38 中島らもの本

2006.02.15

白いメリーさん

20050215_001 饒舌な孤独と狂気。恐ろしくも愉快な小咄のような物語には、そんな言葉がよく似合う。さまざまな思いがひしめく作品には、奇才ならではの匂いが感じられる。9つの短編からなる、中島らも著『白いメリーさん』(講談社文庫)は、私の中に鮮やかに残る物語の1つである。ページをめくらずとも、読み終えたときの感情や物語のあらすじがすっと浮かんでくる作品というのは、意外に少ないものなのだが。それゆえ、私にとっては別格の作品である。どの短編も奇妙でありながら、現実的。なおかつ幻想的、という不思議な雰囲気を漂わせている。中でも、余韻のインパクトが凄まじい表題作「白いメリーさん」。切なさとやるせなさがじんと響く「夜走る人」。何度読み返しても、この2作品は変わらずに好きである。

 表題作「白いメリーさん」は、様々な噂が実体を生み出す物語。さまざまな憶測と無責任な人の口によって、はやり病のように生み出されては消えゆく運命にある噂話。それを調査しているフリーライターの男性とその娘が物語の中心である。娘はいつの間にか、亡くなった妻の役目と、子供としての自分という、錯綜したいくつもの役を懸命に演じるようになっていた。そんな娘から“白いメリーさん”の話を聞いた男性は、取材のために娘の友だちをも巻き込み始める。取材をすればするほどに、曖昧になる噂。追い込まれる娘の立場。周囲が押す「嘘つき」の烙印。閉ざされる心。悔やまれる思い。噂がもたらした結末。それはあまりにも悲しく、とてつもなく惹きつけられる危うさに満ちている。

 この物語に横たわる人間の狡さは、滑稽ながらもなかなか痛い。そもそも噂話というものは、憎むべき存在ながら、なかなかどうして面白いのだろう。あの高揚感はどこからくるものなのか、興味深いものである。噂は噂を呼ぶ。噂話をする中心に我が身を置いても、噂の中心に誰も身を置こうとしない。自分は噂を知っているけれど、それに関する確かな事実だとか真実味だとか、そういうことには一切責任は持ちません。そんな身勝手なスタンスが貫かれている。必然なのか、偶然なのか。浮ついたものが大好物な私たちは、つい聞き耳を立ててしまう。そして、ついつい誰かに語りたくなる。見事に築き上げられる連鎖。それに伴う悲劇になんて、噂に高ぶる者は気づかない。それをさらりと描いているのが、私には素敵に思えてしまう。

 続いて「夜走る人」。これは、夜に走る男の躍動感と孤独が、背中にぞぞっとくる。それは、私が夜明け前に走ったことがあるからなのかも知れない。まだ、にじむ街灯の明かりだとか、耳に響く自分の息づかいだとか、頬にあたる空気の感触だとか、伸びゆく自分の影に少し怯えながら道を進むあの感じだとか。そして、まだ眠りから覚めていない街にある、なんとも奇妙な光景だとか。物語の中にあるのは、私にはあまりにも馴染みのない世界だけれど、走る男の視線の置き所と過ぎゆく景色とに、いつの間にか入り込んでいる自分を感じてしまうのだ。見てはいけない世界。足を踏み入れたらいけない世界。でも、それに心奪われそうになる人間の性みたいなものを。だから私はもう二度と、夜には絶対走らない。そう決めなくてはなりませぬ。走るな危険。衝動は抑えるべきもの。

4062635771白いメリーさん (講談社文庫)
中島 らも
講談社 1997-08

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2005.07.16

ロカ

20050702_025 副題に“近未来私小説”と題された、中島らも・著『ロカ』(実業之日本社)。昨年、著者急逝(‘04年7月26日)のため、絶筆となった作品である。まるで著者自身の16年後を、あれこれ面白可笑しく想像を膨らませて描いたような作品で、ひたすら楽しい。世の中に対して言いたいこと、気づいたこと、考えたことなどを、この未完の小説の中に凝縮しているように感じられる。そして、未完の作品にもかかわらず、完璧に計算し尽くされているかのようにも思える結末(正確には中断)がいい。もうこの世に続きを書く人がいないことを思うと、様々な感情がわいてくる。

