57 吉行淳之介の本

2008.01.10

美少女

20070212_3007 するすると誘われた先にあったしたたかさに、ただぐいと引き込まれる。そこで繰り広げられる人間同士の関係に圧倒されながら。男と女。女と女。複雑に絡み合う人間関係は、ミステリアスな物語展開と相まって、読み手をするりと呑み込んでしまう。そして、どこまでも軽妙で、洒落た語り口とその文体で魅せてゆくのである。吉行淳之介著『美少女』(新潮文庫)は、そんな味わいの一冊である。登場人物たちの設定から、彼らが交わす言葉の端々、小道具の数々に至るまで、ファンサービスに満ちているのも注目だろう。とりわけ、物語全体を通して効果的に用いられている「透明人間ごっこ」は、可笑しくも人間の心髄を突く小道具のひとつである。

 物語は、混血の少女が突然失踪することをめぐるものだ。少女には星と月の刺青があり、どうやら彼女の周辺には他にも刺青のある女たちがいるらしい。放送作家の城田は、少女の行方を追いながら、刺青との関係を探ることになる。途中、バーのホステスの一人が急死したり、刺青蒐集家が登場したりと、失踪の謎はさらなる謎へと追い打ちをかけられてしまう。そして、物語の展開と共に深まる城田の混乱は、同時に読み手の混乱になってゆくのだ。けれど、城田が物語の中で述べているように、この物語は少女を探し出すことに主眼を置いていない。探し出すまでのプロセスを重要視しているように映るのである。つまり、探し出すまでに関わり合う、人と人との関係性を。

 “ぼくの言いたいのは、男と女が一対一でつき合っているつもりでも、その関係はしばしば、いや、いつも、複数と複数とでつながっている、ということですよ”という城田の言葉に代表されるように、思えば人と人との関わり合いは、一対一で向き合っていながらも、その背後には何人もの人間が数珠繋ぎに連なっているようなものなのだと気づかされる。それは必ずしも、見える誰かとは限らない。すれ違いざまちょっとだけ視線を送っただけの人かもしれないし、かつて好きだった人かもしれない。上の空で想ったあの人かもしれない。ほんの少しでも関わり合ったら、その繋がりの列に加わるということなのだろう。人と人とは、何とも複雑に絡み合う運命にあるのだった。

4101143056美少女 改版 (新潮文庫 よ 4-5)
吉行 淳之介
新潮社 2007-12

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2007.01.05

星と月は天の穴

20051209_029 心を置く。自分が好ましいと思うところに。誰かを置く。自分が好ましいと思うところに。そうして自分の思うままの世界をつくり上げて、しばし様々な場面を想像してみる。そこで自分に都合のいい世界を堪能しながら、その中でもがき足掻いてみせるのだ。悲しみに暮れるのもいいだろう。新たなるものを見出すのもいいだろう。それはある種の快楽であり、ある種の苦悩でもある。吉行淳之介著『星と月は天の穴』(講談社文芸文庫)は、そんな快楽と苦悩とが入り混じった作品のように感じられる。小説の中に小説がある、という二重の物語は、著者を彷彿とさせる主人公のめぐらされた思考と、重なり合い、絡まり合い、新たなるものを生み出しているように思えるからである。

 主人公の男である作家の矢添は、AとB子の物語を執筆している。その二人の関係性を、自分と誰かとの関係に重ね合わせ、結びつけるようにして、描こうとしている。だが、矢添という男は、希薄な人間関係しか築けない人物である。40歳という中年にして、特に男女の関係では、つかの間の交わりというもの。いわゆる、お金で買える快楽や、一度限りの接点を欲するような人物なのである。千枝子という懇意にしている女性とも、そういう類の関係であり、B子に彼女を当てはめるには無理があることを感じ始めている。そんな中、ふと入り込んだ画廊にて、紀子という女性に出会うのだった。20も歳の離れた二人の関係は、一度限りのものに思われたが、次第にその心持ちと共に変化してゆく。

