35 谷崎潤一郎の本

2005.06.13

人魚の嘆き

20050610_053 南京の貴公子の美しき人魚への讃嘆を描いた、谷崎潤一郎・著『人魚の嘆き・魔術師』(中央文庫)。年が若く、金があり、由緒ある家門の誉を受け継いだ孤児である貴公子は、世にも珍しい美貌と才智とに恵まれていた。彼の持っている夥しい資財や、秀麗な眉目や、明敏な頭脳などの1つを取って比べても、南京中の青年のうちで彼に匹敵する者はいなかった。彼は世の中の放蕩という放蕩、贅沢という贅沢の限りし尽くして、何か面白いことはないかと探していた。そこへ、人魚を連れたオランダ人の男が訪ねてくるのである。

 とても短い物語なのだが、ぎゅっと濃縮されて考え尽くされた文章で最初から最後まで一気に読ませる。大正6年の作品なので、読みにくい表現や言葉があるものの、無駄のない古風な文体がとても心地よい。ビアズレーの「サロメ」を模したという装画が、物語の艶めかしい妖しさをさらに深めてくれる。残念なのは、主題である「美を得るためには地の崖まで追い求め、身を滅ぼすことも厭わない」ということが、ぼんやりと曖昧にしか伝わってこないこと。それは、きっと時代のせいなのかもしれない。

 そして、最も印象深いのは、物語全体に漂う美意識である。谷崎潤一郎が、特に男性への美を繊細に綴っているのは意外だった。“その異人の持っている緑の瞳は、さながら熱帯の紺碧の海のように、彼の魂を底知れぬ深みへ誘い入れます。又、その異人の秀でた眉と、廣い額と、純白な皮膚の色とは、美貌を以て任じている貴公子の物よりも、遙かに優雅で、端正で、しかも複雑な暗い明るい情緒の表現に富んでいるのです”と。白人崇拝、西洋への深い憧れが言わせた言葉なのだろうが、そうではなくて…とも取れる気がしてしまう(考え過ぎ?)。

4122005191人魚の嘆き・魔術師 (中公文庫)
谷崎 潤一郎
中央公論社 1978-01

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2005.06.06

猫と庄造と二人のおんな

20050601_050 美しい毛並みと愛らしい性質を持ち合わせた雌猫リリー。その1匹の猫に翻弄され、破滅してゆく人間の姿を描いた、谷崎潤一郎・著『猫と庄造と二人のおんな』(新潮文庫)。猫を溺愛してやまない愚味な男、猫に嫉妬して何とか追い出そうとする女、男への未練から猫を引き取りたいと申し出て男の心を繋ぎ止めようとする女。3人それぞれの考え、気持ちの揺らぎ、行動などが実に滑稽に映る。猫に翻弄されて日々を過ごしている私には、とても人事のようには思えないのだけれど…

 この物語は、そのタイトルが示すように猫が最上位であり、女が最下位として描かれている。女たちは、妻の座にあろうがあるまいが、競って庄造の愛を得ようとしている。けれども庄造は、女たちよりも自分自身よりも何よりも猫を可愛がっている。それほどの愛情を注いでいながら、猫は残酷なまでに庄造を裏切る。リリー(ゆり)という純粋性の象徴のような名の猫は、その純粋さゆえに気まぐれなのである。その気まぐれさも猫の魅力であることを考えれば、庄造の心の中には、猫への愛情がずっと残るであろうことが予想される。そう、一番報われないのは女たちなのだ。猫がたまらなく愛おしい私は、女であるから少々せつない。

 気がつけば、生活の中には必ず猫の存在がいた私にとって、物語の前半で庄造が猫に対する思いを語っているところはもの凄く頷けた。それは、“猫の性質を知らない者が、猫は犬よりも薄情であるとか、無愛想であるとか、利己主義であるとか云うのを聞くと、いつも心に思うのは、自分のように長い間猫と二人きりの生活をした経験がなくて、どうして猫の可愛らしさが分かるものか”というところ。第三者がいるときには、主人に甘えることなくよそよそしい猫が、1対1になると呼びもしないのにすり寄ってくるとき。膝に乗ってきて気持ちよさそうに喉をゴロゴロ鳴らすとき。ざらざらした舌で顔を舐めてきたり、あま噛みしてきたりするときなんかたまらないのにと思うから。

 1番ひいきに可愛がっている猫に限って言うなら、夜眠くなると小さな赤子のように愚図り出すのだからもの凄く愛おしい。こっくりこっくりしながら、眠気と戦う姿なんてもうたまらない。いろんな猫を飼ってきたのだが、ドアや襖を開ける猫というのは初めてだったし、話していることがわかるみたいにじっと目を見る猫というのも初めてである。一人で泣いているときに、すり寄ってきて涙を舐めてくれるのも。カメラ目線でポーズをきめてくれるのも。こんなに可愛らしい生き物が他にいるかしらとすら思ってしまうくらいに。3匹飼っている中でも、私が特別に愛している1匹はキレイ好きなのも加えておく。10年も一緒に過ごせば、誰もがそうなってしまうのかもしれないけれど、私は猫にイカレテいる。だから、この物語がたまらなく好きなのだろう。

4101005052猫と庄造と二人のおんな (新潮文庫)
谷崎 潤一郎
新潮社 1951-08

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