65 新潮クレスト・ブックス

2007.02.15

アムステルダム

20070212_4019 今、音を立てて何かが崩れ落ちようとしている。誰かの陰謀によって。或いは、自ら招いた誤算によって。どちらであろうとなかろうと、その結末はあまりにも脆い。おしまいの時が来てしまえば、死人に口なしというもの。どうしたって、取り戻しようがない。後悔すらできない。反省も弁解もできないのだ。誰がほくそ笑もうとも、もはや神のみぞ知るというべきか。死の淵に来てしまったのなら、崩れ落ちるままに身を任せて、その流れに漂うしかないのだろう。一人の女性の遺したものに翻弄される男たちを描いた、イアン・マキューアン著、小山太一訳『アムステルダム』(新潮文庫)は、そんなことを思わせる物語である。あっという間に呑み込まれるその渦に、流されるままに読んだ1冊だ。

 充分に老いることなく、痴呆によりモリーという女性が亡くなったところから、物語は始まる。彼女の葬儀に集ったのは、その数々の愛人たち。中には、英国を代表する作曲家や大新聞社の編集長、外務大臣らの顔があった。とりわけ、作曲家のクライヴと新聞編集長のヴァーノンは、モリーとの付き合いも長く、古くからの親友でもあるという複雑ながら、深い間柄にあった。やがて、モリーの遺したスキャンダラスな写真をめぐって、ふたりの仲はあらぬ方向へと発展し、過酷な運命に翻弄されることになってしまう。人の善悪やモラルというもの。友情というもの。人は誰しも100%の正しさを持ち得ていないことなど、様々な問いを感じさせる展開である。

 クライヴとヴァーノン。作曲家と新聞社の編集長。友にはとことん尽くすクライヴと、どこかで一線を引く付き合い方をするヴァーノン。相対するようで、ふたりはとてもよく互いのことを知っている。どこか似ているからこそ通ずるものがあり、異なるからこそ相手をよく見つめることができるとでも言おうか。だから、信じる友の言葉は重く響き、ときとしてその運命を大きく左右することがあったのだろう。もしもそれが、たった一人でもいて欲しい見方であるのなら、なおさらのことである。ある意味ふたりにとっての最も怖い相手というのは、クライヴであり、ヴァーノンであったとも言えるかも知れない。見方でいて欲しい相手は、敵にしたくない相手でもあるのだ。

 この物語核となる、人の善悪やモラル。それらは、友情を壊すには容易かった。けれど、わたしはどこかでまだ、信じていたい気持ちを抱いている。物語のように運命に翻弄されてしまうには、あまりにも切な過ぎるゆえに。あまりにも滑稽ゆえに。物語として楽しめたそれらは、実際問題としたら痛烈過ぎるゆえに。音を立てて崩れ落ちようとしているもの。その値打ちを思うがために、わたしは信じたいのだ。無駄な抵抗と言われようとも、形ないものを信じる無かれと言われようとも、一方的な思いで終わりを迎えようとも。そんな報われない気持ちを、人であるからこそ抱き続けていたい。そうして、死の淵まで一緒に抱えていくのである。無くさずにずっと。

4102157212アムステルダム
イアン・マキューアン
新潮社 2005-07

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2006.01.21

ある秘密

20051010_043 誰もが多かれ少なかれ抱えているもの。きつく胸に押しとどめているもの。それも、ひどく悲しみに満ちた息苦しい類の。フィリップ・グランベール著、野崎歓訳『ある秘密』(新潮クレスト・ブックス)には、そういうものが鮮明に描かれている。はじまりは幻想的に。中盤からは抑圧的ながらロマンティックに。後半は複雑に絡み合う内情を含んで。過去というものは、なぜこんなにも重くのしかかるものなのか。語られるべきもの。語られるべきでないもの。2種の過去はどちらも同じ秘密となり得る。そして、ときとして秘密は誰かを傷つける。大切な人を。かけがえのない人を。失ってしまった人を。戻れない過去と消えることのない過去、向き合わねばならない過去。そういうものに人はなぜこんなにも囚われしまうのか。

 物語の語り手は一人っ子で病弱な少年である。鍛え上げられた身体を持つ両親が、少年に向ける視線。そこに少年は、落胆の色を見つけてしまう。両親の輝かしい健康。それと見事なコントラストを示す、自分の憎らしい身体。少年は、想像上の完璧な兄を自分の中におき、毎日の悲しみや恐怖、涙を分かち合う存在を埋めていった。そして、ある日ふいに屋根裏部屋で、確かに兄がいたという痕跡を見つける。困惑した両親の顔。そこには、少年が生まれる前の夥しい数の秘密が隠されていたのだった。少年は、想像上の兄を作り上げたのと同じように、両親が洩らした言葉、断片的な話、数枚の写真を手がかりにして、理想の家族の物語を紡ぎ始める。

