13 角田光代の本

2009.05.14

森に眠る魚

20090510_046_2 じわじわと広がってゆく小さなひび。いつからはじまったものなのか。どこからはじまったものなのか。わからないくらいにそうっと大きく広がるそれに、わたしたちが気づくときには、もはや修復不可能なところにきてしまっている。こぼれ出した水がもう戻らないのと同じように。戻れない。取り戻せない。一度芽生えた嫉妬心、猜疑心、罪悪感、依存心のようなものたちは、みな憎悪へと一気に変わり果てる。そんな心の変遷を丁寧に描いた、角田光代著『森に眠る魚』(双葉社)は、怖いくらいにリアルな人間関係を浮かび上がらせる。現代の母親たちをめぐる環境とそこ深く根づく孤独をあぶり出し、こうした憎悪が誰の身にも起こり得る可能性を指し示しているかのようである。

 東京の文教地区で、それぞれの子どもを介して知り合った5人の“母親”である女たち。暮らしぶりは異なるものの、友情を育み、出会えた喜びを分かち合ってきたはずだった。けれど、小学校の“お受験”なるものをきかっけにして、いつしかその関係は変容してゆく。第三者から見ればきわめて些細な出来事に妄想が絡まりあい、自分と他者を比べ、人の態度に過剰に反応し始める。そんな揺れ動く不安定な心を制御するので精一杯な日々。常に正しいものを選んできたはずだったのにもかかわらず、幸せだと確かに感じていたのにもかかわらず、いつからかどこからか森の奥深くにさまよい込んでしまうのだ。この物語が恐ろしいのは、それが自ら迷い込んでいった先にある、という事実だろう。

 そして、その迷い込むまでの過程をじっくりと読んでみて、それがわたしたちと寸分も違わないということにもあるだろう。彼女たちの誰かであったかもしれない可能性。それは決して拭い去ることのできない思いのひとつである。誰もがどこか未熟でどこか足りないものを持ち、欠けた何かを探していた。その欠けた何かを埋めるように、母親というだけで結びついた友情の基盤は、家庭間の経済格差やいろいろな事柄によって脆くも崩れる。けれど、それを誰が止められただろう。あれほど楽しかった日々がこうも簡単に壊れてしまおうとは、想像できるはずもない。踏み込んだ先にあった何か、それが何かを探し出すすべはあまりにも頼りなくわたしたちの目の前に広がるように思えてくる。

 最終章の一部で登場人物が“彼女”という総称で呼ばれるとき、読み手はさらに愕然となる。母親たちが名前をなくし、自分という個性をなくし、もはや誰でもないただの“女”になるのである。今まで5人それぞれにあった名前が虚しく宙を漂う。そして、もはや“彼女”なるものが一体誰なのか、曖昧になる。彼女たちに境界はない。わたしとあなたの区別すらもういらなくなる。そして、思う。ああ、本当に深い森の奥にきてしまったと。戻れない。取り戻せないところにきてしまったと。それでも、ほんのりと光を射す場所を頼りに、ふらふらと歩き続けなければならないと悟る。自分で自分の出口を見つけなければならないのだと。果てしなく続いてゆく、各々の日常の中に戻るために。

4575236497森に眠る魚
角田 光代
双葉社 2008-12-10

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4575514640森に眠る魚 (双葉文庫)
角田 光代
双葉社 2011-11-10

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2007.08.04

八日目の蝉

20070802_009 いつまでも逃げ続けられるとは思わない。どこまでも逃げ続けられるとも思わない。それなのに、気がつけば祈っていた。どうかこのまま逃げられますように。どうかどうか、少しでも長く一緒にいられますように、と。角田光代著『八日目の蝉』(中央公論新社)は、ある誘拐犯の女の逃亡の果てを描いた作品である。プロローグとなる0章、女の日記形式による逃亡の日々を綴った1章、そして女に連れ去られた過去を持つ恵里菜が主人公の2章からなる。何をしようとしたわけでもない始まりから、ふっと魔が差したように赤ん坊を連れ去ってしまう女の心理が、うっとりするほど細やかに描かれてゆく。どうしたって犯罪には違いないその行為に、奇妙なくらい感情移入してしまう展開だ。

