32 瀬尾まいこの本

2008.05.19

戸村飯店青春100連発

20070514_002 ただただめっぽう甘い爽やかな風が吹き抜ける。これぞ青春。清く正しき青春に違いない。まばゆいばかりの青春に、嗚呼、くらくらする。まさに、こうありたい青春。こうありたい日常。こうありたい人間。どれもこれもが甘やかに優しく描かれているから、あまりにも眩しくてくらくらするのだ。その心地よさに酔いながら捲ること、321頁。最後までひたすらに青春の、瀬尾まいこ著『戸村飯店青春100連発』(理論社)。これは、性格も見た目も正反対の兄弟の成長物語である。コテコテの関西弁やベタなギャグにくすりとさせつつも、兄の視点から、弟の視点から、それぞれの心に潜む葛藤や疎外感など、若さゆえの悩みを細やかに描き出している。

 大阪の昔ながらの中華料理屋・戸村飯店の一つ違いの兄と弟。要領も頭も良く、きれいな顔立ちのモテる兄・ヘイスケ。ごつい顔立ちと体格で、なおかつ熱血な弟・コウスケ。店の手伝いを率先してやり、常連さんからも可愛がられている弟からしてみれば、兄は家業を継ぎたくないばっかりにちっとも店を手伝わないいい加減なヤツ。一方、この兄は兄で、大阪特有の濃い人情の町から距離を感じ、早く家を出たいと思っている。何に対しても器用でそつないはずの兄の心の内は、実は疎外感でいっぱいだったのである。物語は、兄が家を出て東京で暮らす一年間と弟の最後の高校生活とを、それぞれの視点からかわるがわる描き、その思いが重なり合うときをはらりと見せてくれる。

 この兄弟、離れてみてはじめて、見えていなかった互いのことを気づいてみたり、思ってみたり、何ともいびつな関係である。けれど、ゆっくりゆっくり通じてゆくその過程が、眩しいくらいに青春していてとてもいいのだ。もちろんそこは、彼らが出会う人々や周囲にいる人々のサポートあってこそのもの。コウスケの片想いの相手・岡野さん、親友の北島くん、ヘイスケの恋人のアリサさん、かなり熱血な古嶋くん、兄弟の両親や戸村飯店の常連さんたち。彼らなしには、このまばゆいばかりの青春物語はあり得ない。まさに、こうありたい日常、こうありたい人間たちがここに集っているのだ。嗚呼、だからくらくらする。そうして、ただただめっぽう甘い爽やかな風が吹き抜ける。

4652079249戸村飯店青春100連発
瀬尾 まいこ 小池アミイゴ
理論社 2008-03-20

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2006.11.16

卵の緒

20050511_44050 家族の在り方ってなんだろう。ふとそんなことを考えた。家族の在り方そのものの、根底を揺るがされた気がしたからだ。わたしは確かに家族に恵まれている。小さな頃は、そんなふうに思ったことなどなかったけれど、今はそうはっきりと言える。このわたしというちっぽけな命を救ってくれたのは、他でもない家族であったし、今も変わらずに接してくれている。いや、小さな頃以上に、わたしを受け入れてくれている。瀬尾まいこ著『卵の緒』(マガジンハウス)を読んでいると、不思議と家族の愛情を呼び起こさせてくれる。いつもは忘れがちなこと。いつもと変わらない朝。いつもの何気ない言葉。いつもと変わらない食卓。そういうものが、たまらなく愛おしい存在に思えるのだった。

 表題作「卵の緒」。これは、血の繋がりのない母と子の物語である。それでも、深い愛情の中で、誰よりも絆を感じさせる親子関係を築いている。そして、そこに新たな家族をも受け入れるまでを描いている作品だ。また、そのやり取りが、なんともいい感じで、思わずふふっと笑ってしまうほど、ほっこりさせられる。もちろん、描かれていない部分には、多くの葛藤や苦しさみたいなものが存在しているに違いないのだけれども、物語は暗い闇の部分を感じさせない。家族という概念をくつがえすような、無条件の愛情や絆というものをじんじんと胸に響かせる展開である。タイトルの妙は、へその緒からきていて、そのあたりのくだりもなかなか面白い。

 書き下ろし作品の「7’s blood」もまた、家族の物語である。といっても、なんとも複雑なかたちをしている。七子と七生。名前では見事なまでに姉弟であるけれども、彼らは腹違いの姉弟である。父親はとうに亡くなり、七子の母親は病気で入院。七生の母親は刑務所。そんな境遇の中で、二人だけの奇妙ながら濃密な時間が流れてゆくのだ。それはあまりにも、早い別れとなってしまうのだけれども、ヘンに大人びた要領を得た七生の存在は、七子にとっての救いのようなものとなるのである。二人はもう二度と会えないかも知れない。敢えて、会わないかも知れない。それでも、二人で過ごした時間はきっと、いつまでも残るに違いない。心の奥底にずっと。いつまでも。

