27 澁澤龍彦の本

2005.11.10

ねむり姫

20051109_22004 “白”と一言でくくってしまいがちだが、その世界はとてつもなく果てしない。澁澤龍彦・著、野村直子・オブジェ、林宏樹・写真による『ねむり姫』(アートン)という本を前にして、私はそんなことを思った。白の中でも、この本で強い存在感を放っているのは“蒼白”である。青白く血色の悪いことを指し示す言葉である。物語の中で、この言葉が用いられているのは、後にねむり姫となる珠名姫という14歳の少女の肌の形容として。その蒼味を帯びるほどの透きとおる白は、内部から小さな蝋燭を灯したようにほんのりと明るい。いつ消えるとも知れぬ儚げなその様子、憂いを含んだその佇まいは、幼き頃に夢見ていた少女像を彷彿させるものだった。

 白になぜこだわっているのかと問われたならば、それに惹かれる自分を強く感じているからである。白い世界を展開しているこの本に惹きつけられているのは、もちろんそれだけではあるまい。視覚から入ってくる美に加えて、私の中を何周も繰り返しじわじわと速まりながら駆けめぐった活字も、鋭利に刺激しているのだろう。僅かなくすぶりも逃がさず、許さず、認めずに。その絶対的な白は、眩しくも、正しくも、哀しくもある。そして、きっと何よりも孤独なのではないか。白という色と物語の珠名姫は、私の中でそんなふうに噛み砕かれて、その足跡を密やかに残してゆく。魅せられた白は、いつまでも消えない。

 さて、この物語の内容を。舞台となるのは、後白河天皇の頃からその50年後あたりまで。京のなにがしの中納言の娘である、珠名姫の悲しくも美しい物語である。その美しい美貌については先に書いたので省くが、そのふぜいをつくったのは若くして亡くなった母のもたらしたものだったのかもしれない。その死は結果としていくつかの噂と、珠名姫の命を延ばすことに繋がった。それから、珠名姫には3つのつむじのある腹違いの兄がいる。そのつむじは、ささやかで単調な遊びである貝覆いを楽しませ、珠名姫をなんの前ぶれもなく深い昏睡状態へと誘った。その不可解さ、幻想、美意識、絶妙である。

 物語は、もちろんただ美しいだけでは終わっていない。登場人物の背景の奥底にあるものを、決して逃さない。例えば、若くして亡くなった珠名姫の生みの母の抱えていた翳り、腹違いの兄のつむじに纏わる色濃く苦い葛藤、珠名姫に仕えていたはずの者たちの残酷までの心変わり、噂を無遠慮に広める人々の気まぐれな流されやすさ…などなど、物語の隅々にまで気を配り、心をたゆたわせているのだ。その細やかな配慮が、何とも言えず心地よくて深いため息が出る。ふいに訪れる結末も、はらりと花びらや葉が落ちるようでいい。その花びらは、絶対に白で。

4861930197ねむり姫
澁澤 龍彦
アートン 2005-10

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2005.10.27

ペロー残酷童話集

20051026_222027 グリムなら知っているけれど、ペローって?そんな私のような人に最適であろう本、シャルル・ペロー、澁澤龍彦著『ペロー残酷童話集』(パサージュ叢書)。子供の頃から慣れ親しんできた童話の冷血な部分にスポットを当て、そこに見えてくる真実をエロティックな解釈で読ませる。姑の嫁いびりの物語である「眠れる森の美女」、幼児虐待の物語である「親指太郎」、少女殺しの物語である「赤頭巾ちゃん」、夫の妻への虐待の物語である「青髯」を収録。合わせて、澁澤龍彦氏による、精神分析的な様々なペロー童話の解釈が紹介されている。巻末にある桐生操さんによるエッセイには、ペローの童話の書かれた背景やグリム童話との違い、ペローが抱えていたコンプレックスについて説明されている。

 ペローの童話を読むとき、精神分析的な解釈を知った上で読むと、物語の存在がぐっと変わってくる。物語に登場する小物にも、設定にも、展開にも、ありとあらゆるものが性的なものとしての説明がつくらしい。少々強引さもありつつ。もちろん、人間の本質的なものとしても解釈できる。長い年月を経て残ってゆく物語は、生々しい真実を秘めながら夢のようなロマンティックな姿で、小さな子供やその母親を惹きつけてゆくのである。無意識のうちに心に刻まれた物語は、私たちの根本である気がしてならない。ペローの物語に隠された教訓を読みながら、きっと多くの人たちがそう思うのではないだろうか。