 物語に横たわるのは、1950年代のパリ。ナチスによる弾圧と虐殺の時代である。その時代の生き証人である少年の良き理解者の女性は、少年の両親に纏わる秘密を明かし、少年はその話を元にして物語を作る。その姿は、この作品の著者であるフィリップ・グランベールという人自身を思わせてゆく。物語には、少年の感情は全くと言ってよいほど描かれていない。両親の過去と兄がいたという事実。それを切実に受け入れようとする思いが、物語を展開させているようである。読み手の中にするりと入ってくる真実の物語は、人々の抱える闇と痛みと複雑に揺れる思いを強く深く何かを貫くように、いつまでも疼くような余韻を残してゆく。

 その余韻が何とも心憎いのは、最後のエピローグの部分である。少年は大人となり、娘がいる。そして様々な人々や動物(犬)の眠る墓地に足を踏み入れるのだ。墓石に刻まれる文字を1つ1つ見てゆきながら、今は亡き人・動物の存在していた年月を感じてゆく。ひどく短い命。それを思うとき、かつて存在していた兄のことを思うのである。時代がもたらした悲劇。けれど、もし悲劇が起きなければ、自分の存在というものがこの世に生まれなかったという事実。その狭間で、様々な想いが交錯してゆく。彼がこの先も抱えてゆくだろう思い。或いは秘密。過去の出来事と向き合った彼ならば、それに囚われることなく生きてゆけるかもしれない。

410590051Xある秘密 (新潮クレスト・ブックス)
Philippe Grimbert 野崎 歓
新潮社 2005-11

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2005.12.27

キス

20041113_055 心の奥深く。いや、もっと根源的な部分に迫りくる人間の持つ闇を描くノンフィクション作品、キャスリン・ハリソン著、岩本正恵訳『キス』(新潮文庫、新潮クレスト・ブックス)。記憶の断片を丁寧に、でも淡々と綴るタッチは、どんなに生々しい場面でも血を流す場面でも変わることがない。その冷静さと真摯さにひどく驚かされながらも、目の前に差し出される痛みや苦しさに、知らぬ間に向き合っている自分を感じる。それは多分、本当の意味での寄り添い方ではない。何となく向き合ってみた類の、一時のものなのだろう。けれど確かに、この作品には読み手を惹きつける魅力がある。間違いなく。

 描かれているのは、父親の不在。それに伴う母と娘の確執。父親との運命的な再会の果てにある、近親相姦。時を経ても消えぬまま続く、暗く重い出来事の数々。一人称の現在形を貫いて描かれるそれらは、感情的になることを許さない。無駄のない削ぎ落とされた文章は、呪縛のように絡みつくあらゆるものを胸に刻ませる。それは、1人の女性の凛とした美しさと強さを思わせる。たった1度のキスから始まった過ち、或いは必然というものの重みや痛み。たった二十歳。何かが起きなければ、そこに横たわり続ける過去。これが物語ではないという事実。息が詰まる。でも、目をそらすことができない。とてつもなく惹かれてしまう。

 父親との関係の中に、彼女は自分自身の本当の姿というものを見る。罪深き行為の中に自分の輪郭を定めて。横たわる自分の過去の痛みと怒り、飢えがすべてそこにあることを知る。皮肉にも彼女の未来も含めて。そこにある怒りは、なぜか父親には向けられない。あるのは母親への怒りと自分自身への怒りである。ひどく破壊的な。与えられなかった愛と求めていた愛への。どこまでも“墜ちたよい子”である自分へ。彼女が求め、そして手放すことになる関係というものは、特異なものである。客観的に見れば、道徳に反するような。けれど彼女自身でない私が、それを肯定はもちろん否定もしてはいけないと思う。それはなぜなのか。

 理由は一言で済む。これがノンフィクションであるから。彼女の歩んだ道を、一瞬で消すようなことは言ってはいけない。彼女じゃなく、身近な人であったなら、私は批判めいたことを言うかも知れない。話を熱心に聞くフリをしながら。共感さえ示して。或いは自分自身だったら、茶化してみたり自虐的に語ったりするかも知れない。語れる範囲内ではあるけれど。もし、誰かがこの作品について厳しい意見を言ったとする。それもいいだろう。むしろ、興味深くそれを聞くだろう。でも、私自身は言わない。だって言ってしまったら、微かな彼女の救いすらも消えてしまいそうなのだ。作品を通じて強靱な精神を感じても、やはり救いはあまりに儚いものであると思うから。