 物語の主人公は、68歳の作家。8年前に「死ぬまで踊れ」という娯楽小説がヒットし、信じられないような額の印税が入って以来、一人でホテル暮らしをしている。死に備えて物を手放してゆく時期だと言い、お金と原稿用紙と鉛筆と“ロカ”と名付けたギターしか持ち物はない。本当に書きたいことだけを書き、ギターを背負って街をうろつく日々を送る。久しぶりに出た生放送番組での放送禁止用語の連発や、老人へのドラッグ解禁を提唱する過激さも、老人臭を気にして香水を買いに行ったり、68にしてロックにしびれてしまったりするお茶目さも、決して賛成ではないが素敵だと思った。

 この物語の中で、過去の自分自身を振り返る場面がある。自嘲して鏡を見る。“40を超えたら自分の顔に責任を取れ”という言葉を思い出し、“こんな責任の取り方ってあるのかね”と呟き、この年まで生きている自分に驚く。35歳で死ぬことになっていた自分が、まだ生きていることを強運だと思う。人間にはみな「役割」があるという。その役割がすまぬうちは殺しても死なないというが、自分には果たしてまだ役割があるというのか。こういう言葉を読んでしまうと、著者の死について考えずにはいられなくなってしまう。さらりと書かれている「役割」という文字が哀しい。

 そして、もうひとつ印象深かった場面について書いておく。主人公がどうしたらいい文章を書けるか語る場面である。「一番大事なのはその書き手にどうしても人に伝えたい事実、考え、想いが有るかどうかってことなんだ。溢れ返る想い、思考があってこそ“書く”という行為が必要になってくる」そう語る。それは形式に左右されることなく、自分の思うままに、自由に。本当に自分が書きたいと思うことを“書く”ということの、初期衝動を伝えているように思う。そうだ、この本はきっと、そういう初期衝動をそのまま形にしたような作品なのではないか。そんなことを感じた。

4408534706ロカ
中島 らも
実業之日本社 2005-04-17

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2005.02.12

空のオルゴール

 中島らも氏の遺作となる長編小説『空のオルゴール』を読んだ。笑えてせつなくてほろりとくるストーリー展開。最後のオチまで、計算され尽くしているような気もするが、らもワールド全開である。教授の気まぐれから、パリでロベール・ウーダンという19世紀の奇術師について調べることになったトキトモ。“近代奇術の父”と呼ばれ、晩年には植民地に赴いて、奇術を使って暴動を鎮圧したとも言われている。パリに来たものの、ロベール・ウーダンの資料がほとんど見つからない。そんな時、1年後輩のリカと再会し、リカの紹介でフランス人一の奇術師・フランソワと会い、ロベール・ウーダンについて話を聞ける機会に恵まれるのだった。

 そして、フランソワ師を囲む弟子たちのパーティーにトキトモも参加。カリオストロ、マミー、フーディーニ、オキトと出会う。けれど、時間に厳しい師匠がこんなにまで遅れることなどないということで、リカとトキトモが心配になってフランソワ師のアパルトマンに着くと、変わり果てた姿となっていた…棺のような箱の中で、身体を三等分されていた。そして血の海…

 『魔術師どもに告ぐ。きさまらのやっていることは神の摂理に背くこと。悪魔の仕業。無知な人民をだまして大金を吸い上げる詐欺師の手口。我々は許さないだろう。きさまらの最後の一人が倒されるまで。 
                      アンチ・マジック・アソシエイション U.M.A』

 フランソワの弟子たちは狂言的ファンダメンタリストの仕業ではないかと考える。ファンンダメンタリストは、キリスト教の一派であり、聖書に書かれていることは実際に起こったことだと主張する一団である。彼らからみれば、自分たち奇術師は悪魔の申し子となる。フランソワ師の葬儀後より、リカのアパルトマンで危機を避けるために一団として行動するようになる。

