53 森絵都の本

2009.07.05

ゴールド・フィッシュ

20090627_012 中学時代に思い描いていた夢はなんだったろうとふと思い返す。妙に現実を直視していたわたしは、さっさと自分の限界に見切りをつけて、夢見ることを忘れていたのではなかったか。夢破れた14の夏。人生を切り替えた15の春。けれど、また挫折してなあなあに迎えてしまった高校時代…。思えば夢のない人生を歩んできたものだ。森絵都著『ゴールド・フィッシュ』(角川文庫)には、小さな頃からずっと理想の従兄の真ちゃんの夢を自分の夢のように大切にしているさゆきが主人公。さゆきの中で膨らんでゆく真ちゃんの夢。けれど、自分の夢は自分自身で見つけなければならないことを知ってゆくのだ。『リズム』の続編でもあるこの物語。さゆきは中学3年生の受験生という、難しい年頃になっている。

 中学3年になったさゆきは、高校受験を控えているにもかかわらず、ゆらいでいた。大好きな従兄の真ちゃんが音楽の道で成功しようと夢見て東京へ行った前作『リズム』。そして、前作ではいじめられっこだったテツがめっきり大人びて、さゆきよりも先に明確に自分の進むべき道を見つけているからだ。周囲の友だちも志望校を決めたり、受験勉強に打ち込んだりしているのにもかかわらず、まだやりたいことや夢が見つからないさゆきはいろんなことが手につかず、真ちゃんの夢を応援することを自分の夢のように思っていた。けれど、真ちゃんが行方知れずになり、バンドが解散したことなどを知ることになる。果たしてさゆきは自分のリズムを取り戻し、夢を見つけることができるのか…そんな物語。

 中学3年のときは、たくさん迷ってたくさん悩んで、自分と向き合う時期のような気がする。もちろん、大人になってからもたくさん迷うことも悩むこともあるだろう。けれど、無限の可能性を秘めた若い時を充実して過ごして欲しいと、ついついさゆきを応援しながら読んでしまっていた。真ちゃんのこととなると無我夢中になってしまうさゆきをたしなめるように支える同級生の幼馴染みのテツや真ちゃんのお兄さん、妹をあたたかく見守るさゆきの姉、そして時には厳しいことを言ってくれる大人がいること。さゆきの周囲は、多くの人たちによって成り立っている。そのことが、何とも微笑ましくもあり、羨ましくもある。そうして新たに気づいてゆく。ゆっくりと、さゆきなりのスローペースで。

 大人になると、どこかにおき忘れがちな夢。そして、夢は自分でつくるものであること。自分でつかまえるものであることを。大それた夢でなくてもいい。小さなささやかな夢でもいいから、夢見る気持ちを忘れてはいけないという、強いメッセージを感じる物語である。まだ15歳。人生はまだまだ長いのだ。だから、物語のおしまいでさゆきが選んだ選択に思わず、ふふっと笑みがこぼれる。そうだ。その調子。さゆきらしくていいじゃないか、と思わずにはいられないのだ。夢の見えてくる場所までたどりつけるまで、いろんな経験をして、いっぱい悩んで、思いきり泣いて、迷うだけ迷えばいい。寄り道だってしたっていいのだ。きっといつか、どの時間も無駄じゃなかったと思える日が訪れるのだから。

4043791070ゴールド・フィッシュ (角川文庫)
森 絵都
角川書店(角川グループパブリッシング) 2009-06-25

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2009.07.04

リズム

20090326_010 わたしにかまわずに時は刻々と流れるように進み、物事は確実に変化を見せる。そんな中でどうやったら、しゃんと自分を保っていられるだろう。ゆらぐのはきっと、子どもも大人も変わらない。時はいつだって、わたしたちにかまわずに過ぎゆくものなのだから。森絵都著『リズム』(角川文庫)は、中学1年生のさゆきが主人公の物語。風みたいに、空みたいに、月みたいに、どこにいても、いつになっても、何が起こっても変わらないものが好きな一人の少女の成長を綴っている。どんなにくだらないことも煌くような十代の時。一番多感な時。そういう時を慈しむように新たな一歩を、確かな一歩を踏み出す。そして、どんなに周囲が変わろうとも、自分だけのリズムを大切にしていればよいことを知るのだ。

 さゆきには、第二の我が家と呼べるほどの親戚の家がある。そして、その家には小さな頃から慕っている従兄の真ちゃんという存在がいる。高校にも行かず、バンド活動をしている金髪の真ちゃんだが、さゆきにとっては今も昔と変わらず大好きな理想のお兄ちゃん像である。ある時、真ちゃんの両親が離婚してばらばらになるかもしれないことを知り、日々悶々と悩み続ける。ずっとそこに変わらずにいてくれる、変わらないものが好きなさゆきにとって、これはとても重要なこと。ただただ毎晩のように祈るばかりだ。そんなさゆきが、いかにして変化を受け入れてゆくのかを、物語はゆっくりとさゆきのペースで追ってゆく。ゆらぐ13歳の気持ちは、大人になったわたしにも不思議とよく馴染む。

