである。14もの短編を収録した、長野まゆみ著『よろづ春夏冬中』(文藝春秋)は、タマシイとイレモノをめぐる物語である。人々はたびたび予想もしなかった物語の展開に呑み込まれ、タマシイという名の曖昧な存在に弄ばれてしまうのだ。

 物語は、ときに時空を超えて、ときに異界と交わって進んでゆく。そしていずれの物語でも、タマシイとイレモノが分離してしまうのである。いや、もともと別物だという方が正しいのだろうか。“さあねえ、タマシイの容器(イレモノ)はいろいろだからね”。この作品に収録されている「雨過天青」にそんな言葉があるように、本来自由自在にタマシイというものは彷徨することができるものなのかもしれない。死者と生者との境などもなく、あの世とこの世との境などもなく。人に限らず、物に限らず。そうして、様々なしがらみから本当の意味で自由になるとき、タマシイははじめて解き放たれるのかもしれない。この作品の読後感はそこに通ずるように思う。

 この『よろづ春夏冬中』。14もの短編を収録しているため、当然ひとつひとつの物語は短い。だが、その短さの中に、ぎゅっと濃縮されたおかしみがつまっている。読んだ直後ではなく、しばらくしてからじわじわとおかしさが込み上げるのである。もちろん、すぐさまふふっと笑ってしまってもいい。どこをとっても著者の企みは、見事に成功しているのだから。また、繰り返し読むほどに新しい気づきもあり(著者特有の日本語の美しさ、性的なニュアンス)、味わい深い短編となっていることも言い忘れてはいけない。上質な読書を堪能できたと思える一冊だった。さて、わたしのタマシイはどこへ向かうか。今日もまた、ごわごわした違和感がまとわりつく…

4167717468よろづ春夏冬中 (文春文庫 な 44-4)
長野 まゆみ
文藝春秋 2007-10

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2007.05.20

紺極まる

20070520_028 本当に欲しいもの。早くからそれを知っていることは、とても恵まれている。いろんなものに目を奪われて、移ろいやすかったわたしの10代は、そう嘆いているような気がする。遠回りをしてきたことに後悔はないけれど、あまりにも素直じゃなかったことを思うと、今になっても心残りである。長野まゆみ著『紺極まる』(大和書房)の真木は、その点、自分の本当に欲しいものをよくわかっている。それも、あの曖昧模糊とした恋愛において。若さゆえに、その思いは揺らぎもする。でも、還ってくる場所というものを、ちゃんと自ら心得ているようにわたしには感じられたのだった。それに加えて、何とも甘美な日々を送る真木。複雑な思いと共に、耽読した作品だ。

 物語は、仲介業者に騙された予備校講師の川野の視点で描かれてゆく。ふとしたことから、予備校生の真木の家に居座ることになった川野は、朝夕と家を空ける真木を不審に思いつつも、なかなか新たな部屋に移ることができずにいる。そんな時、真木の兄がやってきて、川野の心は次第に真木を違った視線で見るようになってゆく。物語の端々では、礼儀作法や姿勢の美しさなど、細やかなところに目が向けられていて、妙なくらいに奥ゆかしい雰囲気が漂い、甘美さが際立っている。もともと同性愛には抵抗のないわたしだけれど、こんなに美しく描かれるのなら、いっそ手に入らないならせめて、こうであって欲しい…と思ってしまうくらいだ。

 この作品、どうやら他の作品の続編だったようで、真木が好意を寄せている浦里がメインの物語があるらしい。そちらを先に読むべきだったのか、“浦里”という名前が出てきたあたりでは、真木との関係がなかなか見えてこなかったのだけれど、物語を読み進めるうちに、真木とはこういう少年なのか、こういう環境で育ってきたのか、こんなふうに考えるのかと、徐々に人柄そのものが浮き上がってくるようで、興味深く読んだ。ちなみにこの物語、「紺極まる」「五月の鯉」「此の花咲く哉」の3つからなっている。それぞれ違う年齢の真木少年が読めて、さらに彼への興味がわいてくる展開だ。まだまだ続きそうな予感を秘めながら、ページを最後にするところもいい。