 女は当たり障りのない生き方をしてきたつもりだった。なんとなく進学して、なんとなく就職して、そのまま誰かと結婚して子どもの母となる…はずだった。けれど、その運命の歯車は一人の男性と出会ったことで狂ってしまう。不倫にありがちな口説き文句の数々、甘い未来への期待によって。女はやがて男性の赤子に対して、自分の子を重ね合わせ、衝動的に連れ去ってしまう。そして、逃亡の日々が始まるのである。怖々抱いていた赤子が懐いてくるたびに、愛おしさを増してゆく女の心情は、きっとどこにでもいる母親のそれに違いなく、物語が進むうちに本物の母と子のように思えてくる。そう、ごくごくありふれた本当の、本物の親子のように。

 一方、大学生へと成長した恵里菜は、過去の出来事に暗い影を落としていた。僅かに残る記憶の断片は、彼女を一人にさせた。そして、血のつながりのないあの女と同じ運命をたどろうとしていた。女との日々は、彼女の中で根を張りめぐらせていたのか。それとも、血のつながりがあるなしに関わらず、恵里菜と女は強く結ばれていたのか。運命の残酷さとあたたかさを、同時にひしひしと感じる展開である。煌めく光の先に何が待っているのか。彼女たちの運命は、どう交差するのか。物語は茶化すみたいに、認めるみたいに、なぐさめるみたいに、許すみたいにおしまいを迎える。そこにはやわらかなぬくもりと、あるべき未来が待っているはず。きっと。絶対に。

4120038165八日目の蝉
角田 光代
中央公論新社 2007-03

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2006.11.22

Presents

20061112_004 贈り物。生まれてから死ぬまでに、わたしたちはどれほど多くのものを贈られるのだろう。それらは決して、たいそうな品でなくてもいい。何気ない言葉だったり、記憶だったり、目に見えないものであってもいい。どんなものでも、心の奥底に残るもの。それが、本物の贈り物であるに違いないから。小説・角田光代、絵・松尾たいこ、による『Presents』(双葉社)には、そういうじんわりと幸せな物語がたくさん詰まっている。けれど、幸せな物語を悲しみの中で読むのは、とても苦しい。正直、今のわたしにとって、これらの物語は少しばかり美しすぎたのだった。あまりにもきらめいているから、あまりにも正しく思われたから。そして、痛い部分を突いてきたから。

 名前。それは、親から贈られる最初の贈り物なのかもしれない。どんな意味が込められて付けられたのか。自分はなぜこの名前を与えられたのか。それを問うてみるのも悪くない。この作品にある「名前」では、春子という名前の女性の名前に纏わる物語が描かれている。春に生まれたから、春子。そんなふうに母親から聞かされる。だが、実はそこにたどりつくまでの葛藤を、母になるときになって、初めて知ることになるのだった。ちゃんと悩んでいたじゃないか。ちゃんと考えていたじゃないか、と。そこまでの過程が、詳しく描かれていなくとも、読み手にまでじわじわと伝わる何かがある。そして、自分の名前一つに対して時間をかけてくれた分だけ、嬉しさが込み上げる。

 自分の名前の由来。わたしは敢えて、それを問うたことがない気がする。自分の名前が憎いという気持ちだけは、散々家族に訴えているのだけれども。姓名判断的には最高の運勢らしく、両極端な人生を歩む名前らしいことを知っている。幼くして命を落とすか、それとも大成するか。それくらいの極端さだという。その、どちらにも属さないわたしは、ただただ自分の名前が憎らしかった。そんな時、母親から告げられる。わたしには、二つの名前の候補があったことを。どちらにしても、あまり変化あるような名前ではなかったけれど、苦心の末に名づけられたことだけは、しっかりと理解できた。そして、聞かされた。母親もまた、自分の名前を憎らしく思っていたことを。

 また、つい先日、父親からささやかな品をもらった。旅行土産にしてはかなりセンスのない、名前入りの携帯ストラップだった。いかにも安っぽい。けれど、ちょっと洒落た筆記体の金色の文字にビーズがいくつか付いているものを。小学生への土産じゃないんだからさぁ…と思いつつも、わたしは胸がじんと痛んだのだった。わたしの名前。そうだった。わたしの名前はこれだった、と。ありきたりの古風な名前ながら、ずっと嫌い続けてきた名前がそこにはあった。今のわたしに一番近くて、遠い名前。それがわたしの名前だったから。憎みつつも親しまざるを得なかった、名前。それを父親が敢えて土産として選んだことが、なんだかとてつもなく、じんときたのだった。

