03 いしいしんじの本

2007.10.14

麦ふみクーツェ

20071014_031 胸がじんと熱くなる。ささやかな、それでいて健気に生きる者たちの息づかいが、確かに聞こえてくる気がして。そして、気づく。わたしは疲れていたんだな、と。苦しかったんだな、と。或いはかつて、わたしはそうであったと。そうして、ほんの少しだけその歩みをゆるめてみるのだ。“むりにあるこうとせず、あしがすすむにまかせること”。いしいしんじ著『麦ふみクーツェ』(新潮文庫)に登場する、シンプルでやさしい言葉に、そうだ、焦ることはない。自分なりのスピードでゆこうと気持ちを新たにしたわたしだ。文庫本にして、486ページ。決して薄い本ではない。だが、いつか読む運命にあった。読まずにはいられなかったと思ったのだった。

 海辺の街。そこで少年は音楽に魅せられた祖父と、数学に魅せられた父と暮らす。とびぬけて大柄な少年は「ねこ」と呼ばれ、音楽家になるべくして育てられる。そして、本物の猫よりも猫らしく鳴くことができるのだった。少年はある日、ふと彼にしか聞こえない不思議な音を耳にする。とん、たたん、とん。それは、麦ふみをするクーツェの足音だった…。物語は、用務員のおじさん、ちょうちょのおじさん、クーツェなど、少年を支える名脇役たちのあたたかな言葉と共に、ゆるやかに展開してゆく。街をおそう災難の数々、少年に起こる様々な出来事。それらがいつしかすべて、愛おしく大切なものへと変わるまで続く。いつまでも。どこまでも。

 この作品の面白さ。愛おしさ。それは、喜びも悲しみもどこか超越したところにあるような気がする。ある程度年齢を重ねなければわからないような。何度も何度も悲しみや挫折を味わった経験がなければわからないような。そんな類の。そういう意味ではわたしなど、まだまだ経験不足に違いなく、本当の意味での面白さを感じ取ることができなかったかもしれないのだった。また、この作品を読んで強く感じるのは、シンプルな言葉ほど奥が深いということだ。平易に思えて、実は難しい。ひらがなだからと言って侮っていると、その力強さに圧倒されてしまうのだ。クーツェの麦ふみの音ひとつとっても、そのリズムや響きに何かを呼び起こされるようだった。

4101069220麦ふみクーツェ (新潮文庫)
いしい しんじ
新潮社 2005-07

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2006.04.24

雪屋のロッスさん

20050830_44179 世の中は、人の営みによって支えられている。さまざまな人たちとそのいろいろな営み。それらはひとりひとりそれぞれだからこそ、世界を成り立たせているのだろう。いしいしんじ著『雪屋のロッスさん』(メディアファクトリー)を読み終えてから、わたしはずっとそんなことを頭の中で思いめぐらせていた。30もの短くて奇妙でじんと胸をあたたかにも悲しくもする物語は、どれもこれもがやわらかに紡がれている。人々は皆、自分の営みに自信と誇りを持ち、ひたむきに向き合って生きている。営みを超えた生き様のようなものを、読み手にはらりと見せてくれているのだ。そして、わたしを省みるように促すようでもある。

 営み。きっとそれは、厳密な意味での仕事でなくてもいい。思いをそそぐことができるもの、身を委ねることができるもの、ゆずれないもの。例えばそんなものでもいいのだと思う。例えばわたしは、活字を追う。活字を自分の中に張りめぐらす。めぐらせた言葉を自分なりに消化する。あれこれと消化した思考を連ねてみる。最後に、確かなものとして残す。ここまでの流れだって、たぶん営みに違いないのだ。たったひとつでもいい。できることがある。できることをする。精一杯やる。それが人としての営みなのではないか。わたしは、そう思うのだ。人というのは欲ばりな生き物だから、今以上の何か。もっともっと、を求めずにはいられないのだけれど。そういうわたしもまた、まぎれもなく相当な欲ばりである。