4479650083紺極まる
長野 まゆみ
大和書房 2003-12

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2007.05.19

ユーモレスク

20061125_004 失いたくない記憶も、いつしか色褪せて過去となる。いや、今を生きるために、変化せざるを得ないのかもしれない。過去を過去として、色褪せさせるために。わたしたちを前に進ませるために。立ち止まらせないために。今という時も、すぐ傍から過去として刻み込めるように。長野まゆみ著『ユーモレスク』(マガジンハウス)は、不在の人の記憶を中心にして展開される物語である。6年前に行方不明になった主人公の弟は、隣の家から聞こえるユーモレスクがとても好きだった。けれど、鏡合わせに一棟をなす隣家の住人とは、弟が行方不明になって以来、近いのに遠い存在になってしまった。物語は、その関係を修復してゆくように、やわらかに描かれる。

 物語の中で登場人物たちは、どこにでもいそうな人たちとして描かれる。同時に、何かを欠いた人たち、というようにも。特別じゃない彼らは、ありふれた日常の中を生きている。この世界にいる多くの人たちがそうであるように。著者の作品には珍しく、現実感を思わせる描き方である。主人公にとっての欠けているもの。それは、もちろん弟の不在である。いつか帰ってくるかもしれない、という期待を捨てきれずにいる主人公と、その家族は、今という時間を生きながらも、どこか一部分では時を止めているように映る。隣家の住人にもそれは言えることであるが、わたしには、どうもその時間というものが、噛み合わなくなってしまったように感じられた。

 噛み合わなくなった時間の歯車。それは、物語が進むにつれて、明らかになってゆくのだが、その透明度は低い。薄い靄のかかったまま、おしまいがきてしまうのである。そこは著者ならではの味というもの。いい具合に余韻を残して、この先も物語が続いてゆくような心地にさせてくれるのである。現代(といっても、昭和だと思うが)を舞台にしていることもあって、比較的くせのない作品に仕上がっていて、これまでの作品の中では一番読みやすかったような気がしている。それにしても、近くて遠い存在というのは、隣同士に限らず、家族内でも言えることのように思う。知っているようで知らないとは、なんだかその言葉だけで悲しい。あまりにも切なくて。

4480423400ユーモレスク (ちくま文庫 な 36-1)
長野 まゆみ
筑摩書房 2007-07

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2007.05.18

メルカトル

20060905_010_1 そろりそろりと忍び寄り、細部にわたって仕組まれていた時間が、するするとほどけてゆく。少年にかけられていた、ありとあらゆる抑制の呪縛と共に。埋もれていた真実は鮮やかに甦り、その力を一気に芽吹かせる。そうして、ひとつの救いになる。生きてゆく上での。生涯にわたる救いに。長野まゆみ著『メルカトル』(大和書房)は、青年リュスの物語だ。リュスは救済院で育ち、自分の感情を封じ込めるようにして生きてきた。自分の名前に込められた意味を誤解したまま、世間で言う弱者として。高校を飛び級して、大学の学費を稼ぐために地図収集館で働きはじめたリュス。その周囲で、次々と不可思議なことが起こりはじめる。

 自分の生い立ちというもの。それを知らないリュスは、自分の気持ちを押し殺したようにして生きている。身の回りのものは、すべて中古品だったし、ごく僅かな食事でつつましく暮らしている。だからといって、誰かを羨んだり憎んだりすることもなく。どちらかというと、人を信じやすい性質ではないかと思うくらいだ。そのせいで、自分の名前の由来を聞かれると、平然と「配水管のゴミ虫です」と説明してしまう。そんなリュスだからこそ、この物語は成り立っていて、彼の周囲は何かと騒がしくなってゆくのである。抑制された精神と、無垢な少年のような心。その狭間で揺れるリュスの思いは、ほんのりと悲しみを感じさせる。