4575235393Presents
角田 光代
双葉社 2005-12

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2006.03.10

おやすみ、こわい夢を見ないように

20051102_023 感情のままに生きることは、容易く思えて難しい。世の中が、時間が、何よりもコチコチに固まったモラルというのものが、邪魔をするのだ。ふと湧き上がる感情は、そういうものに紛れてぼやけて、その存在を曖昧なものへと変えてしまう。角田光代・著『おやすみ、こわい夢を見ないように』(新潮社)には、そんなことを思わせる物語が7つ収録されている。感情の中でも特に、“悪意”というものを。物語は疼き出す悪意を、“殺してやる”とか“死んでしまえばいい”とか“呪ってやる”とかいう、どこか陳腐でありふれているのに、なんとなく現実味帯びない言葉で示している。一度は頭の片隅で考えたり、口走ってしまったりするそんな言葉の数々は、こんなにも人を強く捉えるものだったのか。不快にならない自分にも驚きつつ、さまざまに思いをめぐらせた。

 思えば、私たちの暮らす日常には、確かに死も殺人も当然のようにある。遠い異国の話のように、自分には関係のないことだと片隅で思うことの方が、本当はおかしいのかも知れない。それなのに、あまりに安易に究極の言葉を放っている私たち。その本当の意味を、意識などせずに。無責任に放っているのだ。物語に描かれる言葉は、事件として騒がれるような類の欲望には発展しないが、発展しないがゆえの恐ろしさがある。心には、溢れそうなくいらいいっぱいに、そういう感情を秘めているからだ。世の中に渦巻く見えないかたまりとして、傍に横たわっているかも知れないそれは、喜びや哀しみよりも深く記憶に刻まれて、いつ爆発するとも分からぬ強烈なエネルギーに満ちているのかも知れないのだ。だから怖い。とてつもなく怖い。

 ここからは、印象深かった作品の話を。まずは「うつくしい娘」。主人公の加代子の働く工場でのうわべだけの世間話と、いるようないないような存在感を放つ新入りの若い女、母親である加代子の存在を否定している娘が、物語には描かれている。世間話は過激な話題になりながらもやはり世間話でしかなくて、若い女は流行を身に纏っていなくても今どきの若い女でしかなくて、理由のない苛立ちを抱いても抱かれても母と娘であることになんら変わりはない。そこに虚しさを覚えながらも、安心してしまった私は歪んでいるのかも知れない。だが、思い描いた夢というものをぶち壊す現実は、ありふれていてもいとしいのではないのか。何かに突き動かされるようにして込み上げる感情だって、それぞれに特別なものに違いない。そう思うのだ。

 最後の「私たちの逃亡」は、親の言うままに通っていたバレエ教室で出会った少女に渦巻いていた憎しみを、大して親しくもなかった同級生の事故死によって思い出す話。少女という時期に抱いた残酷な感情を、失わずに持ち続けること。それは、どこか神秘的な匂いを漂わせながらも、世間的に見てみるとあまりに奇妙である。その奇妙さを特異なまでに秘めたままの少女は、自分の中に閉じこもり、やがて主人公の心を曇らせる。少女から遠ざかった理由。少女を恐れた理由。年月を経てやっと向き合う決心がついたとき、もう遅過ぎることを知るのだ。でもきっと、変わったのは私だけじゃない。あなただけでもない。世の中だけでもない。成長すること。時が過ぎるということ。何もかもが流れている、ということなのだろう。私の解釈はこんな感じで終わる。