 物語の登場人物で魅力的なのは、何といってもさゆきの担任の三木先生。まだまだ新米の先生らしいが、中学生の気持ちを汲み取るさゆきのよき理解者である。年中悩みこんでぼうっとしているさゆきをしょっちゅう呼び出すものの、特別叱るわけでもなく、あたたかなまなざしで接してくれる。さゆきを見ているとハラハラする先生は、まるで自分の中学時代を重ね合わせるように言う、“それでも、あれが不毛な時間だったとは思わないわ”と。そう、きっと悶々と悩むとことも、変化に戸惑うことも…いろんなこと何もかもが愛おしい大切な時間。ゆらいだ分だけ答えがあって、道筋があって、すうっと自分なりの道しるべができてゆく。そうしてたどり着いた先に立っている自分を、今誇らしく思いたい。

 そして、クライマックスの真ちゃんとの最後の場面は、なんだかじーんとせつない。ロック歌手を夢見るしんちゃんが、さゆきにドラムスティックを渡すのだ。そして言う、自分だけのリズムを大切にしていれば、まわりがどんなに変わっても、さゆきはさゆきのままでいられるかもしれない、と。いい言葉だなと素直に思う。つまりは、どんなに周囲が変わろうとも、自分だけのリズムを大切にしていればよいと。わたしたちにかまわずに時は刻々と流れるように進み、物事は確実に変化を見せる。そんな中でしゃんと自分を保って生きるためのひとつの手段が、さゆきにはできたのだ。大人になってもゆらぐことの多い世の中。その中を生き抜くために、彼女は今後どう成長するのだろう。楽しみである。

4043791062リズム (角川文庫)
森 絵都
角川書店(角川グループパブリッシング) 2009-06-25

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2005.07.25

永遠の出口

20050721_006 小学校3年生から高校卒業までの一人の少女の物語と、今いる到達点を描いたエピローグからなる、森絵都・著『永遠の出口』(集英社)。さっぱり爽快な後味の本と出会ったのは、久しぶりだ。何てまっすぐなのだろう。何て潔いのだろう。“私は元気だ”とためらいなく言えることの凄さ。その一言を、私は胸をはって言えるだろうか。そんなことを考えていたら、私の中にあったはずの暗い影はすっと淡くなっていた。生きれば生きるほど人生は込み入っていくし、苦しいことも辛いことも盛り沢山だけれど、それでもまだ何とかなる。今は立ち止まっていても、少しずつ進める。そう思っていた。

 主人公の少女は、少しずつ確実にその世界を広げてゆく。同じクラスの仲良しグループの動向に一喜一憂していたかと思えば、厳しい校則と友人の言動に戸惑ったり、少し横道にそれてみたり、宙ぶらりんの日々を送ってみたり…それは、まるで自分の物語みたいによく理解できるものだった。もちろん、全てが全て、主人公と一緒の人生のわけがない。感じ方も考え方も違う。経験したことだって違う。それなのに、知っている気持ちなのだ。もう少女の物語の年齢を超えてしまっている人にとっても、今まさに同じ年頃の少女たちにとっても、きっとこの物語は愛おしいものなのではないだろうか。

 私の少女時代を振り返ると、やはり主人公のように未熟さと恥ずかしさを感じる。学校という社会の中に上手く折り合いをつけられずに、悩んでばかりいたっけ。ひたすら努力いつでも努力という生真面目さが、次第に自分自身をがんじがらめにしていることに、私は気がつくのがあまりに遅過ぎた。当時の私の目には、友人たちの行動言動が全ていい加減に映っていた。今思えば、友人たちの方がずっと利口に生きていたのだと思えるのに。私は自分しか見えていなかったのだろう。適度に力を抜くこと。柔軟に生きること。そういうことが今も難しいということは、今もまだまだ未熟だということなのだろう。

 どんな未来もありえたはずの自分の人生。あっちへもこっちへも行けたはずの私の人生。そんな中で、徐々に探りあてたそれぞれの道のどこかに今、辿り着いている。歳を重ねるたびに少しずつ図太くなって、躓いても笑って、“これが、今の私の到達地点だ”とさらっと言える日が来るといい。素直にそう思う。未来はまだまだ続いてゆく。子供の頃に思い描いていた未来の自分じゃなくても、どこか何となく「大人」になりきれていない自分を感じても、寄り道をしながらも前に進めたらいい。自分なりのペースで。決して、急ぐ必要はないのだから。