 物語の中では、地図がキーとなっている。もちろん、タイトルの「メルカトル」も、地図の図法からきている。地図収集館に勤めるリュスに対する悪戯めいた手紙や、周囲の人々らも、地図に纏わるのだ。もちろん、地図以外にも魅力が盛り沢山の物語である。ロマンティックな場面もあれば、謎めきを秘めた場面もあるし、緊張を強いられる場面もある。リュスにしては、珍しいくらいの内面の吐露がちらりと見え隠れもする。そういうところも実に面白い。それに加えて後半部分になると、一気にどっと驚きの真実が見えてくるから、気持ちよいくらいに潔い物語だな、と感じてしまう。とにかく面白い1冊だったと、素直に言える作品だ。

4479650091メルカトル
長野 まゆみ
大和書房 2007-04

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2007.05.16

天然理科少年

20061121_009 ほんのつかのまの出来事で、少年は大人になる。大人となった今では、とてもはかりしれないくらいのスピードで。だから少年は気づかない。その時に学んだ多くのことを。少年という時間が限られているように。ただぎゅっと、手のひらに握ったことだけを、懸命に刻み込もうとするから。長野まゆみ著『天然理科少年』(文春文庫)には、わずか3日間の出来事が描かれている。出会いと別れ。その時間はあまりにも短く、そして濃い。古くから土地にのこる伝承と、幻の湖の話。また、離ればなれに暮らす家族にも、確かに流れている血のようなもの。いわゆる繋がり。さまざまなことが絡まり合って、結びついて、胸に残るのは、ほんのりとあたたかな思いである。

 中学2年の岬は、放浪癖のある父親と共に、転校を繰り返しながら暮らしている。その秋にたどり着いた山間の小さな町で、正体のわからない小柄な少年・賢彦に出逢い、今までにない心地になる。通うことになった中学では、リーダー的存在の北浦を中心にして、周囲は賢彦を避けるようにしていた。話によると、忽然とあらわれる幻の湖での出来事がきっかけらしい。どうやら神隠しに遭い、2年後にふらりと元の姿で戻ったらしい。賢彦の存在が気になる岬は、彼を訪ねてみることにするのだが…。謎めいて見える物語が真実を紡ぎ出すとき、少年たちの心持ちが明らかになる。岬のきらめくような成長過程がなんだかとてもほっこりくる展開だ。

 この物語の少年・岬。なかなかいいのだ。わたしの身勝手なイメージでは、表紙の少年なのだけれど…さてはてどうなのだろう。そして、この岬の父親もいいのだ。物書きで、気まぐれにあちこちを転々としているようで、実はいろいろ裏がありそうな感じがする。その秘め具合がいいなぁと思ってしまった。また、この父があり、この息子がある、という感じで、いいコンビネーションを保っているところも見逃せない。さりげない心配りも、いくら親子とはいえ、必要不可欠なのだと、読みながらしみじみと思ったわたしだ。だから、この物語は、少年の成長の物語であると同時に、親子の絆、家族の絆を描いた物語でもあるような気がしている。

4167679485天然理科少年 (文春文庫)
長野 まゆみ
文藝春秋 2005-08-03

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2007.05.14

となりの姉妹

20070514_003 季節のにおいをつうんと感じて、くらくらした。ただ、もう、くらくらと。目覚めていた記憶を脳の髄まで押しやって、ほんのりと、でも確かな存在感を持って、解き放たれるそれ。しまった、と思う。やられた、とも思う。なんだか無性に、敗北感ばかりがよぎってゆく。季節は、今もここから動き出そうとしている。此処から彼方まで。長野まゆみ著『となりの姉妹』(講談社)を読み終えて、わたしはもう、くらくらだった。とにかくめっぽう、くらくらと。いつか見た光景と幼い日が、ぐるぐるとめぐるようで、自分というものが揺れた。危ういまでにぐらぐらと揺り動かされた感じだ。いつまでも浸っていたい世界を突然奪われた、幼子のような気分だった。

