19 栗田有起の本

2008.10.27

蟋蟀

20081021_050 人間であることが哀しくて、可笑しくて。ひどく嬉しくて。ただただ生きるだけなのに、もどかしい。この何とも言い難い思いをどこに仕舞っておけばよいものか、しばしの間考え込む。今までだって、これからだって、そんな繰り返しの中にあるはずなのに、わたしは厭きもせずに苦悩する。同じ過ちを繰り返さんばかりに、悶々と日々の中にいるのだ。栗田有起著『蟋蟀(こおろぎ)』(筑摩書房)という短編小説集は、いずれもどこか奇妙で不可思議な魅力を持つ人間を描いている。主人公たちは皆、純粋であるがゆえに、時としてとらえどころのない日常を生きることを余儀なくされ、自分でもわけのわからないものに囚われたりする。その姿は可笑しくも、どこかわたしたちに似ているから、妙な現実感を伴ってせつなくなる。

 この短編集に収録されている物語は、「蟋蟀」「アリクイ」といったような実在の生き物の他に、空想上の「ユニコーン」というものも並んでいたり、「鮫島夫人」「蛇口」というようなだまし絵的に生き物の名前を織り込んだものも並んでいたりして、それぞれに味わい深く、その発想自体が面白い。また、読み手を一行目から離さない魅力的な文章もいい。とりわけ、「あほろーとる」での“先生、これから連続側転するから見ててください”というものや、「鮫島夫人」での“別れた夫とボートに乗った”というのが印象的だった。読んだすぐ傍から物語へ誘われ、著者独特の世界へぽーんと放り投げられる。けれど、その不可思議さこそが真実で、どうしようもないほどに読み手に近しいのだ。

 「さるのこしかけ」では、恋人に婚約者がいたことが発覚し、主人公の女性は自分が傷ついたことよりも見知らぬ女性を傷つけたことを気にして、自殺願望を抱くまでになってしまう。自殺方法を生真面目に考える姿にどこか可笑しさを感じながらも、人間の持つ憤りや悲しみに対して、逃げ腰な自分自身をつい省みてしまう展開だ。表題作「蟋蟀」では、恋人に妊娠を告げられた男の心情が綴られてゆく。不本意ながら後ろめたさがある男と、その祖母タマコとのやりとりに、じんわりとあたたかなものを感じることだろう。男の身勝手さが憎めなくて、こういうときの女性の強さみたいなものを、痛感させられる物語である。いつしか、主人公と自分とを引き寄せて考えているから不思議な心地になる。

 一番印象的だった「鮫島夫人」。大学時代に知り合って二十五歳で結婚し、三年後に離婚した二人だが、読むほどに実はいわゆる普通の夫婦ではなかったことがわかってゆく。男のすべてを理解した上で。思い合って、思い合うからこそ。世の中に夫婦というかたちは数あれども、そのかたちはさまざまであることを感じると同時に、その心情のありがたがあまりにも素敵すぎて、胸が熱くなる。できることならば、別れた相手とも複雑ながらにこんなふうに通じ合っていたい…そう切実に思えるほどに、この二人の在り方は魅力的なのだった。もちろん、これは物語。でも、思わず主人公と自分とを引き寄せたくなる愛おしさなのだ。そうして人間よ、これからも魅力的であれと願うばかりである。

4480804137蟋蟀
栗田 有起
筑摩書房 2008-09

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2005.11.24

マルコの夢

20050916_22204 キノコの世界をほんの少し覗いてきた。たかがキノコ。されどキノコ。それに魅了された人、それと共に生きる人、それのために生かされている人…そんな人々の、或いは人々を支配するキノコの物語が、栗田有起著『マルコの夢』(集英社)である。意識せずとも勤勉さの染みついた日本人の描写、些細な期待を抱かれたことや使命を託されたことに関する単純な舞い上がり、浅はかな流されやすさ、人それぞれが持つ自分自身に対する自負。キノコの不思議だけに終わらない、そういうものがいつまでも余韻として私の中に残った。細やかな設定や配慮は、登場人物を魅力的に見せている。

 物語の主人公は、そこそこの大学を出たものの、就職先が見つからなかった一馬。異父姉弟の姉に誘われるままにパリへ向かい、流れのままに三つ星レストラン「ル・コント・ブルー」のキノコ担当となる。その厳重な管理の徹底ぶりは、さすがとしか言いようがない。ある日、店での一番人気のムニュから“マルコ”と呼ばれているキノコの買い付けを頼まれ、その産地である日本へ旅立つことに…。店を辞める決意をしたばかりなのにもかかわらず。その精神的にも肉体的にもたまりにたまったストレスは何処へ。その気持ちはわからないわけではないけれど。何とも可笑しくもある。