 エロティック・シンボリズムの章に、心理学者マリー・ボナパルトのエロティックな観点から見た猫について書かれた箇所がある。毛並みの美しさ、体温の温かさ、撫でられるとゴロゴロと喉を鳴らすこと、手を触れると興奮して毛を逆立てること、媚態を示すことなどなど…この妖しい魅力を持つ獣に心奪われている私は、その視点がとても興味深かった。ポオの『黒猫』に対するマリー・ボナパルトの解釈は、あえて此処には書かないことにするが、あっと驚くようなものであることのみ記しておこう。黒猫に象徴されるものが一体何であるのか。黒猫が吊されて殺されたことの意味する真実が何であるのか。一人胸にしまっておく。

 さて、ペローの童話「赤頭巾ちゃん」について。この物語に対して私が抱いていたのは、赤頭巾のぶりっこぶりとお馬鹿ぶり。どう見ても狼だろうおばあさんに、“おばあさんの目は、どうしてそんなに大きいの?”などと言うだろうか。おばあさんの声がどんなかも知らずに、よくもおばあさんを慕う娘をきどっていられるなぁ…とか。要するに、私は赤頭巾が嫌いだったのだ。ペローの物語では、赤頭巾はハッピーエンドで終わらない。とことんまで冷血で残酷なままである。成熟しきっていないであろう赤頭巾は、無防備に危険なものと関わる。自分から服を脱ぐ。それはやはり、ぶりっこでお馬鹿だからなのだろうか。はて。

4839830096ペロー残酷童話集 (パサージュ叢書―知恵の小径)
シャルル・ペロー
メタローグ 1999-07

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2005.09.25

狐媚記

101-011822_toki 現代アートで読む澁澤龍彦ホラー・ドラコニア少女小説集成シリーズ、澁澤龍彦・著、鴻池朋子・絵『狐媚記』を読了。ため息がもれるほどの刺激的な面白さだった。絵と文章が絡まり合って新たな彩りの物語を見せてくれているような。あんまり素敵なものだから、ページをめくるたびに目をしばらく閉じていたほど。目を閉じても、読んだばかりの言葉と共に絵が浮かんできて、ほろ酔いしたみたいな心地よさ。物語は不気味な妖しさを放ちながら、読むほどに美しい。言葉遣いも文字の並びも、その佇まいも。たとえ何もかもが計算されつくした美しさだとしても、私はそう感じたに違いない。

 表紙を飾っているのは、モノトーンの絵。自分自身の内に向かっているような狂気を描いたもののように見える。マジックに使う剣のような、少々わざとらしい形の無数のナイフがからだを貫き、その傷みに悶える狐たち。たくさんのナイフは、渦のようになって宙を舞っているよう。その渦の中から少女だと思われる無防備な脚が出ている。気色悪いと言う人がいるかもしれないが、そのグロテスクさはとても物語に合っている。文章の合間に出てくる絵はカラーで、さらにその世界を高めてくれる。この世のものではないからこそ惹かれるのか。もともとの私の好みなのか。その世界に酔ってしまった私には関係のないことだ。

 さて、肝心の物語。北の方(月子)という女が、長男を産んだ5年後に狐の子を産んでしまうという話である。夫である左少将は激怒して、その子を殺してしまう。それ以来、不仲になってしまった2人は別居するのだが、悪夢にうなされるようになってしまうのだ。成人した長男・星丸はある夜、悪人に手籠めにされかかった少女を助け、抜き差しならぬ関係に。物語はほんの些細な男の嫉妬心から、取り返しのつかない展開を見せる。人間の愚かさだとか、醜さだとか、そういうものを皮肉っているような物語の美しさが痛い。痛いけれど面白い。この物語を楽しんでいること自体が、過ちのような気さえしてくるほどに。

 物語のあとがきとして加えられているのは、澁澤龍彦のエッセイ「存在の不安」。エロティシズムと死の相似について語られている。フロイト、バタイユ、プラトン、エーリッヒ・フロムらの研究や理論をまじえつつ、読み手を頷かせる。男と女という同じ人間ながら性質の異なる生き物に対する思いは、この世に生まれおちた瞬間からもう始まっているのかもしれないと感じた。また、私が抱えている闇を形づくったものの正体を、その文章の中に見つけたような気がした。今となっては取り返しのつかないそれらの事柄は、物語の意味するところとよく似ている。

4582832164狐媚記 (ホラー・ドラコニア少女小説集成)
鴻池 朋子
平凡社 2004-03-20

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