夕闇の川のざくろ
ぐるぐると渦巻く嘘の中で思う。わたしはこの嘘の世界がとても好きだと。そうして、嘘の中に埋もれて、いつまでもいつまでも浸っていたいのだと気づく。嘘の世界。それは虚構。あるいは物語。けれど、そこに見え隠れする物事の本質は、わたしの暮らす現実よりもより真に迫ってくるようにも思えるから不思議だ。江國香織著、守屋恵子絵『夕闇の川のざくろ』(ポプラ文庫)に描かれる嘘は、孤独な一人の女性・しおんの姿を浮き彫りにする。“人なんてもともとほんとじゃないのよ”そう言って、次から次へと嘘の物語を紡ぎ出す彼女に振り回される幼馴染みの<私>。読み進めるうちに、<私>同様にいつしかしおんの心に寄り添いたいと思っている。
しおんはこうも言う。“物語の中にしか真実は存在しないのよ”と。そして、現実なんてちっとも意味がない、とも言うのだ。なぜなら現実は作為的な錯覚にすぎず、人はみな物語に便乗して、知り合いのようなふりをしてうろうろしているから、だと。すべては錯覚。そんなふうに考えることが、どれほど寂しく悲しいことなのか、物語に添えられているしおんの物憂げな表情を見つめるほどに胸をしめつけられる。だが、これこそまさに真実をついている言葉ではないだろうか。誰かを信じるということ。それは、不確かなものを信じようとする意思からはじまる。裏切られて傷つくのは、裏切られないという錯覚が為せるもの。わたしたちは日々たくさんの錯覚の中で生きているのだ。
また、この物語の魅力は、しおんの語る物語に耳を傾ける<私>もまた、嘘の中に生きている、というところにある。噛みしめるように、繰り返し物語を読んでみると気づくそれは、どうかすると見逃しがちなほどにささやかで淡い小さな嘘だ。この小さな小さな嘘に呑み込まれそうになるとき、この物語にすっぽりと閉じこめられて、わたしはぐるりぐるりと大きな嘘の中に埋もれてゆく。そうしてわたしは現実逃避のように、こうして物語に浸ることの罪悪感も忘れて、そこに深く横たわる真実を見出そうと躍起になる。日常の中に無数にある作為的な錯覚によらない真実を。確かなものとしての真実を。どこかにある本物の真実を一つくらいは手にして、全身全霊で信じてやろうと。
![]() | 夕闇の川のざくろ (ポプラ文庫 え 1-1) 江國 香織 守屋 恵子 ポプラ社 2008-04 |
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