 一方、U.M.Pを名乗るのは、4人のメンバーからなる。青龍という大男、居合い抜きの達人白虎、爆薬のプロフェッショナルの玄武。44マグナムを使う女性スナイパー朱雀。人を殺すことに快楽を覚えているような一団である。フランソワの弟子たちは仇をを討つために、横の連絡を取り合っていることも承知の上…身を潜めながらも、人混みに紛れる。カリオストロは、天才的な投げナイフの名手だが、アルコール依存症。フーディーニは箱抜けの名人。どんな錠前もあっというまに開けられてしまう。マミーはミイラ男で、消失マジックを得意とする。リカは空中浮揚で、日本の武術のナギタナの心得もある。最近彼女の周りをウロウロするトキトモ。彼は合気道の心得がある。オキトという自称東洋人は、自分の意志のままに風船を操ることができる。

 U.M.Pは確実に一人ずつ殺しを進める。単独行動を禁止したにもかかわらず、ひょっこりと出かけてしまうフランソワ師の弟子たち。そもそも、大の大人がいつも団体行動など、我慢できるはずがないのだ。しかも、リカ以外は男性。遠い田舎の地に家族がいる者もいるのだ。その隙をうかがって近づく魔の手。警察をあまり信用していない弟子たちは、あちこちを旅しながら追っ手から逃れようとする。時には、自らを守るために闘う。

 そして、最後のオチは何とも最高である。えっーーー!!!人がたくさん死んでいるのですよ。いいのですか?ある意味戦争ですよ。このお話、もしかして悪ふざけですか?教授、あなたは出番は少ないが強烈な印象を読者に与えましたよ。あぁ、やられちゃった1冊である。らもさん、遺作は傑作ですよ。

4101166412空のオルゴール (新潮文庫)
中島 らも
新潮社 2005-01

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2005.01.07

とらちゃん的日常

IMG_0135 昨年他界した中島らも氏による愛猫に捧げるエッセイ集『とらちゃん的日常』。80にも及ぶ猫写真がたまらなく可愛い。猫好きなら書店で思わず手にとってしまいたくなる本である。著者の過去の悪業の数々を思うと、猫に夢中になる姿は想像すると妙におかしいものがあるけれど、それもまた今となっては微笑ましい光景に思われる。著者はこの本の中でこんなことを書いている。「猫を飼うことで一種のみそぎをしているのではないか」、「もし物を書いていなかったとしたら、ただの半病人のゴロツキだったろう」と。そんなふうに自らの人生を振り返るところもまたいい。

 とらちゃんは、著者のいる1階の事務所と大家の住む2階を行ったり来たりしながら生活している。著者のいないうちに大家さんはトロなどの刺身を与えていて、餌付けしていつの間にかとらちゃんは大家さんのところにいりびたるようになってしまう。この大家さん、なんと一度に12匹もの猫を飼っていたことがあるほどの猫好き。浮気なとらちゃんを取り戻すべく、いい案はないかと考える著者。大家さんの留守にとらちゃんに大トロを与えるべきか否かとか…。そして、とらちゃんのことを不実な女のようだと思う著者。しかし、過去にもペットを取られたことのある著者は大家さんに取られても別に驚きはしないという結論に至るのであった。でも、とらちゃんのことでいちいちちょっとした出来事に悔しがる著者が何ともいい。

 とらちゃんの前に登場するライバルのふくちゃんも、とても愛らしい。片足のないハンデをものともせずにとらちゃんと徐々に警戒をといてゆく。2匹の関係を見守る著者が妙に可愛い。本当は溺愛したいのを我慢しているように思えてしまう。そして、最後に本音がポロリと出る。「とらちゃんが大家さんのところへ行ってしまったおれは、やはりいささか寂しい」と。また、あとがきでもご高齢の大家さんを心配し、猫の身の振り方を案じている。そこもまた何ともいい。やっぱり猫が好きだと思った一冊であった。

4167585022とらちゃん的日常 (文春文庫)
中島 らも
文芸春秋 2004-07

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