36 津村記久子の本

2009.04.07

八番筋カウンシル

20090403_022 中学時代に思い描いていた30くらいの歳の自分はどんなだったろうとふと振り返る。中学1年の頃はまだ夢を見ていた。中学2年の頃は夢破れて絶望の中にいたように思う。そして中学3年の頃はもう、人生を諦めていたように思う。30くらいの自分なんて想像することもなかった。思えば中学時代というのは、いろんな意味での分岐点のような気がする。進学した高校でその後の人生が決まってしまうような、自分の限界というものを15にして悟るような、そんな時期でもあると。津村記久子著『八番筋カウンシル』(朝日新聞出版)は、30を前にした登場人物たちがそれぞれの思いを抱えて地元に暮らし、中学時代を思い出しつつ展開する。彼らは地元での様々な問題に翻弄されながらも、己が道を歩いてゆく。

 短くて通りの狭い商店街は、空から見たらY字型をしていて末広がりだから“八番筋”と名づけられ、青年会のことを“カウンシル”呼ぶ。古く寂れた商店街には、巨大モール建設の話が持ち上がり、カウンシルの面々は活気づく。小説の新人賞を受賞したばかりのタケヤスは東京で就職したものの体を壊し、ホカリの店を手伝っている。ホカリは彼女なりに地元の会社に就職するも家族との折り合いが悪く、はやく独立したいと切望している。実家に戻って家業を継ごうか迷っているヨシズミは、タケヤスのよき相談相手である。そんな中、商店街で起きた不幸にして不穏な出来事で町を追われたカジオが、巨大モール建設に関わっているらしいことがわかる。タケヤスは当時の記憶を手繰り寄せはじめる。

 この物語で興味深いのは、地方における地元が色濃く描かれているというところにあるだろう。地元の同級生というものは、高校や大学の同級生や会社の同僚よりも、それぞれが送る人生は多様なのではないか…というのだ。会社にも学校にもいろいろな人がいるけれど、会社の場合は全員が全員会社に雇われて働いているという前提がある。けれど地元で結びついた縁というものは、利害関係で結びついた学校や会社の人間関係よりも多様でわかりにくい面があるのではないかと。嫌々でもご近所さんはご近所さん。そこに住む以上はお付き合いを穏便にしなければならない。とりわけ、地方となればなおさらのことである。30を前にした彼らの視線は冷静で、少し引いた位置から地元を見ているように思う。

 思えば、この物語はどこにでもありそうな地方の商店街の、どこにでもいそうな人々の物語とも言える。現在の視点と中学時代の記憶とが混ざり合う構成は、大人になったからこそ見えてくる真実を浮き彫りにする。15年の時を経て、手繰り寄せられた記憶は、奇妙な後味を残してゆく。それぞれがそれぞれに抱える問題は、時を経てもなお、解決されることはないのかもしれない。けれど、30という節目を前にしたときにそれと向き合う彼らの姿に、どこか励まされる気持ちになる。著者は物語を通して、生き方はひとつじゃないと言っているようにも感じられる。一人でも誰かとでも、どんなふうにも生きられる。人はその未来にまだまだ期待してもよいのだと。絶望するにはまだまだ早いのだよ、と。

402250529X八番筋カウンシル
津村 記久子
朝日新聞出版 2009-02-20

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2009.03.06

ポトスライムの舟

20090306_016 ささやかな希望。ほのかな光…やわらかな手触りのそれらを日常生活の中で掴むのは、意外と容易いことなのかもしれない。けれど、それらを見過ごしてしまう多くのわたしたちがいる。忙しさにかまけて。あるいは無為に時間を過ごして。あるいは闇や絶望に押しつぶされて。それでも社会の中で生きざるを得ないわたしたち一人一人の時間は、どうしたって止まらずに過ぎてしまうから、些細なことに立ち止まることを許してくれないところがある。当然、自分に対する肯定感も脆くなる。津村記久子著『ポトスライムの舟』(講談社)には、そんなわたしたちの肩をそっと叩き、立ち止まらせる何かがあるように思う。そして、著者独特のユーモアやねじれたやさしさが読み手をやわらかに包み込むのだ。

 物語の主人公ナガセは29歳の契約社員。なおかつ、友人ヨシカの店でバイトをしつつ、パソコン教室の講師もしている。“今がいちばん働き盛り”という珍妙な文言を自分の腕に彫ろうかと思うほどだったりもする。ある日、ナガセは契約社員として働く工場の掲示板で世界一周旅行のポスターに目を留める。その代金はナガセの工場での年収とほぼ同額の163万円。ならば、貯めてやろうじゃないかと思い立つわけである。こうして新たに芽生えた目標を糧に、ナガセは節約倹約を心がけるのだが、母と暮らしている家に友人りつ子が娘と共に転がり込んできて、思わぬ出費に見舞われる。せせこましいナガセだったが、様々な人たちとの交流によって、いつしかこれまでになかった思いが浮んでくる。

 この物語には、生活の手触りが綿密に描かれている。ナガセが手帳に書き込む出費の数字、どんどん育ってゆくポトスなどなど、一人の人間の確かな息遣いが聞こえてきそうなほど、身の丈をわきまえた気負いのない日常があるのだ。実はこの主人公ナガセは、新卒で入った会社を心労から辞めており、その後1年働くことへの恐怖に縛られていた。そんなナガセの心の拠り所となっているヨシカを含めた大学時代の同級生たちとの対比も、物語に膨らみを持たせている。物語は淡々と進み、はっきりとナガセの行く先を示してはいない。それでも、ささやかな希望やほのかな光を感じさせてくれる。生きることへの目標や道しるべなんてものは、案外すぐそばに寄り添っているのかもしれないとさえ思う。