4104346020おやすみ、こわい夢を見ないように
角田 光代
新潮社 2006-01-20

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2006.02.21

ぼくとネモ号と彼女たち

20041219_006 私は私。身勝手ながらも大事な姿勢を、私は何かにつけて忘れてしまう。私というのはどんな人間であるか。私とはどんな存在であるか。考え始めてしまったら、哲学にもキリのない無駄な足掻きにもなる、そんなことを。次第に思考を閉ざし出す私の中に、違和感なく流れ込んできたのは、角田光代・著『ぼくとネモ号と彼女たち』(河出文庫)という作品で、その流れのスピードに掻き立てられるように、私の思考はめぐり出す。私は誰でもいい。誰でも私。誰かが私。私は誰かなのだ。身勝手なのは変わらずに、ただめぐってゆく。思考がめぐる。私の中を。誰かの中を。それとも誰でもないところを。麻痺し出した思考は、それでも物語をめぐる。めぐったつもりになる。

 物語は、情けないリアリティに満ちている。バイトで稼いだ金をはたいて買った中古の愛車、ネモ号。欲しかったモノを手に入れてしまった男は、その後の目的を失い、ネモ号と共に当てもなく旅に出る。だが、旅は道連れというものか、愛車の自慢に唯一反応を見せた、かつて自分に好意を抱いていた女性を助手席に乗せて行くことになる。車内にはフィギアとコレクションしているスニーカー、いざというときに売るためのレアモノのレコード。目的地がないゆえ、あまりにも身勝手な思いゆえ、降りて欲しくなったら助手席を空けてもらう権限を持つ。“乗りたいんだったら、乗せてやってもいいけど?いつでも降りてくれるんなら”みたいな男。非常にむかつく。でも、助手席の女性は、もっとむかつく設定だったりする。

 行き当たりばったりの旅は、助手席の女性を変えながら続く。交わされる言葉も、めぐらされる思考も、相手が違うことによって微妙に異なる。きっと、主人公の男は登場する3人の女性に、彼女たちの男への接し方がそれぞれなのと同じく、三人三様に思われていたに違いない。退屈極まりない自分の話ばかりする女性にも、無愛想ながらも魅力的な女性にも、突き放した雰囲気の漂う年上の女性にも。男の接し方が少しずつ巧みになってゆくのは、やはり経験が物を言うということか。車に乗っているという設定が変わらないせいか、欲望が人を動かすせいなのか、見ているもの、目につくもの、というのが、ラブホテルとファミレスばかりなのが可笑しい。性欲と食欲は、こんなにも優先順位が上だったのだなぁ…ということに感心する。

 私の抱く身勝手な思考は、物語と共にゆるやかになる。登場人物が身勝手ゆえに、刺激された身勝手さなのかもしれない。そう気づき始める頃、最初に助手席に乗せた女性の思いを悟り始める男。女性の話に苛立ちを覚えた理由。自分の過去に対する、意味づけや装い。どこも出っぱっていない、どこもへこんでいない、例えとりかえてみたって大して変わらぬ月並みなこれまでの日々。傷ついたふり。影響されたふり。ちっぽけな自分と、その周囲。身勝手ながらに気づいた先に、男よりもある意味身勝手な女の対応が、トドメを刺したように思える物語の後半部分。実に愉快だ。身勝手さの均衡は、意外と容易く崩れるのだ。私の均衡も、もちろん脆くも崩れゆく。物語によってめぐらされた、ここにある思考も。

4309407803ぼくとネモ号と彼女たち (河出文庫)
角田 光代
河出書房新社 2006-01-06

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2005.06.01

この本が、世界に存在することに

20050527_166 本をめぐる9つの物語を収録した、角田光代著『この本が、世界に存在することに』(メディアファクトリー)。この本を読んで、真っ先に思ったことがある。それは、本と人との繋がりが人と人とを繋いでゆくことである。最近頻繁に感じるその思いが、両の手に抱えきれない程たくさんつまっていた。そして、愛おしくてせつない気持ちにさせてくれる温かな短編は、私の中に眠っていた様々な記憶を呼び起こしてくれた。

 中学から大学時代にかけて、プレゼントするものされるものと言えば本だった。この本の中の「初バレンタイン」という話の主人公と同じように、自分の趣味を押しつけないように注意しながら慎重に選んだのを思い出す。そういうときは、読み物としてではなく目で楽しむようなものが多かった。絵本とか挿絵の多いエッセイだとか。私へのプレゼントとして友人が選んでくれるのは、決まって猫の写真集だった。きっと、毎日のように“猫、猫!”と言っていたのだろう。そういえば、いつも鞄には猫の写真が入っていたっけ…