 希薄な人間関係。それに安堵しているのか、悲しみを抱いているのか、矢添自身わかっていないところがある。その曖昧な感情の動きは、相手の出方を試すような、策略に満ちた言葉に溢れているようにも思える。だが、一方で放つ言葉とは裏腹の自分自身をも感じているから、人間というものの心理の複雑さを思わずにはいられない。その相反する言葉の裏側を探ってゆくように、矢添の周囲の女たちは皆、賢くて狡くて卑しくさえ思われる。女性であるわたしが、彼女たちに対してそう感じるのは、矢添という男に気持ちを置いているからに他ならないが、それはどこか、矢添の心の置き方にも似ている気がする。そう、自分が好ましい状況をつくり出すような、それに。

 作中には、矢添の心の置き方について、“相手と自分との関係を眺める”という表現が用いられている。そして、矢添は、そうすることによって、ある理想的な恋愛のかたちを見出そうとしている。人に対して精神的になれることを希求しながらも、叶うことのないそれ。なおかつ、自分の心を騙してまでも求め続けるそれ。やがて、それは悪意にも満ちたものへと変化し、出来上がりつつある関係の事実をも否定しかねないものとなる。最終的には、それが行き着く場所へと向かう余韻が漂うわけだが、そこまでの展開がリアリティを持ってわたしには響いたのだった。そして、心の奥底で蠢き出す何かを確かに刺激し、どこかへと向かわせるようにも感じた。そう、わたしにとっての、理想的なかたちを求めるべくして。

4061960490星と月は天の穴
吉行 淳之介
講談社 1989-06

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2006.05.31

夕暮まで

Scan1 厄介なこと。それをどうにか回避するすべを、わたしたちは歳を重ね、経験によって少しずつ覚えてゆく。結局のところ、どう取り繕うとも繋がろうとも、わたしたちの誰もが厄介なことに巻き込まれていないだろうか。そして、自ら厄介なことを選ぶ者も少なくない。厄介の根にあるのは、他人である。自分以外のすべての者は、どうしたって他人なのだ。“わたしたちって、どういう関係なのかしら?”例えば或る女が、ほんのりと媚びながら問うてみたとする。寄り添っているはずの男に。もちろん、“他人同士”などと男は云わない。云わないにしても、心の隅っこの無意識の部分では、“あぁ、僕らは他人なのだな”と、そう躊躇いつつも思うのではないだろうか。はっきりと口には出さずとも。もしかして。もしかしたら。吉行淳之介・著『夕暮まで』(新潮文庫)には、そんな厄介な他者との関わりが描かれている。

 他人の領域に立ち入るという、輪郭の曖昧なそれについても語っておこう。寄り添えば寄り添うほどに、その一定の領域に迷う。具体的なカタチにしてしまえば、責任の一端を必然的に担わなければならなくなってしまうのだ。他人に或るカタチを与え、受け入れさせるのだから。喜びも悲しみも“半ぶんこ”。或いは、“2倍”だとか“大きくなる”だとか。そんな都合のいいことが実際には起こり得ないとしても、感情は勝って気ままに伝染する。好きだとか、愛しているだとか云わずとも、だ。もの云わぬ絶対。そこで他人を自分の好きな色に染めて、深く深く根を張りめぐらせてゆく。何という罪。何という領域。あまりにも危うい心模様に、はらはらとする読み手のわたし。

 物語は、中年の男と若い女との親密なる関係を描いている。父親とその娘。そんな親子ほども歳の離れた2人は、ひどく“厄介なこと”を恐れている。その関係の妙も、誰の目にも触れさせないように気を配る。噂の種は確実に摘み取り、取り除く。若い女は、処女(定かではないが)。1年以上もの付き合いながら、ただひとつ、処女であることだけを守っているのだ。決して脚を開かない。だが、他の性的な行為については少しも嫌がらず、彼女なりのプライドを感じさせる。夢と現実。それを印象づける鮮血。2人の奇妙な愛は、1つではない。そう、男には妻がいる。性行為を繰り返す相手も幾人かいるのだ。そして、若い女にもまた、この中年の男以外にも恋人らしき人物がいる。

