51 村上春樹の本

2007.12.29

東京奇譚集

20071205_014 不思議で怪しく、ありそうでなさそうな。そんな不確かな事実を散りばめた物語の波にぐらぐらと揺られながら、ふっと我が身を思ってみる。これまでに起こった出来事の数々。中でも喪失について。そこからの再生について。わたしはどうしてここに至るのか、なんてことを。ふいにそんなことを思わせた、村上春樹著『東京奇譚集』(新潮文庫)には5つの短編が収録されており、シンプルでわかりやすいかたちをした喪失とそこからの再生が描かれている。そこにはもちろん、確かに息づく人間のドラマがあり、さまざまな感情が揺れ動く。登場人物たちは葛藤を抱えながらも、最後には次の場所へと向かおうとしている。何とも潔く。あまりにも格好良く。

 収録されているのは5編の作品。とりわけ潔さが際立っているのは、母親が亡くした息子を悼む物語である「ハナレイ・ベイ」である。主人公の母親の生き様、複雑に絡まる思考に思わず身を委ねていた。主人公は、自分の目には見えないものの存在をも考え、すべてを受容する。その人間としての器に、じんときたわたしだ。母と子。その関係にある歪み。それに纏わる内面の吐露。穏やかな語り口で展開される心象風景は、整然とし過ぎている気もするけれど、それでも抵抗なくすっと読み手の心に入ってくる。乳房を失う「偶然の旅人」の女性にしても、「日々移動する腎臓のかたちをした石」の謎めきをみせる女性にしても、清々しいほどに潔く結末を彩る。

 他に収録されている「どこであれそれが見つかりそうな場所で」のシチュエーションや、「品川猿」の寓話っぽい雰囲気も、それぞれに味わい深い。はたしてこれが奇譚なのか…と少々疑問を抱きつつも、いいんだ、いいんだ、これが奇譚なんだとするりと思わせてしまう不思議な力を何やら感じてしまう作品たちである。そうして、不思議で怪しく、ありそうでなさそうな物語の波にぐらぐらと揺られながら、ふっと我が身を思ってみた先には、心地よい新たな波が近づいてきたような気がした。優柔不断で過去を引きずりがちな我が身も、ほんの少しは潔くなれますように。どうかどうかこの身が危うい方へと流されませんように。祈りを込めて本を閉じたのだった。

4101001561東京奇譚集 (新潮文庫 む 5-26)
村上 春樹
新潮社 2007-11

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2005.12.02

象工場のハッピーエンド

20050815_170 相性が悪いとか苦手だとか云いつつも、気になって手を出してしまう作品がある。多くの人に読まれているからには、何か特別な魅力があるに違いない。だからそれを知りたい。私にとってそういう作品なのが、村上春樹の作品。挫折本は数知れず。でも、懲りない。今回読んだのは、村上春樹・文、安西水丸・画による『象工場のハッピーエンド』(講談社)。1983年の作品を新編集したもの。エッセイと物語の中間、もしくはその境界を行ったり来たりする絶妙な世界がとても心地よい。するするとその世界に引き込まれて浸ることができたのは、シンプルなデザインのおかげかも知れない。画も素敵。語り手の<僕>にも不思議と好感を抱いた。それは、私にとって相当なミラクルだったりする。

 まずは、タイトルになっている象工場が出てくる「A DAY in THE LIFE」から。象工場で働いているということが、ちょっとしたステイタスみたいなものとなっている地方が舞台。その設定だけで、もう読み手としては満足な気分。こんな気持ちになっているということは、苦手を克服できているということか。象工場で働いている者同士が誰一人として口をきかないというのも、象工場でずっと守られ続ける秩序というのも、とってもいい雰囲気。現実から遠い場所にあるものと、限りなくありふれた日常というものが交錯する世界は、こんなにも面白いのか。この調子なら、好きになれそうな予感。

 次は「鏡の中の夕焼け」。街の広場でのバザールで、自分の妻としゃべることができる犬とを交換した男。男は犬の話す“見た者は皆引き込まれてしまう夕焼け”に興味を示し、犬の今後を左右する約束を交わす。人間よりも、犬が上手なのがこの物語のポイントだろうか。思わず、読みながら犬を猫に置き換えつつ。読書中、私の傍でウーウー寝言を云っているニャンコらは、やはり私よりも遥かに上手なのだろうなんて考えながら。それにしても、この物語の中の男は自分の欲望に素直である。手放された妻はどうなったやら…なんて、私はちっとも思うことなく。冷淡な読み手でもいいよね。だって、物語だもの。

 もうひとつ「ジョン・アプダイクを読むための最良の場所」を。春という季節に思い出される作品。作品を読むと思い出される春。いくつかのそういう連鎖は、ほんのちょっとのことながら、私たちの人生や世界観を支えてくれる。そんな内容。この話を読みながら、苦手な作品を読むときは、様々な配慮が必要なのかも知れないと思った。読み手としては、心の平穏なバランスはもちろん、出来るだけ多くのものを吸収するための頭の余裕が必要で、自分の中に取り入れたものを自分なりの言葉で変換する必要がある。そういう環境設定が、挫折作品を読むときに足りていなかったものなのかも知れない。特に村上春樹作品のとき。

