11 尾崎翠の本

2007.04.02

不思議の国のララ

20070330_007 少女は恋に一生憧れ続けた。それは、或る意味永遠なる片想い。少女然とした、恋然とした、究極なる生き方。だからそこには、性愛などない。むしろそれこそ、世の中で最も恐れているもの。いつまでも少女というカテゴリーで居続けるために、頑なまでに処女を貫くのだ。そんなスタンスが、理想なる少女のかたち。そうして少女の描いた夢は、汚れることなしに続いてゆくのである。いつまでも、ずっと。尾崎翠著『不思議の国のララ』(パサージュ叢書、メタローグ)を読んでいると、少女たる者の在り方。或いは、少年たる者の在り方を、改めて考えさせられる。孤高なまでの形容は、いつか感じた嫌悪感を呼び起こす。そしてわたしを、しばし潔癖にさせる。

 この1冊。尾崎翠の入門書的な編集になっており、なおかつコアな読者までもが満足できる、貴重な作品を多数収録している。不思議の国のララ、海辺の憂鬱、チャアリイに首ったけ、四季のラプソディー、デジャビュ、二重人格の創造主、の6つの構成からなり、伝奇物語や小説、翻訳物、エッセイ、短文、短歌など、様々な尾崎翠に触れることができるのだ。最も知られている、「第七官界彷徨」については、完成に至るまでのプロセスを知ることができ、尾崎翠に影響を受けた作家・島田雅彦による文章も収録。これまで未読だった、「夏逝くころ」「海ゆく心」なども、尾崎翠らしい世界観の美文である。季節を感じながら、思わず物思いに耽りたくなる憂いがある。

 さて、表題になっている、不思議の国のララ。ここでは、「少女ララよ」と尾崎翠訳のポオの「モレラ」が収録されており、この2編で独特の世界へと誘う。ララとモレラ。この異なるようで、近しい雰囲気を持つ少女と女性を比較して読んでみると、なかなか面白いかもしれない。移り気な男心に、切実なる女心。そして、まさに冒頭で述べたような、少女然としたララ。生に対しての懸命さは、はっとするほど美しくもあり、神々しくさえ思えるくらいだ。在るべきかたちの少女。かつて、確かに夢見た少女の理想形。白く、儚く、壊れてしまいそうな、そんなわたしたちの思い描くノスタルジア。孤高の少女は、一生憧れを胸に抱き続け、ゆく。その生き方を貫いて、ゆく。

4839830088不思議の国のララ
尾崎 翠
メタローグ 1999-05

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2005.03.29

第七官界彷徨

 1991年に出版された『ちくま日本文学全集 尾崎翠』をいつ手にしたのか、思い出せない。この文庫サイズの手に馴染みやすい全集は、全50巻出版されたが、私はこの1冊しか持っていない。淡い緑色で描かれたふきのとうの絵が、優しく春を告げているような気がして、何度も何度も手にしてしまう。他の作家の全集の表紙はどんな感じなのだろう…と少々気になるが、今では手に入りにくいため知ることができない。この本を買ったきっかけは、感受性豊かな少女の視点によって描かれていると言われている尾崎翠の代表作である『第七官界彷徨』を読みたい、何としてでも読まなくてはいけないと思ったからである。昭和6年のこの作品は、評判以上におもしろかった。

 “大人でも子供でもなく、男でも女でもない少女として、まっさらな眼で世界と自分を見つめる。そんな尾崎翠の小説世界は、あなたを不思議な異世界へつれていってくれます。”と1999年11月号の雑誌『鳩よ!』に紹介された。今はないこの雑誌がもの凄く好きだった私は、尾崎翠の特集をしたこの号が大事で引っ越しのたびに保存状態を気にしていた。特集のタイトルは「モダン少女の宇宙と幻想」。キーワードにまつわる小説の世界と未発表作品について詳しく書かれている。そして、尾崎翠を愛する方々からの様々な作品にまつわるエピソード&書評が掲載されている。

 『第七官界彷徨』は、秋から冬にかけての短い期間を変な家庭の一員として過ごした少女が主人公。兄である小野一助と二助の妹にあたり、佐田三五郎の従妹にあたる町子。ひどく赤いちぢれ毛の痩せた少女は、彼らとの暮らしの中では、炊事係を努めなくてはいけなかった。そして、人知れず勉強の目的を抱いていた。それは自分が人間の第七官にひびくような詩を書くことであった。部厚なノートが一冊たまったら、一番第七官の発達した先生のところに郵便で送ることが目標となった。しかし、第七官というのがどんな形のものかすこしも知らないことに気づく。まずは第七官の定義から取りかからなくてはいけなかった。

 小野一助は分裂心理病院に勤めており、小野二助は卒業論文を書くべくしてこやしを煮る日々。佐田三五郎 は音楽予備校に通っている。三五郎の弾く古いピアノは半音ばかりでできたやうな影のうすい歌をうたい、丁度粘土のスタンドのあかりで詩を書いている。そのとき、二助の部屋からながれてくる淡いこやしの臭いは、ピアノの哀しさをひとしお哀しくした。そして、音楽と臭気は少女に思わせる。第七官といふのは、二つ以上の感覚がかさなってよびおこすこの哀感ではないかと。

 一助の研究している分裂心理というものは、「互いに抗争する2つの心理が、同時に同一人の意識内に存在する状態を分裂心理といい、この二心理は常に抗争し、相敵視するものなり」…何ともムツカシイ。これに適当に例を挙げて色々と空想をしてみて、勝手な考えを楽しませてくれる。こんな空想がちな研究は、人間の心理に対する少女の眼界を広くしてくれた。そして、再び思う。こんな広々とした霧のかかった心理界が第七官の世界というものではないであろうかと。

 五感でも第六感でもない“第七官”。最後まで読んでもこれが一体何なのかわからないまま物語は終わってしまう。“第七官”を求める自由さ、感性に、選び抜かれた言葉遣いに、参りましたと声に出して言いたくなる乙女の書である。

4480102205尾崎翠 (ちくま日本文学全集)
尾崎 翠
筑摩書房 1991-11

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4480037918尾崎翠集成〈上〉 (ちくま文庫)
中野 翠
筑摩書房 2002-10

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4480037926尾崎翠集成〈下〉 (ちくま文庫)
中野 翠
筑摩書房 2002-12

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