 さて、キノコの話。物語を読み進めてゆくと、次第にキノコに魅せられている自分に気づく。こりこりした食感。口の奥深くまで広がる香り。わずかに舌を刺激する風味。塩だけのシンプルな味付けと植物油で炒めただけなのに、おいしいと思える。そんなキノコ料理。だし入らずの具材を用いたみそ汁もいい。その正体は一体何なのだろう。アビキネケ?ウニカナカ?もっともっと珍味で美味な知る人ぞ知るキノコ?食べてみたい。間違えた。私で宜しければ、食べさせていただいても…キノコは人を選ぶのだから、安易に食べてはいけないのだ。キノコの計らいに従うまで。キノコ様々。

 結末に近づく程に物語は始まりの場面から、いや、それ以前からもう始まっていたことがわかる。心憎い姉の支えと導き。生まれたときからの宿命。多くを語らずとも進むべき道は決まっているものなのか。そもそもはどこから。さてはて、人の運命は何に左右されるものなのか。主人公一馬と自分自身のこれまでとを振り返って、はっとする。どんなにもがこうとも、悩ましく憂鬱に浸ろうとも、なるようにしかならなかったことに。努力したことは、もしやただの自己満足に過ぎなかったりして。物事を複雑にしているのはオノレか。人は、物語のように案外単純に出来ているものなのかもしれない。

4087747883マルコの夢
栗田 有起
集英社 2005-11

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2005.08.05

ハミザベス

20050702_001 自立や将来に対する気づきをテーマに描かれた、栗田有起・著『ハミザベス』(集英社)。第26回すばる文学賞受賞作の「ハミザベス」と「豆姉妹」の2編を収録している。どちらの作品も、じんわりと温かなものが広がるような味わいを残す。読み手をするりと物語の世界に引きずり込むような、リズムが感じられる文章もいい。登場人物たちの心の動きも魅力的で、先が気になる展開がよかった。ただ、短い作品のせいなのか、あまりに終わり方が唐突な気がしてしまった。もっともっと読みたいのになぁ…そんな気持ちがうずうずとする。読み手をそういう気分にさせている時点で、著者の意図にどっぷりはまっているのかもしれない。

 「ハミザベス」は、更年期障害に悩む母の梅子と暮らす、まちるの物語。はたちになる直前、とっくに死んだと聞かされていた父の代理人から、遺産を相続して欲しいという連絡が入る。代理人の女性の強い勧めで、もらうつもりはなかったものの、梅子には現金が、まちるにはマンションの一室が譲られた。なぜ父が、2人に財産を残したのかは謎のまま。まちるは、初めてのひとり暮らしをはじめ、かたわらには、代理人の女性から譲られたハムスターの“ハミザベス”が一匹。やがて、自分の出世にまつわる意外な事実や、父の仕事について知ることになり、母との相互依存的な生活から抜け出し、自分の人生を歩みだす。

 母と娘。2人きりの家族。これらの言葉だけで、思うところはたくさんある。ただでさえ、家族の中で親密さ、密接さが濃い関係であるというのに、2人きりとは…。あるときには依存的に。またあるときは過干渉的に。母と娘というのは、近づき過ぎる関係になりがちだ。中には不仲な場合もあるだろうが、嫌だ嫌だと言いつつも、結局一緒にいるではないですか。お互いのことを、ちゃんと理解しているではないですか。そういう私もいまだに親離れできていないものだから、一緒にでかけては、“やっぱり持つべきものは息子よりも娘だわ”なんて言葉を聞く。自らの力で、一歩を踏み出すことは容易なことではない。身を以て知るとは、こういうことかと思う。

 さて、もうひとつの「豆姉妹」。こちらは、7つも年が離れているのに双子のようにそっくりで、地味に堅実に生きてきた姉妹の話。堅実でしっかりものの姉はいきなり看護婦を辞めてSMの女王になった。妹は、なぜか髪をアフロにしてみた。そんな理由なき行動から、将来への新たな気づきを見つける…というもの。個性に対して、極端なほどにどうでもいいと考えていた登場人物がとった行動としては、あまりにも現実離れしているのだが、なかなか面白く読んだ。体を寄せ合い、くっつき合って暮らしていた(ひとつのさやにおさまる豆のような)姉妹が、自分の進むべき道をゆく。こんなにも道は、幾重にも別れていたのですね。

4087478408ハミザベス (集英社文庫)
栗田 有起
集英社 2005-07-20

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2005.08.01

お縫い子テルミー

20050729_020 “一針入魂”がポリシー。流しの仕立て屋・テルミーの切なくも前向きな生き方を描いた、栗田有起著『お縫い子テルミー』(集英社)。15になったばかりで生まれ育った島を出て、東京でお縫子をするテルミー(本名・鈴木照美)。“お縫子”であるから、ミシンは使わずに一針一針手縫いである。依頼があると、服作りのために依頼主の家に居候する。出来る限り依頼主の生活を邪魔しないよう、気遣いをしている。けれど若さゆえ、性的関係を持つことが少なくない。全ては、依頼主と良くなじむ服を作るため。最優先するべきことは、仕立ての技術を磨くこと。経験を積むこと。テルミーは、とても潔い。