4087460118永遠の出口 (集英社文庫(日本))
森 絵都
集英社 2006-02-17

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2005.07.20

カラフル

20050412_026 大きな過ちを犯して死んだ罪な魂の中から、運良く抽選で選ばれると、もう一度下界に降りる再挑戦のチャンスが与えられる。誰かの体を借りてその人物になり、前世に犯した罪を思い出さなければ、輪廻のサイクルに戻ることはできない。そんな設定の下、生きるとは、家族とは、友情とは何か考えさせられる、森絵都・著『カラフル』(理論社)。担当であるガイドの天使・プラプラに促されるまま、主人公の<ぼく>は、<小林真>という自殺したばかりの14歳の少年に乗り移る。

 <小林真>は、絵を描くのが得意な以外は、地味で背が低く冴えない雰囲気。親しい友人もいない。はじめのうちは、温かな家族というイメージだったのにもかかわらず、父親は自分だけよければいい偽善者(プラプラ情報による)で、母親はフラメンコの先生と浮気中。口の悪い兄は、冷ややかである。好きな女の子は、中年オヤジと援助交際中。気が滅入りそうな環境の中、ホームステイのような気楽さも手伝って、しっかり周囲を見回してみると、<小林真>の日常は、そんなに単純ではないことがわかってくる。

 <ぼく>は、ホストファミリーを騙していることへの罪悪感を覚える。<ぼく>が乗り移ったことで、<小林真>が奇跡的に生き返ったのだと信じている家族の言葉を痛く思う。家族にとって、生き返ったその一瞬の出来事は大きな喜びとなり、それまでの全てを精算してあまりあるものだった。次第に増えていく取り返しのつかないものたちの数。<小林真>の代役で引き受けるには、荷が重過ぎる出来事の数々。死んだ<小林真>が聞くはずだった言葉たち。<ぼく>にしかわからない悔しさが、あまりに切ない。

 物語が進めば進むほどに、<ぼく>の気持ちはさらに切なさを増す。<小林真>の傷にとらわれ過ぎて、無頓着だった周囲の人々の傷。この大変な世界では、きっと誰もが同等に傷を持って生きているということ。<小林真>は、早まり過ぎたということ。遅過ぎることなんてなかったことを。そして、途中に出てきた言葉がいつまでも胸に響く。“人は自分でも気づかないところで、だれかを救ったり苦しめたりしている。この世があまりにカラフルだから、ぼくらはみんないつも迷っている。どれがほんとの色だかわからなくて。どれが自分の色だかわからなくて。”

4167741016カラフル (文春文庫 も 20-1)
森 絵都
文藝春秋 2007-09-04

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2005.07.18

つきのふね

20041017_047 ちゃんとした大人になれるのかな。ちゃんと生きてゆけるのかな。未来なんかこなければいいのに…思春期に誰もが抱くであろう将来への不安、葛藤、焦燥感。壊れやすい心の危うさや脆さを描いた、森絵都・著『つきのふね』(講談社)。児童書ということもあって、少女が思わず手にとってしまいそうな可愛らしい表紙。乙女心を刺激されて読み始めたのだが(単行本)、予想外にどきりとさせられてしまった。もちろん、ほのかな感動と、胸をしめつけるきゅんとしたかすかな震えも。著者の作品を読むのならば、児童書からがいいかもしれないと思って大正解だったようだ。

 人間という生き物でいることに疲れてしまった主人公の語りで物語は始まる。咲いてはしおれ、芽吹いては枯れてゆく潔い植物の一生を羨ましく思う。どうしてそういう気持ちになってしまったのか。その答えは読み進めていくと、次第にはっきりとわかってゆく。物語の軸となっている一番の親友だったはずの少女とのことは、あまりにもどかしい。相手のことを思い合う姿と生きることにもがく姿は、何て素敵なのだろう…そんなことを真っ先に思った。その中には、もちろん、若さゆえの過ちや身勝手さがある。けれど、輝いて見えた。

 そして、もう1つの軸となっているのは、主人公を助けた青年のこと。主人公は、青年の家に居場所を求めて通い続けているのだが、彼は物語が進めば進むほど心のバランスを崩してゆく。人類全てを救うための巨大な宇宙船を作るべくして。バラバラになってしまった彼の周囲の人々を、再び1つにするために。周囲のSOSに敏感に気づくことができるのに、自分のSOSには気づかない。気づかないふりをしているのかもしれない。苦しくて切なくてやりきれない思いを、必死で堪えているのかもしれない。彼だけでなく、きっと多くの人たちが。

 物語はよい方向へ進む気配を残して終わる。かつて青年が、心の病を抱える友人に宛てて書いた幼き頃の手紙の文面で。ひらがなばかりで書かれた文章は、ずしんと胸に響く。“ぼくわちいさいけどとうといですか。ぼくはとうといものですか?”。人間は、ちっぽけで弱いもの。一人の力は、とても小さい。もちろん、その中には強い部分もあるだろう。そして、一人一人が皆尊い存在。そんなつい忘れがちな当たり前のことを思い出させてくれる言葉である。尊いもの。なくてはならないもの。愛すべきもの。信じたいもの。いつまでも大切にしたい物語だ。

404379102Xつきのふね (角川文庫)
森 絵都
角川書店 2005-11-25

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