14 金井美恵子の本

2008.02.28

小春日和 インディアン・サマー

20071204_4005 今、此処に息づいている。今、彼処にその呼吸が広がってゆく。脳内で踊り出した言葉のひとつひとつは、すとんと身に染み入り、流れるように語り出す。すうっと。すとんと。口語体で紡がれた一人称の物語である、金井美恵子著『小春日和 インディアン・サマー』(河出文庫)は、確かな人の温度伝えるほどに、等身大の少女という時期を描いている。物語の語り手である桃子は、一浪の末大学に入学し、小説家である叔母のところに居候することになる。同性の愛人と暮らす父親、弟のことにばかり熱を入れる口うるさい母親という、少女小説にしては少々個性の強い人々に煩わされながらも、花子という友を得て、ゆるゆるとのびやかに日々は過ぎてゆく。

 物語の中で印象的だったのは、桃子と花子が、夜風をきって自転車を飛ばしてビールを買い出しにゆく場面である。本を読むのは大好きだが、何かにつけてぐうたらしている桃子と、小柄で中学生の男の子のような風貌ながら、知識にたけている花子。そのコンビネーションの見事さに笑みをもらしてしまうこと、しばしば。ふたりは何かにつけて言い争いをするのだが、それがあまりにも平和的であるものだから、何とも微笑ましく思ってしまうのである。もちろん、ビールを買い出しに行った際にも言い争ったわけだが、何だかんだ言って、やっぱりこれって青春だよなぁと、身勝手な読者であるわたしは思ってしまった。嗚呼、チャリンコに乗りたい。そう切実に思う。

 また、後半部分にぐっとくる場面が展開する。ぐうたらすることにも焦りがではじめた桃子は、ある小説の物憂げな官能的台詞をふと思ってみるのだ。“こんなことをしていていいんだろうか?”“もちろん、いいのさ”と。そんな一人問答に対して、叔母は言う。焦ることはない。何かやらなければならなくなったら、嫌でもやらなければならなくなるんだから、と。そんな言葉に対して“まあ、(今は)本でも読んでるさ”と返す桃子。すると叔母は“それにしても…”と小言を文学談義で返してくる。なんだかひねくれている会話の妙が粋なのである。少女小説は数あれど、こんなに可笑しくも物憂げな物語には、はじめてふれた気がしたわたしだ。嗚呼、もっと本が読みたい。

4309405711小春日和(インディアン・サマー) (河出文庫―文芸コレクション)
金井 美恵子
河出書房新社 1999-04

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2007.03.20

軽いめまい

20061124_444011 ゆうるりと、なんとなく流れる時間に身を委ねて、いつのまにか年老いて。特別な何かが起こるわけでもなく、とりわけ何かに夢中になるわけでもなく、それでも日々を切々と過ごして。ごくありふれた単調な時間をこなしてゆく。いや、時間は自然と流れてしまう。人生を諦めたわけではなく、ただ平凡なだけ。ただ過ぎゆくだけ。けれど、多くの人がきっとそういう日々を送っている現実がある。金井美恵子著『軽いめまい』(講談社文庫)は、そんな日常生活を描いている。たわいもない瞬間のひとつひとつを紡ぐ物語は、タイトル通りに“軽いめまい”を呼ぶ。めまいではなく、一瞬のくらっ。そのつかのまの瞬間を感じさせる日常が、わたしたちの周りにもあったのだと知る。

 物語は、30代の主婦の視点から描かれている。もう本当にたわいもない日常である。けれど、そこは著者。ありふれた生活臭にまみれた事柄を、するりするりと読ませてしまう。世間話、子どものこと、夫について、友人たちについて、同じマンションでのこと…などなど、独特の文体でユーモアを交えながら、引き込んでゆく。そこにはもちろん、女性ならではの、愚痴っぽさや抑制した感情、隠しきれない苛立ちが散りばめられている。読めば読むほどに、わたしも知っているなぁ。この感覚。というのが、必ず出てくるのだ。そうして、主婦というものの興味深さに魅せられて、惹かれてゆく。主婦という生き物よ、万歳。とまで思えてくるから不思議である。

 この作品。男性が読んだとしたら、どう感じるだろう。社会に出ないことをお気楽と思うだろうか。それとも、退屈な雑事を引き受けてくれてありがとうと、感謝するだろうか。終わりのない主婦の仕事に目を向けなかったことを、反省するだろうか。でもきっと、著者はそんなことを意図してはいないのだろう。どんな退屈な日々も、特権的立場ではない女性たちの、かけがえのない日常に違いはないのだから。その中で、感じるささやかなめまい。そのきらめき。ゆらめきというもの。今、ここに在るということ。そういうものを伝えたかったように思うのだ。だから“軽いめまい”。一瞬のくらっ。許されるその一瞬を、わたしたちは大事に大事に日常を送り続けるのだ。

