26 重松清の本

2005.10.03

卒業

20050815_22176 あぁ、この小説は正しい。重松清・著『卒業』(新潮社)を読みながら、私はそう感じていた。小説に正しいも間違いもないのだけれど、“この小説を一言で表すと、次のどれが当てはまるのか答えなさい”なんていう設問があったら、迷わず選ぶ。1)様々なかたちの“卒業”を描いている、2)感動的である、3)心の葛藤を描いている、4)とにかく正しい。だとしとしたら、4である。説教じみているわけでもないし、型どおりの教育論を展開しているわけでもないのに。文章は読みやすいし、登場人物は人間っぽい、感動できるポイントだってある。それでも、私はこの小説を“正しい”と言いたい。もちろん、よい意味合いで。

 4つの物語が共通しているのは、根底にあるテーマと40歳の男性が登場すること。「まゆみのマーチ」では、まもなく亡くなる母を見舞ったことがきっかけで、息子に対する接し方を省みる。「あおげば尊し」では、父親と同じ教師という職業を選んだ主人公が、悩み迷いながら父の最期を見送る。表題作「卒業」では、自殺した親友の忘れ形見の少女から親友に纏わる話を求められて、戸惑いながらも若かった日々を思い出す。「追伸」では、幼い頃に亡くなった実の母に対する思いが強すぎて、今の母との間に確執を抱えている。親から教わったこと。子供に伝えたいこと。悲しみの中から、前へ進もうとする逞しさを感じる物語である。

 あぁ、人間はこんなにも強かったのだなぁ。“正しい”という思いの次に、私はそう感じていた。おのれの弱さを知りながらも、前へ進んでいるように思えたから。ただ、歳を重ねているのとは違う。自分の意志とは無関係に、一歩一歩進んでいく。速度や歩幅は違えども、確実に。若さゆえの間違い、無神経な言葉の数々、口に出さなければ伝わらない思い、ねじれたままの関係…それらは過ぎ去った年月を越えて、難なく取り戻せるようにすら思えた。物語の中では。もちろん、完璧には正せるわけがない。けれど、強い思いは確実に人の心に何らかのかたちで届いている。届くほどに人間は強い。人間の心は。

 きっとその思いは、私の願望なのだろう。強さがまだ自分の中にも残っていることを、信じたいだけなのかもしれない。強くも弱くもある人間から、弱さをかき消したいのだろう。そして、何よりも自分が確実に前へ進んでいるのだと思いたいのだ。多分、甘っちょろいのだろう。自分を正当化したいのだろう。それは、とても愚かなことだ。わかっている。けれど、自分の前にある現実から逃れたくてたまらない。思い通りにいかないのが人生なのかもしれないけれど、心の奥底で“違う”という自分がいる。何かが違う。どこかが違う。こんなことでうじうじしている私は、青過ぎるのだろうけど。

4101349193卒業 (新潮文庫)
重松 清
新潮社 2006-11

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2005.08.26

きよしこ

20050807_020 優しくって暖かくって愛おしい物語、重松清・著『きよしこ』(新潮文庫)。著者とよく似た、吃音の少年が主人公。思ったことを何でも話せる友だち“きよしこ”を自分の中に置いていた少年の、小学1年から大学受験までを描いた物語である。様々な人との出会い、別れ、関わり合いの中で、少年の心は少しずつ強く大きくなっていく。はじめに出てくるきよしこの言葉は、ずっと少年の奥深くにあったように思える。“(省略)伝えることはできるんだ。それが、君がほんとうに伝えたいことだったら……伝わるよ、きっと”というもの。伝えようとする気持ちがなければ、誰にも届かない。分かり合えない。そんな当たり前のことを、私は避けてきていなかっただろうか。

 少年の吃音について、周囲は勝手なことを言う。少年の気持ちを無視して。がんばろうね、気にするな、くじけるな、堂々として、恥ずかしいことじゃない…そんな言葉を口にする人々は、決まってすらすらとなめらかに話す。そして、少年が参加したセミナーでは、“同じ悩みや苦しみを分かち合って、友情を深めてください”なんて言う。考えてみれば、よく聞く言葉である。けれど、あまりにも無責任な言葉でもある。寄り添っているつもりの言葉というのは、恐ろしい。心に刺さるのだ。悩みを背負って苦しみながら生きる?何それ?意味わかって言ってるの?少年と一緒に腹を立てた私は、しばし自分を省みて恥じる。自分の身勝手さに気づいて。

 読み終えたときに込み上げてきた熱い思いが、暗いものに変わってきてしまったので、話題を変えよう。4話目の「北風ぴゅう太」である。作文が得意な少年は、お別れ会の劇の台本を書くことになる。転校ばかりでクラスメイトとの思い出の少なさに落ち込む少年。そんな中、難しい手術を控えた娘のいる教師は言う、“今日は一生のうちでたったいっぺんの今日なんじゃ、明日は他のいつの日とも取り替えっこできん明日なんじゃ、大事にせえ。いまを、ほんま、大事にしてくれや”と。何となく流されてゆく毎日を過ごしがちな私は、またまた恥じる。もしかして無駄に生きてるのかな、私は…。あぁ、やっぱり暗くなる。

 冒頭で、“優しくって暖かくって愛おしい物語”と言いつつ、どうしてこんなに暗くなっているのだろう。こんなはずじゃなかったのに。もっと、熱くなった気持ちを語ろうと思っていたのに。私をそうさせているのは、きっと少年の姿に心を動かされたからだ。自分の生き方を、いつまでもくすぶっている心に秘めたものを、何とかしなければならないと思わせるほどに。少年が生きてきた日々と同じように、私がこれまで過ごしてきた時間は、私だけにしか経験できないものであったはずなのに。私は、あまりにもそれをぞんざいにし過ぎてきた気がしたのだ。そして、そんなことを思う今日だって、かけがえのないひとときに違いないのに。

4101349177きよしこ (新潮文庫)
重松 清
新潮社 2005-06

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