 さて、冒頭で触れた“厄介なこと”に話を戻そう。物語にはたびたび、中年の男がそれを回避するための思考が描かれている。女(若い女以外も含めて)が次に云おうとしている言葉を先読みして、細かに言葉を選んでいる。まるで、“厄介なこと”に脚を踏み入れることを求めているみたいに。考えをめぐらせ、予想通りのことを云わせる。そうして、この物語というものが若い女の処女性をテーマにしているわけではないことを知るのだ。こだわり、興味、主義主張…などなど、誰もが抱え得るもの、押しやっている感情そのものを思わせる。だからもはや、過ぎ去った日々のことを語るまでもないだろう。今、此処にいるということ。頼りない2つの貧弱な脚だって、ちゃんと地を踏みしめているのだから。

4101143110夕暮まで
吉行 淳之介
新潮社 1982-05

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2006.02.13

子供の領分

20051228_146 周囲や物事を鋭く見つめる少年たち。その目線から描かれる世界は、どこかいびつで残酷さを秘めている。ときには攻撃的な。ときには抑圧的な。子供すぎず、かといって大人でもない微妙さ。もどかしさも。吉行淳之介・著『子供の領分』(集英社文庫)には、そういう部分を感じさせる少年たちの物語が9つ収録されている。文体はシンプルで的確。余計な装飾で過剰になることなく紡がれている。透徹という言葉がぴったりしっくりくる描き方である。物語に引き込まれ魅力を感じるのは、きっとそのためであると思う。主に少年の主観による語りなのだが、なぜか視野の狭さは感じずに心地よく浸れる。

 表題作「子供の領分」は、家庭環境の違う2人の少年の物語。A少年の目から見たB少年の様子が描かれる。2人の間にはお互いに相容れない障壁があって、それでも一緒にいるということには1つの理由がある。けれど、お互いにそれを打ち明けて確認し合うほど、彼らは大人ではない。それゆえに、どちらかが強く出てしまったり方向性が狂って駆け引き合戦のようになってしまったりする。冷淡のようだが、それがとても愉快に映る。そもそも、自分と全く同じ環境にいる者などいないわけで、共に暮らす兄弟すら微妙に異なるに違いない。そう思って自分の周囲を見渡してみれば、どこかよく似た友人が揃っている事実が横たわっていることに気づく。その矛盾が可笑しい。

 次は「窓の中」。この物語は何より狭さが魅力的。隣り合う家ながら、入り口が離れているために交流少ない遠い隣人。母親代わりを務める若い女性と小さな弟。大学生の道夫は、廊下を通るたびに窓からその様子を観察する。夏場の開いた窓から見える、電灯に照らされた姿を頼りに。この物語の少年はひどく陰気で言葉少なながら、その存在感はとてつもなく大きい。1つの物事に対する強烈な没頭に惹きつけられて、道夫の興味が若い女性に向かっていることを薄れさせるくらいである。道夫が女性に近づくために用いた方法が、結果としてさらに関係を遠ざけることになった皮肉。それは、道夫の下心を見抜いていた少年が導いた密やかな仕返しなのかもしれない。

 もうひとつは「童謡」。中学時代に教科書で読んだことがある作品で、吉行淳之介の母を主人公にしたNHKの連続テレビ小説「あぐり」をよく見ていたこともあって(学校をさぼっていたのがバレバレだ…)、興味の度合いがかなり高かったのを覚えている。物語は重い病気に伏した少年が自分の衰えを目にし、認め、回復後に失った自分と新たな自分とを感じるまでを描いている。友人の言う“蒲団の国”へ行くことのできなかった少年。彼を見舞う友人の真意や、少年を咎めるように見る周囲の人々の姿が痛烈であり悲しくもある。少年が自分自身を認めるまでの過程が、細やかに丁寧に描かれているのが穏やかながらも苦しい。“ああ、この身はわたしじゃない”という言葉が、いつまでも胸に響いてくるいい作品である。

4087520420子供の領分 (集英社文庫)
吉行 淳之介
集英社 1993-09

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