4102146210キス (新潮文庫)
Kathryn Harrison 岩本 正恵
新潮社 2004-06

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2005.10.10

パリ左岸のピアノ工房

20051010_097 最近、ピアノの音色が恋しい。レッスンに通っていたときは、憎らしく感じたこともあるのに、そんな日々も無駄にならずに何らかの形で私という人間を作り上げる、糧となってくれていたらよいなぁと、今では思う。T.E.カーハート・著、村松潔・訳『パリ左岸のピアノ工房』(新潮クレスト・ブックス)は、幼い頃よりピアノに魅せられていた著者が、思わず惹きつけられた工房を中心に描かれる小説っぽいノンフィクション。繁華街から離れた裏通りで営まれるピアノ修理専門のその工房では、新たな生命力を吹き込み、音楽の歓びを甦らせてくれる職人がいる。ピアノという楽器に対する深く厳しくもある愛情が、ほんのりとした切なさと温かさを感じさせてくれる。

 著者とピアノ職人の関係は、ゆったりじわじわと深まってゆく。後になってくるほどに、それはフランス人の本質的な慎重さと堅苦しさを反映しているのだとわかるのだが、私にとってはとても好ましいものだった。著者は“近所のアメリカ人”であるのだけれど、ずっとピアノ職人のペースで話は進む。相互信頼と恩義が複雑に絡み合った楽器の取引の世界や、それに伴う職人の世界は、専門的な話になればなるほどに魅力的で美しく繊細なものになってゆく。ピアノの仕組み、歴史的背景、音色の響き、職人の技術、素晴らしい指導者との出会い、何から何まで手作りのピアノの魅力…など。どこまでも広がる世界は、豊かな彩りを見せる。

 ピアノ職人との出会いから、著者のピアノへの思いはぐっと身近なものになってゆく。自分だけのぴったりしっくりくるピアノが加わった生活は新たな喜びになり、何十年ぶりかにピアノのレッスンに通うことになる。子供時代の嫌々のお稽古事ではない。自らの心を満足させてくれるものとしてのピアノ。感情的にも、肉体的にも、知的にも、精神的にも良い影響を与えるものとしてのピアノである。鍵盤を押して、音を聞く。その行為は同じなのに、子供時代とは全く違う意味を持つ。その不思議と、著者の心の置き方、2つをあれこれ自分の中でくっつけたり離したりして、身近にあるピアノと私との繋がりを考えてみた。悲しいことに、それはとても遠い関係であるように感じる。

 人は、ピアノに対して夢を抱くこともあるが、好きなものやオブジェを飾ったりして祭壇にしてしまうこともできるし、簡単に売り買いする玩具のようにも扱うことができる。同じ楽器でも、洗練されたものになる可能性もあるし、下品になる可能性もある。それが楽器の良さであると、作品の中でピアノ職人は言う。所有する人の手によって、どんなふうにでも変わってしまう楽器。それに対する敬意と愛情を、この作品から私は何よりも強く感じなければならないと思う。使われる頻度が年月と共に少なくなってゆく楽器との関係は、音色が恋しくなった今なら、以前よりも良くなる気がしているから。

4105900277パリ左岸のピアノ工房 (新潮クレスト・ブックス)
Thad E. Carhart 村松 潔
新潮社 2001-11

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2005.07.14

ソーネチカ

20050706_012 本の虫のソーネチカ。容貌のぱっとしない一人の女性の一生を描いた、リュドミラ・ウリツカヤ著『ソーネチカ』(新潮クレスト・ブックス)。物語は、第2次世界大戦あたりから展開する。疎開先にて、図書館で働いていたソーネチカは、夫となる男性と出会う。そして、夫の流刑生活についてまわり、子供を出産し、平凡で貧しいけれど幸せな暮らしをする。若かったソーネチカは、当然老いてゆく。やがて、大きな試練に見舞われ、それを乗り越えてゆく様が、最後まで淡々と描かれている。物語の温度が変わらないので、感情的にならずに、さらりと読むことができる。

 この物語、最後まで読んだあと、静かな余韻がじわじわと広がってゆく。本を夢中になって読むこと、物語の世界に耽ること、それらは決して無駄な時間ではないのだと思わせてくれる。主人公のソーネチカの心を豊かにし、その精神世界をつくり上げたのは、本を読むことで築き上げたものなのではなかったか。私が真っ先に思ったのは、そんなことだった。7歳から27歳まで、のべつまくなしに読書し、ふっと気を失うときのように、本の世界に入り込んでいたソーネチカ。人並みはずれた読む才能と、鋭い感受性。寝ているときまでも、夢の中で読んでいる。そんな主人公である。

