麦ふみクーツェ
胸がじんと熱くなる。ささやかな、それでいて健気に生きる者たちの息づかいが、確かに聞こえてくる気がして。そして、気づく。わたしは疲れていたんだな、と。苦しかったんだな、と。或いはかつて、わたしはそうであったと。そうして、ほんの少しだけその歩みをゆるめてみるのだ。“むりにあるこうとせず、あしがすすむにまかせること”。いしいしんじ著『麦ふみクーツェ』(新潮文庫)に登場する、シンプルでやさしい言葉に、そうだ、焦ることはない。自分なりのスピードでゆこうと気持ちを新たにしたわたしだ。文庫本にして、486ページ。決して薄い本ではない。だが、いつか読む運命にあった。読まずにはいられなかったと思ったのだった。
海辺の街。そこで少年は音楽に魅せられた祖父と、数学に魅せられた父と暮らす。とびぬけて大柄な少年は「ねこ」と呼ばれ、音楽家になるべくして育てられる。そして、本物の猫よりも猫らしく鳴くことができるのだった。少年はある日、ふと彼にしか聞こえない不思議な音を耳にする。とん、たたん、とん。それは、麦ふみをするクーツェの足音だった…。物語は、用務員のおじさん、ちょうちょのおじさん、クーツェなど、少年を支える名脇役たちのあたたかな言葉と共に、ゆるやかに展開してゆく。街をおそう災難の数々、少年に起こる様々な出来事。それらがいつしかすべて、愛おしく大切なものへと変わるまで続く。いつまでも。どこまでも。
この作品の面白さ。愛おしさ。それは、喜びも悲しみもどこか超越したところにあるような気がする。ある程度年齢を重ねなければわからないような。何度も何度も悲しみや挫折を味わった経験がなければわからないような。そんな類の。そういう意味ではわたしなど、まだまだ経験不足に違いなく、本当の意味での面白さを感じ取ることができなかったかもしれないのだった。また、この作品を読んで強く感じるのは、シンプルな言葉ほど奥が深いということだ。平易に思えて、実は難しい。ひらがなだからと言って侮っていると、その力強さに圧倒されてしまうのだ。クーツェの麦ふみの音ひとつとっても、そのリズムや響きに何かを呼び起こされるようだった。
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