 それから、私にとって“本”というのは友人以上のものだった。休み時間も授業中も通学中も(電車の中でも歩きながらも)、決まって読書に耽っていた。読書をしていない時間は、図書室か本屋で本を探していた。本の世界に浸っている時間が何よりも大切で、教室で孤立しようが友人が減ろうが気にしなかった。そんな私を受け入れてくれる友人や好きになってくれる人がいたことが、今となっては奇跡のようだと感じてしまう。あとがきで著者が言う“本の世界よりもせわしない現実”というのが、私にはなかったのかもしれないとすら思うほどに(もちろん、私にだってせわしない現実はあった)。

 そういう生活の中で、私が本以上に欲していたものが1つだけあった。それは、自分以上に本のことを知っている人の存在である。そういう存在は、ブログを始めてみて無限にいたことに気づくのだが。当時の私は、ごくごく狭い世界の中で好きな人の本の趣味に染まったり染められたりしながら生きていた。唯一、読書談義の出来そうな同級生(女)が一人だけいて、約束もしていないのにばったり図書室や本屋で会うことがとても刺激的だった。と言っても、挨拶ぐらいしかしなかったのだけれど。彼女も私もお互いの図書カードをこっそり見ていて、競うように本を読んだ。図書室の先生に“君たちはおもしろいねぇ”なんて、言われながら。彼女も私も相当なあまのじゃくだった。

 “本”にまつわるこの本のおかげで、懐かしい“本”との思い出に浸ることができた。友人たちは、私が贈った本をまだ持っているだろうか。彼女は今、何の本を読んでいるのだろうか。無性に会って話がしたくなる。けれど、やっぱり私はあまのじゃくで、一歩踏み出す勇気がない。あの頃とちっとも変わってないなぁと認めるしかない。

4840112592この本が、世界に存在することに (ダ・ヴィンチ・ブックス)
角田 光代
メディアファクトリー 2005-05

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2005.05.30

今、何してる?

20050501_015 恋愛と旅と本に関するエッセイである、角田光代・著『今、何してる?』(朝日文庫)。どの文章も正直で率直な気持ちを書いている感じがして、心地よく楽しく読むことが出来た。こういう本は、とても好きだ。ずっと長い間、自分の考えていることがだいたい標準(ごくふつう)なのではないかと思っていたという著者。みんな似たり寄ったりのことを考えているのだろうと。そんな著者の可愛らしくもシビアな一面を覗かせてもらった気がする1冊である。

 私がほうほうと納得してしまったのは、「相性Affinity」というお話。相性というのは、恋愛においてかなりの頻度で語られるものである。けれど、そもそもその“相性”って何だろうか。自分が素であるときに相性がよいのだろうか…そう著者は考える。私の中では、「まるごと好きだと言ってくれて、まるごと受け入れてくれる人」という夢見る夢子ちゃん的な理想がある。要は、“自分を肯定してくれる”というのがポイントなのだが。そこで問題なのが、好きな人の前にて“まるごと(あるいは自分)”というのが、素の私かどうかということである。そこでよくよく考えてみたら、好きな人の前での自分とそうでないときの自分というのは、かなり態度が異なるものだということに気づく。

 著者曰く、接する人によって自分の知らなかった部分が強調されてしまうらしい。それが、プラスの面だったりマイナスの面だったりするようなのだ。プラスばかりだから万事快調というわけではなく、長続きする関係というのはマイナスばかりでもあり得るのだ。そうなると、“相性”なんて存在しないも同然である。自分がこれまで抱えてきた、経験、価値観、優先順位というようなものが、他者とぶつかって示した反応を好ましく思えるのかどうかにかかっているのだと考えることが出来る。なるほど。生年月日で相性はどうかしらなんて六星占術で調べてみても、ダメなものはダメなのだろう。

 それから、かなりショックだったお話がある。ヘッセの『ラテン語学校生』からの名言から始まるエッセイに出てくる“ボート破局説”である。実は私、デートにてボートに乗ることにものすごく憧れを抱いていた。プロフィール(ましろの前略プロフィール)にも、手漕ぎ限定で大きな池か小さな湖でボートに乗りたいと書いているのだ。水の上に漂う感じが好きで、時間を忘れてゆったりと物思いに耽りたかった。何を話すわけでもなく、そうやって過ごすことができる相手と一緒に。エッセイには、実に奥深い“ボート破局説”が書かれているわけだが、それでもやっぱりボートに乗りたい私だった。