 家族の在り方というもの。それは、時代と共に変わってきているような気がする。新しい家族のかたち。それをこの作品によって考えさせられたわたしとしては、わたしの家族の在り方など、ごくごくありふれたものに違いない。ただし、長い年月をかけてようやくたどりついた今の家族の在り方というものに、わたしの家族なりの時間が、確かに流れていたと思うのだった。それは、ありふれていながらも、特別な時間であり、ゆっくりではあるけれども途切れることなく続いてきた、証のようなものとなっている気がする。何も言葉でちゃんと伝える必要はないほどに、お互いがお互いを思い合い、心配しながら、ときには助け合いながら、そうして繋がっているものだと思うのだ。

4838713886卵の緒
瀬尾 まいこ
マガジンハウス 2002-11

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2006.11.08

強運の持ち主

20061108_003_1 “がんばって”は、かなり嫌いな言葉だ。言われたくもないし、使いたくもない。“がんばって”なんて言われたら、“精いっぱいがんばってるっちゅうねん。ボケ!”とか心の中で密やかに言い返すほどだったりする。けれど、瀬尾まいこ著『強運の持ち主』(文藝春秋)での“がんばって”は、なんだかとても心地よかった。思わず、ふふふっと笑みがこぼれた。嫌悪するはずの言葉にそんなことを感じたのは、もしかしたら初めてのことかもしれない。人生始まって以来の新感覚、とでも言ってしまおうか。大げさなようだが、わたしにとっては、かなりの衝撃的出来事であった。言葉は変わらない。ときには無責任なまでに変化を嫌う。けれど、人の心は変わるものだ。頑ななわたしだって。

 物語の主人公は、元OLの占い師。半ば強引に強運の持ち主である恋人を手にして、商売もなかなかの繁盛ぶり。些細な不満は数あれど、幸せな日常を生きているように思える。彼女の評判を聞きつけて次々とやってくる人々。彼女は、その悩みに振り回されつつ、そこでしばし自分の生き方を見直しながら、マイペースに前へと進んでゆく。適当にさばいていた占いも、いつのまにか本格的な真剣勝負になってくるし、恋人のこととなれば、もうそれは真剣をも超えた先にある、粘り強い執着を見せてくれる。実に忙しい日々なのである。まさに大忙し。でも、なんだかんだ言っても、流れる時間は平和である。それが、なんだか妙にテンポよく笑みを誘うのだ。

 占いについて、わたしはほとんど無頓着である。興味を示すのは、たいてい恋をしているときだけで、気ままに雑誌を立ち読みしては、へぇと1つこぼす程度。生年月日や姓名判断に至っては、もうお手上げ。自分のあまりの惨めさを露呈し、自覚させられるようなものでしかない。それでもときどき気にはなるものの、星のめぐりやなんとか占術になんて、人生を決められてたまるか!みたいな精神が、少なからずわたしにはある。そのせいなのか、この物語の中での言葉は、やけに響いてしまったのだ。これが“占い命”みたいな人だったら、ふふふっと笑みをこぼすことなんてないかもしれない。もしかしたら、がっかりしてしまうかもしれない…なんてことを心配に思う。

 さて、肝心の“強運の持ち主”である、恋人について。彼は別段何かに優れているとか、すごく格好いいとか、そういうタイプではない。むしろ、地味である。しょうもなかったりもする。でも、やはり主人公と恋人とのやりとりには、幸せを思わずにはいられないのだ。“付き合って二年にもなると、いつからか自然にお互いが苦手なものをカバーできるようになってくる。お互いがいるから、二人ともほんの少しだけど生きやすくなっている”というくだりには、ほうほうと思わず感心してしまったくらいだ。きっと、いくら一人で強運を持っていたって、何も起こらない。誰かと関わることで、誰かと支え合うことで、それが初めて強運となる。ふふふっと笑うのと同じように。わたしは、そんな気がしている。

4163249001強運の持ち主
瀬尾 まいこ
文藝春秋 2006-05

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2006.11.07

温室デイズ

20050610_44134 思えばわたしは、ずっと生温い場所に身を置いている。そこは必ずしも快適と呼べるような場所ではなかったが、こうして今もなお、身をおける場所があるということには感謝すべきなのだろう。学生でもない、社会人でもない、かといってニートでもない。そんな微妙なカテゴリーに属することが、決して幸福でないことを知っている。けれど、やはりここは、世間一般で言うところでは、生温くて甘い場所に違いないのだった。瀬尾まいこ著『温室デイズ』(角川書店)を読みながら、わたしはずっとこうして自分の身の置き場所を考えていた気がする。曖昧な分類。曖昧な環境。曖昧なわたし。何もかもすべてが、生温くて曖昧にぼやけてゆく。そんな中でまどろみ、自分の輪郭さえも見失ってゆくような感覚に陥る。

