兎とよばれた女
痛々しいまでに、ただ待つこと。ただ従うこと。そうして、誰かを乞い続ける。その思いは、どこかまっさらな純粋さをこえてある種の怖ささえ秘めている。今ある世界を頑なまでに守り続け、未知の領域に恐れ入る。それは、物語の世界ではなく今を生きるわたしたちだって同じことだが、矢川澄子著『兎とよばれた女』(ちくま文庫、筑摩書房)に描かれる世界は、どこまでもわたしに広い世界というものに対する怯えを痛感させた。兎を主人公とするこの物語は、目には見えない神と呼ばれる存在に対する、切なる思いが中心に描かれている。絶対的な愛を信じつつも、悩み、不安になり、戸惑う。兎の切実なる思考は、狭い世界の中でも豊潤な煌めきを放っている。
この物語について書くことは、とても難しい。それは、その構成が二重三重にも入れ子構造になっているからだ。歪みに歪んだ時間軸は、どう解釈すればよいのか読者をときとして戸惑わせるし、序章に登場する女の昔話として兎の物語を読んだらよいのか。或いは、兎の物語と序章は別物としてとらえればよいのか。途中で兎の前に差し出される、かぐや姫に関するノートについては、一体どんな解釈ができようか、と。また、後半部分の著者自らに対する批評めいた文章を読むと、さらに混乱をきたすのである。だが、それでも、この物語は、ひどく魅力的にわたしの中にすうっと入り込んできた。まるで、自分が兎のように誰かの絶対的な存在を信じて、あれこれ思い悩むみたいに。
今ある世界を捨て去ること。それはとても困難だ。得るものがあれば失うものがある。許容量をこえてしまえば、それは当然のこととしてある。物語の兎が、今の状態を捨て去ることができずに、未知の領域に足を踏み入れることができないのと同じように。また、生まれ落ちたときからわたしは“女”であるということについても、考えさせられた。おとなしく運命や時の流れに自然に従って、ここに在るわたし。あなたでもなく、ただひたすらにわたしとして存在していることについて。女という人種がひとりきりで生きることは難しい。気張ってみても、虚しいあがきで終わってしまう。誰かのあたたかな、或いはは厳しい支えあってこその、女。本物の女になれる。そんな気がしたのだった。
![]() | 兎とよばれた女 (ちくま文庫 や 3-2) 矢川 澄子 筑摩書房 2008-05-08 by G-Tools |
≪矢川澄子の本に関する過去記事≫
『受胎告知』(2006-04-05)
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