4062733765軽いめまい
金井 美恵子
講談社 2002-02

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2007.02.24

タマや

20060905_55018 人間関係の連鎖とでも言うべきか。玉突きのように展開される、人と人との奇妙なる繋がりに、ただただ圧倒されるばかりで読んだ、金井美恵子著『タマや』(河出文庫)。もちろん、タイトル通り、猫の出てくる作品である。猫文学というよりは、猫のいる日常。猫と人間が交錯する作品と言った方が、しっくりくるかもしれない。そして、ただの猫小説に終わらないのは、作品のテーマとして描かれている、自分自身の正体というもの。つまりは、そのルーツという、果てしなく難しい事柄であったりするのだ。けれど、重たくなりがちなテーマを、ユーモアある設定と文体とで、一気に読ませ、ぐいぐいとその世界に引き込んでゆくのである。

 物語は、主人公である夏之が、アレクサンドルに猫を押しつけられることから始まる。そのアレクサンドルの姉というのが、父親不詳の妊娠中に借金と臨月の猫を残して行方知らずになっているである。父親というのは、もしかしたら夏之かもしれないし、彼女に惚れ込んでいるという異父兄弟の冬彦かもしれないし、他の誰かかもしれない。そんなわけで、なんとなく夏之のところへ転がり込んできた2人。なんだかんだと言いつつも、夏之の日常は様々なことに巻き込まれつつも、賑やかなものへと変化してゆき、思わぬところで新たなる繋がりを見せてゆくのだった。また、臨月の猫であるタマも、居心地良く夏之のもとで暮らすようになり、やがてその存在を大きくしてゆく。

 先に述べた、自分自身の正体というもの。いわゆるそのルーツ。物語の登場人物たちは、いずれもそれが曖昧である。主人公の夏之にしても、母親と離れて暮らした時期があり、父親の記憶というのはぼやけてしまっている。また、その異父兄弟である冬彦においては、産んだはずの当人が、その存在を長らく忘れていたくらいである。しかも、夏之自身もその存在を長らく知らなかったという有り様。また、アレクサンドルについても、ハーフということはわかっているにしても、それ以外のことは今イチ当人もわかっていない。行方知れずの姉との血の繋がりというのも、怪しいもので、定かなことではないのだ。そして、タマに関しても、孕ませたその相手はわからない。

 物語は冒頭から始終、生まれてくる子どもの父親の不在を意識させられる展開になっている。そして、自分自身の正体という謎めきをも。そもそも両親のはっきりしている場合に置いても、自分自身の正体なんぞ、かなり曖昧なものである。わかったつもりでいる自分自身のこと。それが一体、わたしたちの何割くらいのものだろう。他者から見た自分自身なんぞ、全くと言っていいほど知らないに等しいではないか。けれど、思う。知らなくてもいいことは、山ほど在ると。答えが果てしないことに、時間を費やす必要はどこにもない。知らないことが多ければ多いほどに、人への興味は尽きないものであるし、謎めいているからこそ、面白いのではないかと思うのだ。

4309405819タマや
金井 美恵子
河出書房新社 1999-06

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2005.09.27

ノミ、サーカスへゆく

20041121_048 猫の毛の中に住みついたノミたちの物語である、金井美恵子・文、金井久美子・絵『ノミ、サーカスへゆく』(角川春樹事務所)。姉妹によるおかしくて楽しい絵本となっている。収録作品は「ふかふかのもりの(猫の)うち」「ノミ、サーカスへゆく」と、豚にまつわる話である「ホッグの初恋」「豚」の4作品。子供時代にあれこれと想像をめぐらせた物語なのか、実際に体験した思い出がベースなのか。“全てが子供時代のちょっとした記憶で出来上がっているというわけではない”というあとがきの言葉を読むと、どちらでもよいことなのに様々な事柄を思い浮かべてしまう。あまのじゃくな心をがっしり掴まれてしまったのかもしれない。

 ノミが主人公の物語は、何とも滑稽で面白い。小さな世界ながら周囲の変化や出会いによって、少しずつ視野を広げていく過程。必死に<うち>であり<トラー>であり<ふかふか>であり<もり>であり<おうち>であり<ネコ>であり<ミュウミュウ>である毛にしがみつく様子。だれも知らないサーカスを夢見る気持ち。それらがとっても愛おしく感じられる。そして、文面の端々で小さく描かれているノミの絵が、すごくいいのだ。ゴミ?何かのカス?なんて思って、こすってしまうほど小さな絵。ノミって可愛かったのだなぁ…