 温室。物語で言うところのそれは、義務教育というものなのだろう。幸いにして義務とされているからには、学生という身の保障があって、実に生温い未熟なわたしたちが、かつて属していた世界である。ドロップアウトしてもなお、それが保障されてしまう今の時代。甘い環境が延々と続いてゆく。そして、実態としてある問題に対して、目を背ける学校の教師たち。彼らには、最低限の教育の本質も義務感の欠片も感じられない。それを利用して、陰湿な行為を繰り返す生徒たちは、まるで義務教育というものを武器にして、好き放題に振る舞っているかのようなものだ。物語は、こうした現在抱える学校の問題を、そのままさらりと描いているのである。

 ドロップアウト。それを、登校拒否なるものや、不良と呼ばれるような者たちを指すかたちで物語は進む。そんな中、いじめにも屈しない、みちるという少女の存在は際立っている。彼女の芯にある強さ。それが、なんとも逞しく輝いて見えるのだ。もちろん、それは彼女がかつてリーダー的存在だったせいもあるし、精神的な面において強さを持っていたからでもある。そして、そこには間接的ながら救いの手を差し伸べる人たちがいて、彼女の強い信念を支えているからでもある。それは、もちろん彼女の人徳というもので、この物語は、彼女あってこそのものであるといってもよい。しかも、ドロップアウト側からの視点でも読めるのが、心憎い演出である。全く持って、抜け目ない。

 なんやかんやと、とやかく言うわたしの生温い場所。つまりはそこもまた、ある種のドロップアウトの結果であるに違いない。今のわたしは学生でもなく、社会人でもなく、ニートですらないのだから。義務教育時代のわたしは、確実に利口なドロップアウト側だった。それがいつのまにか、生真面目ゆえのお馬鹿さん的ドロップアウト側に変化して、もう戻れないドロップアウト側の位置にまで到達していたのである。気がついたときは、もう遅かった。そして、思い返してみれば、もう生まれたその瞬間から、わたしのドロップアウト人生は始まったと言ってもいいくらいのものだった。けれどもう、過去にすがるのは止めた。今置かれたこの生温い場所で、生きるしかないと決めたのだから。

4048735837温室デイズ
瀬尾 まいこ
角川書店 2006-07

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2005.05.01

天国はまだ遠く

20050412_023 自分の存在意義って。一番大事なものって。生きている理由って…そんなことを問いかけられているような気がした。どこに行っても、いくら探しても、どんなにあがいても簡単には見つからないそれらの答えを、何となくでも良いから見つけなくてはいけないのではないかという思いにかられた。強くぐいぐいと背中を押されたような、わずかな残り時間を告げられたような、そういう気分になった。

 瀬尾まいこ著『天国はまだ遠く』(新潮社)は、なんとかなるとか、適当に流しておけばいいとか、きっと大丈夫とか、そんなことを自分に言い聞かせるようになっていた主人公のお話である。それは朝、布団の中で。出勤前の玄関で。仕事の合間にトイレで。暗示をかけなければ、いつの間にか動けなくなっていたほどである。たいしたことではないのだとわかっていても、身も心もどんどん追い込まれてくような、周囲から責められているような、そんな気持ちであるほどに。

 そうして、主人公は自分のことを知る人がいないところへ死ぬために旅立つ。目的地は長旅ではなくてすぐに着けるところでなければならないし、観光地や温かい場所ではいけない。まだ頑張れるという妙な錯覚を起こすようなところでもいけない。全ての貯金を解約し、仕事を辞め、ほんの少しの荷物を抱えて辿り着いた木屋谷(きやだに)という小さな集落。そのさびれた地の民宿で出会う人々や美しい自然によって、これまで忘れていた何かを感じる主人公。

 そこで感じるのは、何にもとらわれず、生きるためだけに毎日を送る生活というものの、孤独さ。シンプルに生きていくことの忙しさ。素敵なものがいくらたくさんあっても、自分の居場所がない心細さ。大事なものはたくさんあったはずなのに、全てが取るに足らないことに思えること。必死だった恋愛も仕事も日々の生活も少し離れてしまえば、すんなり手放せるものばかりだということ。するべきことがなく、居るべきところから離れてしまったという現実に、まだ気づかずにいたい気持ちである。そういう主人公の思いが私の思いと交錯した。

 自分が本当に居るべき場所はどこなのか。私のすべきことは何なのか。今現在順応しているその場所に、私の日常は果たしてあるのか。きれいな空気と自然に満ちた場所で、温かい家族に囲まれた生活を送ること…今居る此処で、なまあたたかく生きる時間が許されてよいのかとふと考えてしまった。と同時に、私は何て恵まれているのだろうと思った。けれど、この温度に慣れて過ぎてはいけないと思うのだった。

4101297711天国はまだ遠く (新潮文庫)
瀬尾 まいこ
新潮社 2006-10

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