4022643447今、何してる? (朝日文庫)
角田 光代
朝日新聞社 2005-03-17

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2005.05.09

エコノミカル・パレス

2005419_024 午前7時に起きて7時5分から台所で雑文書きの仕事(0~3万円)をする。水、日曜以外の11時から5時までがビストロ・ナカ(3千6百円)、月、水、木、金曜日の8時から12時までがスナックたんぽぽ(8千円+チップ)。最も多い日で1日6万千6百円。1日3千6百円~1万千6百円保証される日数は1ヶ月に20日…

 かなり切羽詰まってこんな計算をしていながらも、お金のことにルーズな人は嫌だなあと思った。買いたい物を我慢せずに買うために消費者金融に軽い気持ちでお金を借りてしまうことにも、お人好しぶったお金の使い方をしてしまうことも、モヤモヤした思いを感じずにはいられなかった。私は決して誰かに誇れるような、そんな立派な人間ではないのだけれど。案外、嫌悪感を抱く自分に少々驚きつつ。これが、角田光代著『エコノミカル・パレス』(講談社)を読み終えた素直な感想であった。

 文章を書いたりアルバイトをしたりしながら生活している主人公は、30を過ぎても定職に就こうとしないヤスオと暮らしている。仕事帰りに買い物を頼まれるものだから、主人公の出費はかさむばかり。ヤスオは買い物を頼むばかりでほとんど代金を払おうとしない。その上、コツコツ働こうという意欲はまるでない。年下の正社員にはプライドの高い無能として遠巻きにされ、年上の正社員にはインテリ系アルバイトとして馬鹿にされ…

 すると、“そんなタマシイのない職場、誰が好きこのんで1年以上続けたいと思うわけ?”などと言う。給与、待遇、仕事内容、人間関係、福利厚生、それらよりもタマシイの問題の方がヤスオには重要なのだった。1年の疲れが出たと言ってテレビの前で横たわり、次の職を捜しにいこうともしない。主人公は思う、ヤスオはタマシイがないと見下げる仕事場で自分が見下げられ、1年も使い走りに近い労働をしてきたのかと。

 けれど、婚姻関係で結ばれているわけではない彼を養うほどの甲斐性や気概があるわけではない主人公。それなのに、食費や家賃はどうするのか、これから先どうするのか、不安があっても訊きたくても、言い出せない。狭いアパートに転がり込んできた知り合いには、なおさらお金に関することは訊けない。“やっぱニンゲン自由が一番。金を第一に考えたら馬鹿を見る”なんて言葉を聞きながら、料理の材料を買うために3軒もの店をまわる。えへらえへら笑いながら。

 何か違うのではないか?おかしいのではないか?そう思うのに、なぜか主人公は唯一の正しい登場人物として読み手に認識される。嫌悪感を覚えながらも。ヤスオは普通じゃない。居候する知り合いは常識はずれだ。ビストロ・ナカの主人はコンプレックスの塊だ…などと思いながら、そういう私もどこか変じゃないのと気づかされる。この本に描かれていたのは、どこかにいる私たちじゃないかと。

4062752042エコノミカル・パレス (講談社文庫)
角田 光代
講談社 2005-10

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2005.04.30

All Small Things

2005424_012 例えば、今している恋愛について。今までの恋愛について。忘れられない恋愛について。理想の恋愛について…そういうことを思ったり考えたりしてみた。けれど、それはちっぽけでひどく些細なことでしかなくて、あまりにも語るに耐えない。思えば私は、たかだか20数年しか生きていないし、数えるくらいしかいわゆる恋愛というものをしたことがない。本物の恋なぞ、もしかしたら未だ経験がないかもしれないのだった。