 物語は、忘れていた記憶と懐かしい場所を頼りに、家々や人々を結ぶ不思議な縁のめぐりあわせを描く。隣に住む姉妹、放浪癖のある8歳違いの兄、近所にある酒屋の奥さんの死などなど、語り手の<わたし>の周囲は、穏やかながらさまざまな出会いと別れが行き来する。とりわけ、酒屋の奥さんの遺したいくつもの謎めいた品々は、人々を巻き込んで静かな余韻をあちらこちらに残してゆく。ため息が洩れてしまうような美しい装丁にぴったりの、なんとも心地よい物語である。惚れ惚れする一冊というのは、まさにこういう本のことを言うのだろうなぁ、なんてことを思いながら、つい表紙を撫でて自ら再びくらくらしてみる至福の時…くらくら…

 そして、登場人物の中で、語り手の<わたし>の兄が、すごくいい味を出している。ある日を境にして、別人のように変わった過去のある人物なのだ。放浪癖があるから、何をしているのかどこにいるのか、見当もつかないような雰囲気なのだけれど、次々と見せてくれる物言いや人柄が、なんとも憎めない。裏と表をわきまえているというか、基本の姿勢がよくできているというか。後半になって、その謎めきのわけが明らかになるのだけれど、ほうほうと思わず頷いてしまう。その兄を冷静な目で見ている<わたし>も、その母親も、もちろん、おっとりした感じの隣の姉も、いい味を出しているけれど、やっぱりこの兄あっての物語なのだろうな、と思うのだった。

4062135426となりの姉妹
長野 まゆみ
講談社 2007-03-23

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2007.05.11

あめふらし

20070509_002 魂。その意味とは、肉体に宿って心の働きをつかさどるもの、霊魂、精神、心、気力…なんていうふうに辞書は説明するが、思えばわたしは魂というものをどこかで避けてきた気がする。心臓と脳。これである意味事足りる、くらいに。そんなわたしがふらふらっと手にした、長野まゆみ著『あめふらし』(文藝春秋)は、戒めるべくそこに存在していたかのようだった。この著書は、タマシイをめぐる者たちが登場する物語。タマシイを支配する者と、支配される者。そのなんとも不可思議な従属の日々というもの。時代を超えて、幻想的に風情豊かに描かれる世界が展開してゆくのである。決してとっつきやすい文体ではない。なのに、するするとはまってゆくわたしがいた。

 物語は、いわゆるなんでも屋であるウヅマキ商會を営む橘河と、その橘川にすべてを拾われた経歴を持つ番頭の仲村、橘河にタマシイを拾われて従属の日々を強いられるアルバイトの市村を中心に展開される。市村が生きていられるのは、橘河にタマシイを掴まえられているから。つまりは、今ある躰は仮の姿。そこに宿ったタマシイというのを、強引にコントロールされているゆえに、橘河のところで働いているのである。しかも、このウヅマキ商會の仕事の裏には、何やら妖しい影があちこちにあるのだ。儲かる商売でもないのに、都会の一等地に事務所を構えている上に、場面によっては隠語も多用されており、性的な妖しさも物語を盛り上げている。

 わたしは読みながら、あからさまな性的描写よりも、なぜかこちらの隠語の方が、余計にいやらしく感じてしまった。風情があって、情緒があって、なのに赤面するほど恥ずかしい。こういう描き方があるのか、と感心しつつも照れまくってしまった。また、この著者の作品の特徴的なテーマである、男性同士の色恋もちらほら。かといって、流行りのボーイズラブとは、全く趣が異なる点にも注目すべきだろう。とりわけ、古き良き時代の日本を感じられる文体というものは、格別であり、著者の力量を感じさせる作品となっている。ちなみに、表紙カバーのイラストを描いたのも著者。この美しい世界観には、ため息が思わず洩れてしまう。手に取って、うっとりする一冊だ。

4163249400あめふらし
長野 まゆみ
文藝春秋 2006-06

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