 “生きていくのに必要なのは知恵であって知識ではない”というテルミーの祖母の言葉。物語を読み進めていると、その言葉の思うところが大きくなってゆく。例えば、未来の行く末についてテルミーが悩む場面。好きなように生きていくには、どうしたらよいのだろう。つらくても死ぬまで生きなければならないのは、なぜだろう…と頭を抱えていても、テルミーは前に進むことを決して止めない。自分の足が向く方へ、どんどんゆく。自らの力で、気づいてゆく。生活の中で身につけてきた、彼女なりのやり方。生き方。あぁ、何て逞しいのだろう。あぁ、何て美しいのだろう。私は、テルミーに強く強く惹かれてゆく。

 表題作の「お縫子テルミー」の他に、「ABARE・DAICO」が収録されている。こちらは、“なかなかやるやつ”とか“すげえ”と、周囲から思われてみたいという目標を持つ誠二が、夏休みに奮闘する話。ハンサムで、背が高く、人生経験豊富な人のように話す友人と対等になるべく。1つ1つの目標は、みみっちくてしょうもないことであるのだけれど、彼の地道な努力と向上心にはひれ伏したくなるくらいだ。誰かに頼ることなく、自分の力で出来る限りのことをするという姿勢は、表題作の「お縫子テルミー」にも通じるところがあるように感じた。私は、誠二がとっても好き。

 誠二の目標を書いてみる。「今年中に、知っている人全員の名前を覚える」「牛乳を毎日、コップ二杯必ず飲む」「国語辞典を全部読む」である。誠二は、小学5年生。これらの目標、何かいい。すごくいい。とってもいい。誠二はよく行くスーパー、コンビニ、本屋、レンタル屋の店員のシフトと名前を覚えている。そして、小学校の先生と用務員さんをクリアし、全校生徒の名前(700人)に取りかかろうとしているのだ。牛乳は、背が低いのを気にして(私もチビさ)。国語辞典は、多くの用語を知るためである(大人への一歩)。今は、夏休みの時期であるから、私も何か取り組もうかしら。

4087460509お縫い子テルミー (集英社文庫)
栗田 有起
集英社 2006-06

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2005.07.29

オテル モル

20050719_029 “どうか今夜も、安眠に恵まれますように”地下13階のオテル・ド・モル・ドルモン・ビアンが提供するのは、最高の眠りとそこから導かれる最良の夢。そんな理念を掲げたホテル、じゃなくてオテルで働くことになった希里が主人公の、栗田有起・著『オテル モル』(集英社)。希里には、薬物中毒の双子の妹がいる。両親は、小さな頃から妹にかかりきり。かつて希里が付き合っていたことのある妹の夫と、妹の娘である姪と、3人で暮らしている。物語は、読み手の近い現実とはかけ離れているはずなのに、希里の置かれている立場は痛いはずなのに、なぜか心おきなく気持ちを漂わせることが出来てしまう。

 この物語の中で魅力的なのは、オテルだろうと思う。その存在、佇まい、流れる時間、空気、どれをとっても素晴らしい。ビルとビルの人一人くらい通れる隙間にある、会員制契約型宿泊施設で、どこまでも細やかに配慮された眠りのための空間となっているのだ。良質の眠りを求める人だけが、会員となることが出来る。一致団結して、同じ物を求める。“私も会員になりたい”そう感じる人は、きっと多いことだろう。毎日のように薬の力を借りている私でも、心地よい眠りを味わえるだろうか。深く深く沈み込むような、柔らかで静けさに満ちた世界へ…気がつけば私は、そういう世界からどんどん遠くへ来てしまっている。

 “眠り”それは、もしかしたら人間が生きるために、最も大切なものかもしれない。食べることよりも、心を通わすことよりも。ずっとずっと。精神を休めることができなければ、人はどんどんおかしな方向へ行ってしまう。墜ちていくのはあまりに早く、はっきり自覚したときにはもう遅い。オテルに来る客は、どの人もみんな眠りと夢に問題を抱えている。彼らには、わざわざ厳しい契約を結んでまでも、手に入れたい眠りがここにはあるのだ。自分の外側から来るずっしりした眠りの気配を、胸を揺らす心臓の鼓動を、私がここに確かに存在しているということを、オテルじゃなくても体験する術はないものか。

 眠りについてばかり書いてしまったが、主人公・希里の人間的魅力についても語っておかなければならない。崩れおちてつっぷし、泣くこともある。妹の夫であるはずの男と、体を重ねることもある。妹の態度に、悪意を感じることもある。家族全員が揃う場面で、疎外感を覚えることもある。それでも、決してねじれていない。彼女の見ている方向は、決して暗くない。読んでいて、清々しいくらいだった。それは、彼女の置かれてきた環境のせいなのか、積み重ねられてきた年月がそうさせているのか。私自身も、その向く方もそうであればいい。そうあらねばと思った。

4087747468オテルモル
栗田 有起
集英社 2005-03

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