 ソーネチカの夫となる男性は、図書館で出会った瞬間から、目の前の女性が妻となる人であると気づく。ソーネチカよりも遙かに年上の夫である。20代のソーネチカに対して、47歳の夫。彼は、自由を重んじる芸術家。彼の生き方や考え方に、ソーネチカは寄り添い、幸せを感じ続ける。のちに出会う娘の友人の美少女・ヤーシャ(娘のように可愛がる)に対しても、どこまでも愛情深く接する。夫との間に何かがあると知っても、少しも変わることなく。ヤーシャの美しさに惚れ惚れし、不細工な老妻の自分に対して誠実な夫を思う。娘も夫も、何て素敵な人生を送っているんだろうと。

 ここまで書くと、ソーネチカという女性ほどお人好しな人物は、少々現実離れしていると思うかもしれない。特に、物語の後半はあり得ない状況と感じるかもしれない。私自身も多少の違和感を覚える。けれど、物語を淡々と進める作家の腕がずば抜けているので、ソーネチカという人物をとても魅力的に見せている。先に述べたように、彼女の心の豊かさとそれを支える精神世界が、とても素晴らしいのだ。老いて、太り、病を抱え…それでも、内面の美しさを持ち続けること。生きるということ。そういうものに対して、感動してしまう。そして、ずっとソーネチカの心を支えているのは、物語。甘く心地よい読書の深遠に、我が身が果てるまで心をぐのだろう。

4105900331ソーネチカ (新潮クレスト・ブックス)
沼野 恭子
新潮社 2002-12

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2005.06.20

ペンギンの憂鬱

20050618_022 憂鬱症のペンギンと暮らす売れない小説家のヴィクトルのミステリアスで不条理な世界を描いた物語である、アンドレイ・クルコフ著『ペンギンの憂鬱』(新潮社クレスト・ブックス)。ある日、新聞社から死亡記事を書く仕事を依頼される主人公ヴィクトル。けれどそのうち、まだ生きている大物政治家や軍人、財界人の追悼記事を書いておくように指示される。記事を書き終えるそばから、大物たちは次々と死んでいくようになり、不可解な様々な出来事に巻き込まれていく。

 この主人公、宙ぶらりんな男である。動物園からひきとったペンギンのミーシャと暮らすようになっても、さらに孤独が重なって互いを頼り合うように生きている。ペンギンというのは、本来は集団で生きる動物のため、1羽離されたミーシャは鬱で心臓が悪い。そんな寂しい生活に、2人の人物が加わる。けれど、ひょんなことから預かることになった少女とも、そのベビーシッターのニーナとも、どことなく一定の距離を保っている。愛もないのに寝てしまったニーナに対して責任や家族ごっこを奇妙だと感じながら、心の声は最後まで「何かが違う」と言っているようなのだ。その迷いや戸惑いが、人間味があって好印象なのだけれど。

 その他、この物語は、最後まで読んでも謎は謎のままになっている部分があまりにも多い。物語の途中で、ヴィクトルはその謎に対する興味を失ってしまっているのだが、読み手側はいつまでも気になってしまう。そこが、物語の余韻をいつまでも感じる要因のひとつなのだろうが。鍵のかかった部屋(途中で鍵を取り換えたのにもかかわらず)に、なぜ人が進入した形跡があるのか。ヴィクトルのこれからの行方はどうなるのか。ペンギンのミーシャは、果たしてどうなったのか。追悼記事に終わりはあるのか。永遠にゲームのようなかけひきが続いていくのか。挙げていったらきりがない。

 そう感じる読者が多かったらしく、続編があるらしいことが訳者によるあとがきでわかる。早く日本でも出版して欲しいものだと思う。そして、この物語がソ連崩壊後のウクライナが独立した際の犯罪が横行してマフィアが活躍した時代を寓意的に示していることや、作品の舞台となっているキエフという都市の過渡期を描いていることがわかる。また、囚われの身(動物園)から解放されたものの、本来のいるべき場所(南極)にいるわけでもないペンギンのミーシャの環境と、ヴィクトルの置かれた状況そのものを象徴的にあらわしていることも。そういうことを知らなくても充分楽しめる小説なのだが、それらを知った上で再読してみたら、また違う新しい発見がありそうだ。

4105900412ペンギンの憂鬱 (新潮クレスト・ブックス)
沼野 恭子
新潮社 2004-09-29

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