 角田光代著『All Small Things』は、そんな私の思いを穏やかにしてくれる本だった。“あなたの場合、恋人と過ごしたどんな時間が心に残っている?”という問いと共に、紡がれた短い小説集である。周囲を見回してみればいそうな、けれど特別な、そんな主人公たちの12の物語は、いじらしくてせつなくて温かくて優しい。私は読みながら、一緒になってきゅんとなり、心乱されて揺れながらも頷く。

 今までで一番印象に残っているデートって?もっともデートとは言えないようなデートって?恋愛のさなかで一番幸福だと思ったのは?好きな人と一緒でよかったと思ったことって?結婚して一番よかったことって?一番むかついたデートって?一番にやついたデートって?自分が自分でなくなったような恋って?奇跡みたいな一瞬って?…

 出てきた問いを並べてみる。こうやってずらりと並べてみると、全部の問いに対する答えはひとつなのだと気づく。あぁ、言い方が違うだけで同じことを訊いているのだと。そうして、これらのどの問い対する物語もそれぞれ味わい深くておもしろい。

 こんな場面がある。不倫をしていた京子が、近所の小さな公園で恋人とパンを食べるという。京子にとってそれは、自分に不相応なくらいの幸せだった。奇跡のような。人生の中の最高潮のような。味付けのことで喧嘩しながら、たくさんのパンを頬ばること。それは、最初で最後の2人で食べるごはんだった。京子の恋は不倫であったから、相手の家にも会社付近にも人通りの多いところにも行けない。所帯じみたこともできない。会うのは自分のアパートか、ホテルだけ。一緒に済ませる食事は、あくまで食事であってごはんでない。そんな感じだったと言う。

 もっと幸せだったこと、嬉しかったことは、いっぱいあるのに…。思い出すのは、京子曰く“地味”なこんなエピソード。それが何とも愛おしいものであることを、私たちは知っている。自分自身を肯定してくれる人とのかけがえのない時間であることも。自分のことを好きになれるのは、相性の良さでも、気遣いでもないことも。

4062122642All Small Things
角田 光代
講談社 2004-02

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4062756447ちいさな幸福 (講談社文庫)
角田 光代
講談社 2007-01-12

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2005.04.21

銀の鍵

2005417_011 ある日、目覚めるようにはたと我に返ってようく考えてみたら、自分が何ものなのかわからなくなっていた…。お金をまったくもっていない。言葉も通じない。どこへ帰るのかもわからない。どんな過去があったのかも思い出せない。そもそもここで何をしていたのだっけ。それ以前に、ここはどこなのだろう。もしもこんな状況になってしまったら、私は一体どうすればいいのだろう。

 角田光代著『銀の鍵』は、記憶を失った男が主人公の映画『過去のない男』(アキ・カウリマスキ監督)を見て、創作した物語である。著者はそれを感想文と言っている。過去を失って記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっても、心の中に確かに残る善意や善なる行動はきっと誰かの思いと共鳴し合う。キレイごとだとか理想論ではなくて。

 『銀の鍵』の主人公の<わたし>は、“なんだかへんだ”という思いに気づく。わからないことだらけの中でもお腹は減り、匂いに誘われるままに店に入る。思いつくままに覚えている料理名を口にしてみても通じない。すると、店にあるいろんなものを見せてくれる。会計の際にお金を持っていないことに気づくと、持っていた煙草でお勘定となる。こののどかさは何なのだろうと思ってしまう。

 切符らしきものを見せただけで駅まで連れて行ってくれて座席まで案内してくれたり、何番目の駅で降りたらいいのか教えてくれたり、泊まる宿を探してくれて見ず知らずの異国人を自分の家に招待してくれたり…。どうしてここまで親切なのだろう。暖かいのだろう。優しく手をさしのべてくれるのだろう。かつては当たり前だったのか。それとも当たり前のことを忘れているだけなのだろうか。

 家族がつどう食卓。笑みが自然とあふれる。そして、ふと気づくと頬がぬれている<わたし>。どういうときに泣くのかを覚えていなくても、どうして泣いているのかわからなくても。懐かしんでいるのか、新鮮な美しさに惹かれているのか、その理由が明らかでなくても。誰もがこんな思いを持っているのだと思っていたい。そこでふと思い出す。忘れていた些細な出来事にも揺れる気持ち。その裏に潜む負のエネルギーを。

4582831494銀の鍵
角田 光代
平凡社 2003-03

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