 ここからは、印象深かった物語について。まずは「調律師のるみ子さん」。ある事故により、2つの指をなくしてしまったるみ子さんは、ある程度の時期がきたら調律の依頼が再びくるように、ほんのわずかだけチューニングを外しておくのを常としていた。けれど、それを見抜いているかのごとく、るみ子さんを指摘する老人と出会うのだ。そこで老人がいう“あなたは本当のところ、ピアノのことが、あまりお好きでないようですね”と。その言葉は、不思議なくらいにわたしの記憶を疼かせた。記憶の中のわたしは、知らぬまに絶望していた。なにもかもに対して。自分自身にまでも。誰彼かまわず。そしてやめたのだ。わたしの営みを。あらゆる営みを。るみ子さんがそうだとは言わない。けれどね。なんとなくね。

 もうひとつは、「象使いのアミタラさん」。象から生まれたと言われるほどに、象のことを知りつくしているように思われているアミタラさん。アミタラさんは言う“わたしにわかっていることがあるとすれば、象と人間がどれほどかけはなれているかという、その距離感でしょうか。それは決して埋まるものではありません。が、わたしの場合、仕事にはいるとその距離を多少縮めることはできます”と。象を象として見ているその姿勢は、謙虚な思いと絶妙な寄り添い方を感じさせる。わかったつもりになりがちな人という存在に、安住しない営みは、わかろうとする、わかりたいと思う、そういう気持ちを呼び起こすようでもある。営みそのものは尊敬されなくてもいい。ただし謙虚であれ。そうわたしは思うのだ。

4840114935雪屋のロッスさん (ダ・ヴィンチブックス)
いしい しんじ
メディアファクトリー 2006-02

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2006.04.22

トリツカレ男

20050421_028 誰かが誰かをまるごとすべて思うこと。つまりは愛ということ。わたしはそれをあまりにも知らないから、思わず辞書を引いてしまった。“愛”というものについて。そうして、そこには驚愕の言葉が並んでいた。似ているようで異なるもの。つまりは恋ということが。わたしの手元にある辞書が間違っているのか。わたし自体の言語感覚がおかしいのか。ますます“愛”がわからなくなる。だからわたしは、いしいしんじ著『トリツカレ男』(新潮文庫)の世界に学ぼうとした。もちろん“愛”というものを。まぎれもなく“愛”というものを。なにかに取り憑かれること。それは“愛”というものに、限りなく近いもののように思えてならなかったから。

 「トリツカレ男」と呼ばれるジュゼッペは、なにかに取り憑かれると、他のことへの興味がなくなってしまう。その取り憑かれ方は、陳情でない。あるときはオペラ。あるときは三段跳び。探偵ごっこや昆虫採集、潮干狩り、つなわたり、腹筋、サングラスにはまったこともある。なにもかも犠牲にしてまでも、とことんまで取り憑かれて、とことんまでどっぷりとはまる。ジュゼッペは、そういう男なのである。ある秋、トリツカレ男のジュゼッペは、風船売りの女の子、ペチカと出会う。そして、ものの見事にペチカに取り憑かれてしまうのだ。ジュゼッペはペチカの灰色のにごりを発見し、それを取り除いて本当の笑顔を見たいと思う。ささやかなにごりから、大きなにごりまで。

 ジュゼッペの思いは、どこまでも犠牲的である。1つのことしか見えなくなる様子は、どう考えてみても盲目的であり、わたしたちが陥りやすい事柄を意識せずにはいられなくなる。たとえば恋。たとえば愛というものを。恋にある初期衝動を超えているという点では、ジュゼッペの思いは愛になるのだろう。愛していることに気づかずに愛を与えている点では、愛を超えているのだろう。閉ざされた人のこころを動かす程の力があるのは、ありがちな愛の押しつけを排除しているからなのかもしれないゆえ。惜しみなく与え、そっと寄り添う。1つのものへの思いが、いくつもの思いになるのは、こういう謙虚さと、こういうさりげなさと、こういう素質を備えた者ならでは、なのだろう。

 この物語を読み終えてもなお、わたしにはまだまだ“愛”というものがわからない。それでも、ほんの少しは物語に寄り添うことで学べた気持ちになっている。きっと、意識してこころに満たすものではないのだ。気がついたら溢れている。そういうものなのだと思う。溢れさせるためには、夢中にならねばならない。寄り添いたい人。寄り添ってくれる人。そういう人に夢中になるのだ。でも、闇雲な愛ではない。脇目もふらぬ、恋でもない。なんというか、不思議で奇妙な感覚なのだ。ジュゼッペを見て。ペチカの表情を見て。ああいう感じ。そういう感じ。読んだ人ならわかるだろうか。わたしたちにもきっとある。似たような、それぞれの特別なものが。