 可愛いという思いと同時に浮かんできたのは、ノミをつぶしたときの“プチッ”という音。この物語を読み終えた私は、自分があまりに残酷にノミの命を奪っていたことに罪の意識を少々覚えた。せっかく見つけた居心地の良さそうな柔らかな猫の毛から、突然つまみ出されたかと思えば、あっと驚く間もなく殺されてしまう…なんて。そんなノミと猫がワクワクしながら、“サーカスってでも、痛くない?”、“ぜんぜん”、“たぶん、すごくおいしいものなんだと思うわ”という会話をしていると思えばなおさらのこと。ほんのりとノスタルジィに浸りつつ。

4894569299ノミ、サーカスへゆく
金井 美恵子
角川春樹事務所 2001-07

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2005.03.06

愛の生活

 好きな作家のルーツを知ること、好きな作家の最も大好きな本を知ることが私はかなり好きだ。このブログで一番多くの作品を取り上げている大好きな作家・小川洋子著『妖精が舞い下りる夜』の中で、金井美恵子著『愛の生活』についての熱いけれど冷静な想いを知ってから、ずっと読んでみたいという気持ちを抱えていた。でも、まずは小川洋子作品を全て読んでから読もうと自分の心に決めていた。そして、やっとその日が来た。

 『愛の生活』は、淡々としていて静かな感情の揺れ方をしている小説だった。描写はかなりのグロテスクさなのに、不思議と読み手を引き込ませる何かがあった。生活感があるのに、それは透明な日常として読むことが出来る(それは小説だから当然かもしれないけれど…)。登場人物たちは、とても自由な生活をしている気がする。なぜ自由さを感じるのかは、わからないのだけれど…不思議な感覚なのだ。「わたし」が朝目覚めて吐き気を感じる。一緒に暮らす(夫婦なのかは明確に書かれていない)Fに電話をする。1週間分の食べたものを思い出す。古い産婦人科病院に並べられたホルマリン漬けの標本に対する嫌悪感を抱く。たまたま向かいに座った見知らぬスパゲティーを食べる男性に「回虫って御存知?」とか言う。などなど、少々毒を感じつつもするりと読めてしまう。

 そして、肝心なテーマである“愛”。これについても「わたし」は様々な想いを巡らす。例えばFとの生活について。Fがわたしにとって何なのかとか、わたしはFをどのように愛しているのかとか…でもこれらについての答えははっきりとは見つからない。他人が言うようにFはわたしの夫であるとか、わたしはFを愛しているのだと考えるしかないのだと思ったり、懸命に答えを探そうとしていたり…それが本当なのか嘘なのかは、わからないままである。全てが仮定できるし、全ての仮定は曖昧なのだから。「わたし」は、そのことをよく理解している。けれど、迷いや疑いや不安を抱えながら日々を過ごしていることが読みとれる。妙に思うほど人間っぽい。

 小川洋子さんは、この『愛の生活』について、繰り返して何度も読める特別な小説であると表現している。そういう小説は、絶対に飽きるということがないし、一行一字も無駄がないと。そして、小説から出てくる言葉が、作者の強力なエネルギーによって、物体から離陸しているからだと。それは、言葉が自由に奥深い世界を作り出しているからだろう。言葉というものにこんなにも隠れた威力があったのだと気づかされて、自分もそういう言葉の威力を探り出したくなるのだという。

 その言葉のとおり、どことなく小川洋子の小説は、金井美恵子の小説に雰囲気が似ている気がした。特に描写についてはかなり影響を受けているように思える。それは、特に食に対する描写である。特に『愛の生活』には、食事の場面が多く出てくる。小川洋子曰く「何かを食べている人間の姿は、エロティックだったり、切なげだったり憂いを含んでいたりするように見える。日頃は他人に知られたくないと隠し持っている弱みを、ふと無防備に見せてしまっているように思える」と言っている。食べる姿がエロティック?とまでは思わないけれど、少々恥ずかしい気持ちになるのは、私でも理解できる。大好きな人の前でハンバーガーとラーメンとナイフ&フォークを使う料理だけは食べたくないと思っているから。大口を開けること、鼻水が出ること、マナーがなっていないことなど…それらは妙に緊張してしまう恥ずかしいことだから。

4061975781愛の生活 森のメリュジーヌ (講談社文芸文庫)
金井 美恵子
講談社 1997-08

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