4062094509象工場のハッピーエンド
村上 春樹
講談社 1999-02

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2005.04.22

ふしぎな図書館

2005419_005 ひんやりとしていて静けさに満ちた場所。そこには、誰にも邪魔されることのないゆったりした時間が流れている。自分の好みの本だけでなく、様々な形の様々なジャンルのたくさんの種類の本たちが眠る場所。手にとってもらえるのを読んでもらえるのをずっといつまでも待っていてくれる書物たちが佇むところ。私の図書館に対するイメージはそういう感じだ。

 いつもよりずっとしんとした図書館での出来事を綴った文・村上春樹、絵・佐々木マキによる『ふしぎな図書館』。主人公の<ぼく>は、新しい革靴のこつんこつんという足音を気にしながら地下の107号室に案内される。そこに待ちうけていたのは、妙な話し方をする一人の老人だった。しゃべり方に負けずおとらず不気味な顔をした…

 <ぼく>は、居心地の悪さを感じて少しでも早く気味の悪い部屋から立ち去りたい気持ちを抱えたまま、老人の言うとおりにおとなしくしている。すみませんと謝ってばかりで、何かをきっぱりと断ることのできない流されやすい性格の<ぼく>。そういうところが何だかとても人間っぽい気がして、奇妙で不思議な物語を親しみやすい雰囲気にしているように思えた。

 本物の羊の毛皮をすっぽりとかぶった小さな男である<羊男>、<ぼく>と同じくらいの年の見ているだけで目が痛くなるくらいにきれいな女の子、心配し過ぎて夕食の時間に厳しい母親、<ぼく>の飼っている頭のよい可愛いむくどり、宝石入りの革の首輪をつけた緑の目と太い足と6本の爪を持つすごい大きな黒い犬…物語に登場するのは、奇抜だけれど心地よい印象を残していくものばかりである。特に羊というのと少女に対しての描写が私の苦手な村上春樹っぽい。

 物語の中でこともなく流れる世の中と美しい少女が語るそれぞれの世界。みんながそれぞれに自分のことを考え、それぞれに生き続ける。そして、<ぼく>には<ぼく>の世界が、羊男には羊男の世界が、少女には少女の世界が存在する。自分の世界に存在しないものがあったとしても、それが存在しないことにはならない…重なり合うものとそうでないもの、そういうものがあるということを密やかに教えてくれる物語『ふしぎな図書館』。短い夢をみていたような気持ちになった。

4062759489ふしぎな図書館 (講談社文庫 (む6-33))
村上 春樹
講談社 2008-01

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2005.01.06

パン屋再襲撃

IMG_0045-1 今朝起きたら、テーブルに5冊の本が置いてあった。安部公房、稲垣足穂、村上春樹の本であった。軽く15年以上も前に本屋で買われ、読み込まれた佇まいの本たち。紙は黄ばんでいるし、所々ページが折られているし、正直汚いし、古いし…そして、何より兄の匂いを放っていた。私はこういうのを「兄臭(あにしゅう)」と呼んでいる。兄に懐いている黒猫トキワは、毎晩兄と一緒に寝ているので結構な兄臭がする。そういうときは例えば、「いやー、何かトキワって兄臭がするぅー」というふうに使うのである。まあ、それはいいとして、今日はこの兄臭のする本たちの中から、村上春樹著「パン屋再襲撃」を読むことにした。

 深夜に異常なまでの空腹感を覚えて目を覚ました「僕」と「妻」。あいにく冷蔵庫には缶ビールとひからびた玉葱しかない。そんな中で、過去に同じような強烈な空腹感を覚え、相棒と2人でパン屋を襲撃したことを「僕」が思い出し、「妻」に話す。その襲撃の際、パン屋の主人がワグナーのレコードを最後まで聴くことを条件に出し、パンを手に入れることに成功。その後、なぜか様々なことが「呪い」をかけられたようにうまくいかなくなり、「僕」と相棒も別れることになってしまったと。すると「妻」は、その「呪い」を解くために、もう一度パン屋を襲撃しようと言い出すのである。

 何とも不思議な喉ごしの話であった。読んでいるうちに、私もなぜか空腹感を覚えてきてしまった。そう言えば、今日は昼食を食べていなかったなぁと思い出した。あぁ、パンが食べたいかも…大学で売っていた「赤ちゃんのおしり」がもう一度食べたい。このパン、一個120円で白くて柔らかくて中身は生クリームとあんこなのである。絶妙な組み合わせで口の中でとろけてしまう。安い、おいしい、くせになる。

4167502011パン屋再襲撃 (文春文庫)
村上 春樹
文藝春秋 1989-04

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