4101069239トリツカレ男 (新潮文庫)
いしい しんじ
新潮社 2006-03

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2005.09.09

ぶらんこ乗り

20050906_144 もういない弟に関する記憶と、姉のために弟が紡いだ物語。こちら側とあちら側が交錯する、いしいしんじ・著『ぶらんこ乗り』(新潮文庫)。読みながらため息ばかりがこぼれた。あまりにも痛いから。あまりにも懐かしいから。私の中に眠っていた何かが、くすぶり始めるのに気づく。とても愛おしいと思う。いつまでもこの物語に浸っていたい。その気持ちが強過ぎて、何日も読み続けていた。繰り返し、何度も何度も。いしいしんじの作品は3冊目。そういえば、以前も思いのほか時間がかかった気がする。短い作品だったのに。そうか。他の著者の作品とは、流れる時間の速さが違うのかもしれない。時間の流れに好きなようにたゆたうことは、とても幸福だ。

 弟。姉が語る彼は、ひとり怯えている。誰よりも繊細に考え、見つめ、生きる。この世につかまろうと必死に伸ばした小さな手には、精一杯の彼なりの思いが詰まっていたのだろう。ぶらんこが上手で、うまく指を鳴らし、声が出せずにいた。ちょっと偏屈で、悪ふざけの天才で、作り話が得意だった。そんな弟。彼を語る姉の眼差しは、いつだって温かくて穏やかで心地よい。彼の見つめる先にあるものを、彼が特別だということを、きっと誰よりも知っていた。或いは、知ろうとしていた。そう思えた。彼の物語を読むほどに、その行方を追うほどに、その思いは強く激しくなってゆく。

 この物語の姉と弟の関係を思うとき、私の中には兄の存在が大きくなっていた。4つ違いの兄。物心ついた頃には、既に私にとても優しかった。母が繰り返した“しっかり守ってあげるのよ”という教え以上に。うざったいくらいに。いつでも。物語の中心になっている小学生時代。そうだ。この頃、一番守られているのだという思いが強かった気がする。たった2年しか一緒に通うことはなかったけれど、何があっても安心なのだと感じていた。休み時間に様子を見に来てくれること、いじめっ子をこらしめてくれること、とりとめのない話を夜が更けるまですること…そういえば、あんな事言ってたっけ。今はそれらが、とても愛おしい。

 私の中にそんな感情がわいてくるほどに、物語は温かである。そして、懐かしくも切ない。後半部分の雪の降る場面では、胸が締めつけられるような気分になった。雲ひとつない空から、まんまるい月から、ぼたん雪が舞い落ちてくる。白い羽根のように軽くてやさしい雪。白く染まった景色の先には、犬がいる。やわらかな街灯の下では、顔はよく見えない。もしかしたら、ボニーなんじゃないかな。ふと、幼い頃に飼っていた犬を思い出す。鉄の匂いのするブランコの鎖を握りしめると、手のひらがほんのりと赤茶に色づく。石鹸でしっかりこすらないと、落ちないかもしれないなぁ…そんなことを思って、ちょっと可笑しくなった。

4101069212ぶらんこ乗り (新潮文庫)
いしい しんじ
新潮社 2004-07

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2005.07.15

白の鳥と黒の鳥

20041121_016 優しいのに残酷で、愛おしい毒を感じさせる不思議な19の短篇集、いしいしんじ・著『白の鳥と黒の鳥』(角川書店)。“ラー”としか言えない息子と、動物の鳴き真似が上手な肉屋の父親を描いた「肉屋おうむ」。女優を目指す双子の女の子の人生を描いた「カラタチとブルーベル」。太った人ばかりが暮らす天国のような島について描いた「太ったひとばかりが住んでいる村」など、魅惑的な作品が収録されている。著者の作品は、『絵描きの植田さん』(ポプラ社)に続いて2冊目。徐々に分厚いものを読んでいこうと思っている。

 19作品もあるので、印象深かった作品について書いていくことにする。先ずは、「赤と青の双子」について。予定通り生まれた長男。女の子が欲しかったのに誕生してしまった次男。父親の最後の願いも虚しく、男の子として生まれてしまった双子。そんな事情があって、赤男、青男という惨い名を付けられた双子。無口な2人は学校で虐待されても無反応。2人にしかわからないやり方で意志疎通し、くつくつ笑い合う。その不気味な様子は、アゴタ・クリストフの『悪童日記』のようでもある。そして、ぞっとするような怖さを残す結末がいい。物語は、不条理がおもしろい。

