カエルの王さま グリム童話 あるいは鉄のハインリヒ
少女は、いつまでも何でも言うことを聞く可愛いお人形ではいられない。いつかは今いる場所から巣立って、成長するときがくるのだ。自分自身をさらけ出し、父親の支配を断ち切り、一人の人間として、自立した人間として、少女から大人の女性へと変容のプロセスをたどるのである。江國香織文、宇野亜喜良絵『カエルの王さま グリム童話 あるいは鉄のハインリヒ』(フェリシモ出版)は、一見メルヘンな童話に思えるが、深読みすると、自分の中の醜い面ととことんまで向き合わされる物語である。抑圧された自分の心、今まで枠にはめられてきた思いを痛感し、もっと楽に自分を表現してもよいのだと言っているかのようにも思えてくる。物憂げなお姫さまの表情が何とも言えず、よい。
物語ははるか昔のこと。一人の王様のとびきり美しい末娘のお姫さまが、鬱蒼とした森の中で金色の毬で遊んでいると、その毬を底が見えないくらい深い泉に落としてしまう。泣きじゃくっているお姫さまの前にやってきたのは一匹のカエル。そして、お姫様は、毬を取ってくれたら、カエルを相棒にすることを約束してしまうのだ。毬を無事手にしたお姫さまは、カエルを置いてさっさと逃げ帰ってしまうが、次の日になるとカエルが玄関まできて要求を迫る。“約束したことは実行しなければならん”という王様の言葉のままに、従うだけのお姫さま。カエルの要求は強引で権威的で狡猾である。やがて、お姫さまは激しい怒りを覚えて、とうとうある行動に出ることになるわけだが…果たして…。
この物語のお姫さまは、男性社会の中で父、つまりは王様の可愛い人形としての教育を受け、自分らしさを抑圧されて疎外してきたと考えていい。だからこそお姫さまは少女のときを鬱蒼とした森の中で一人過ごすことに、喜びを見出していたのかもしれない。そして、金色の毬を泉に落としてしまったとき、石の心を揺さぶるほどに泣きじゃくることができたのではないだろうか。そうして、魔法をかけられたカエルとの関わりが始まるのである。また、お姫さまは興味深いことに、毬を取ってきてくれたお礼に、自分の服でも、真珠でも、宝石でも、金の冠でもあげると言ったのである。金色の毬は、日頃押し殺している自分の分身のような、唯一の慰め物のひとつだったのかもしれないのだ。
けれど、カエルが欲しいのはそんなものではない。お姫さまからの愛情や親密さ、特別な関係である。人間がすぐに欲しがるようなものではなく、心や関係性を求めているところに注目したい。それでもやはり、どこまでもずうずうしい支配的なカエル、そして理不尽な王様に、お姫さまの怒りは爆発する。この物語では、お姫さまが自分自身を取り戻して、自分に正直になり、感情をさらけ出すことで、一人の人間として自立して現実に向き合うという、少女から一人の女性としての変容のプロセスが描かれているのである。もちろん、結末はするするとハッピーエンドへと転じるのであるが、そこまでの過程が、何とも切なく、どこかもの悲しく、自分の中の醜さを痛感させられるのだった。
![]() | カエルの王さま―グリム童話 あるいは鉄のハインリヒ (おはなしのたからばこ 3) 宇野 亜喜良 フェリシモ 2009-07 by G-Tools |
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