 「すげ替えられた顔色」は、“かおをぬすまれた”という娘の訴えから始まる。古いしきたりの残る村だからと、真摯な姿勢で聞き込みをする警官。そのうち、大勢の人々が同じ訴えをするようになる。元の顔を知っている者が見ても、少しも変わってなどいないように見えるのに…。普段から鏡を見ている女性ばかりでなく、鏡を見ない者までも次第に人目を避けるようになる。こういう思い、わかる気がするのは私だけではないはずだ。今日の顔はさえないなぁとか、ちょっと目元がいつもと違うとか。ほんの些細なことで、外出をやめることがよくあるから。O型なのに神経質か…

 それに加えて、この話で思い出したのが、大学時代にやった鏡映描写の実験のこと。自分の手が見えない状態で、鏡を見ながら図形をなぞり、そのタイムを測るものである。これが意外と難しく、思うように手が動いてくれない。気持ちと動作がなかなか一致してくれないのだ。鏡の中に見えている図形と、実際の図形が異なることを実感する。自分の認知している顔と、他者が認知している顔が同じではないように。この動作は、実は日常の中にあるもの。女性ならば、メイクで眉を描くことがまさにそう。当たり前のように普段やっていることなのだが、その仕組みを1から考えると、複雑なことに気づく。人間の心もまた複雑である。

4048735748白の鳥と黒の鳥
いしい しんじ
角川書店 2005-02

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2005.07.12

絵描きの植田さん

20050702_010 真っ白な装丁に引き寄せられて読むことにした、いしいしんじ・作、植田真・絵による『絵描きの植田さん』(ポプラ社)。古いガスストーブが不完全燃焼(どうやら家ねずみのせいらしい)したために、耳がほとんど聞こえなくなってしまった絵描きの植田さん。画材一式とわずかな着替えをたずさえて、都会から遠く離れた高原の一軒家に引っ越し、温かい人々と出会う。穏やかに展開していく物語は、とても心地よく朗らかである。

 物語の舞台は、大きな湖を挟んで、「こちら側」と「向こう側」に別れている。こちら側に昔から暮らしている人々は、「向こう側」に対して複雑な思いを抱いている。具体的にそれが何なのかについては、語られないのだが、「向こう側」が忘れてしまった何かが、「こちら側」にはあるのではないだろうかと思った。それは、人と人との温かい関わり合いや、自然によって営まれる様々なものや、どんなに私たちが変わっても変わらずに残るものがあることなのかと思うのだ。“私たち、こんな素晴らしい世界に住んでいるのよ!”という少女の言葉が、いつまでも胸に響く。

 この本の中で印象的なのは、何と言っても自然ではないだろうか。季節は冬。雪に覆われた地には、野生の動物(主に鳥)たちがたくさん登場する。ツノジカ、ムクドリ、シロハラ、ベニマシコ、マヒワ、ツグミ、キレンジャク、シジュウカラ…などなど。私はたったの3種類くらいしか知らなかったのだが、後半に出てくる植田真さんの絵を見ながら、あれこれ勝手に名をつけて楽しんだ。どれも、小さく繊細なタッチで描かれた可愛らしい鳥である。そして、一番の景色は、樹氷だろう。ため息が出そうなほどの美しい描写に、思わず百科事典(日本大百科全書 11巻 小学館)を広げてしまった。

 この樹氷、言葉にならないくらいに美しい。私が見た写真は、長崎県雲仙岳の落葉樹枝に結氷した樹氷で、南国の冬の風物詩「花ボロ」。まさに、雪の華である。風が強く雲霧が去来してできるもので、樹木についたものが大きく成長すると、形の特徴からモンスターと呼ばれるそうである。物語の中では、このモンスターを“ばけもの”と言っている。“白いばけもの”という言葉だけでは、イマイチ伝わってこなかった部分が、すっと理解できた気がする。冬が来たら、何としても樹氷を見に行かねばなりませぬ。

4101069263絵描きの植田さん (新潮文庫 い 76-6)
植田 真
新潮社 2007-11

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