 一方同時収録の「十二月の窓辺」は、ハラスメントを扱った物語だ。表題作「ポトスライムの舟」のナガセの過去にどこか通ずるものを感じずにはいられない。職場でのいじめや人間模様を描いたこの物語には、不穏な空気が終始漂うが、それでも希望や光が感じられる。上司が自分に信じ込ませようとしたほど、世界は狭くないこと。画一的でもないこと。会社から離れたことによって、自分は自由だという手触りを感じる主人公に、愛着を感じるのはわたしだけではないと思う。その手触りは、日常に溢れるありふれたものなのかもしれない。けれど、確かに一歩を踏み出した主人公にわたしたち読者はエールを送らずにはいられない。その、わたしたちとどこか似た彼女に。そっとひそやかに。

4062152878ポトスライムの舟
津村 記久子
講談社 2009-02-05

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 ≪津村記久子の本に関する過去記事≫
 ・『アレグリアとは仕事はできない』(2008-12-31)
 ・『ミュージック・ブレス・ユー!!』(2008-08-31)
 ・『君は永遠にそいつらより若い』(2008-08-12)
 ・『カソウスキの行方』(2008-08-05)
 ・『婚礼、葬礼、その他』(2008-07-13)


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2008.12.31

アレグリアとは仕事はできない

20081231_073 痛快なまでに怒っている。もはやあっぱれとでも言うべきか。しだいに募りゆく憎悪はとどまることを知らない。怒っている当人にしてみたら、重要事項に違いないのだけれど、端から見ていると何だか妙なくらいに面白可笑しいから不思議である。性悪なコピー機、に対する怒りを日々堪えている女性が主人公の、津村記久子著『アレグリアとは仕事はできない』(筑摩書房)。たかがコピー機一台のことで、こんなにも日常が変わることに驚きつつ、やはり機械に頼ってばかりいる我が身を少々振り返ってみたりするわたしだ。同時収録の「地下鉄の叙事詩」においても、その怒りはおさまらない。とにかく怒っている。笑ってしまうくらいに痛快に怒っている一冊なのである。

 主人公ミノベの仕事は、小さな会社で報告書の製本を担当することである。“アレグリア”とは、品番YDP2020商品名アレグリアの名称。大判の図面を複写するときに使うコピー機の名である。このアレグリア、何と1分動いて2分ウォームアップするという、ある意味すごい業の持ち主。しかも、男性社員には快く応対し、ミノベにはことごとく不機嫌に振る舞う。ミノベはコピー機について、あれこれ文句を並べ立てるものの、誰も聞く耳を持ってはくれない有り様。アレグリアの担当者は、ミノベの使い方に問題があるようなことをさらりと言ってのけるし、200mロール紙を12mも余らせる始末。ミノベの言葉を借りるなら、実に平然と“人を嘲笑うように弄ぶ”アレグリアなのである。

 と、ここまで書くと単なるOLのコピー機との格闘の日々かと思われがちだが、そのたった一台のコピー機によって、社内の人間関係が思わぬ方向へ動き出すのが痛快だ。たかがコピー機。されどコピー機である。正確に言えば、プリンタ、スキャナ、コピーと3つの機能がある複合機なのであるが、ミノベが主に使うのはコピー機として。一人、アレグリアが使い物にならないことを声高に叫んでみたところで、誰の共感も得られず孤独極まりないミノベ。物語は、ミノベとその周囲の人々との心情をリアルなタッチで描き出す。途中、思わずミノベがアレグリアに蹴りを入れるシーンでは、拍手喝采ものだった。わたしもこんな気まぐれなアレグリアとは仕事はできない。したくもない。

 そして、同時収録の書き下ろし「地下鉄の叙事詩」。たまたま偶然に同じ車両に乗り合わせた乗客たちの4つの視点(大学生・サラリーマン・OL・女子高生)で、その心情が綴られてゆく。こちらの方々も皆何かしら怒っている。満員電車の中で、見知らぬ人間と密着せねばならないことにも日々の苛々を募らせているわけで、なおかつ憂鬱な授業が待っていたり、席取りに躍起になることでストレスをためていたり、自分の中に潜む衝動と格闘していたり、痴漢に悩まされていたり…と、満員電車の中でそれぞれがそれぞれに思いを抱えて時間を耐えているわけである。あっという結末で4つの物語が繋がって、その起こってしまう出来事が他人事ではないことに愕然となるのだった。

448080417Xアレグリアとは仕事はできない
津村 記久子
筑摩書房 2008-12

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2008.08.31

ミュージック・ブレス・ユー!!

20080824_027 今いる自分の立ち位置だとか、自分自身の置かれた状況だとかを本当の意味でしっかり把握できている人間というのは、一体この世の中にどれくらいいるのだろう。とりわけ、青春真っ盛りの頃なんていうのは、曖昧な自分の足取りに歯がゆさを感じるものである。津村記久子著『ミュージック・ブレス・ユー!!』(角川書店)の主人公のように、人との距離感に敏感で、高校三年という受験を控えた人生の転機に立たされている年頃なんかには、“今のあたしはなんなんやろう”とか“なんであたしはこんなに自分のことがわからんのやろう”と自問自答を繰り返す時期として、身に覚えのある人は多いのではないだろうか。そんな日々から主人公を解き放ったのは、音楽というひとつのツールだった。

 主人公・アザミは、赤く染めた髪に黒いフレームの眼鏡をかけ、派手な歯列矯正具をつけた長身の女の子。空虚な日常を支えるのは、パンクロック一色である。音楽プレイヤーを肌身離さず、音楽評を書きとめ、音楽について考えることは、将来について考えることよりずっと大事だと思っているような子でもある。そんなアザミは受験を控えていながらも、進級すら危うく、彼女とは対照的な親友・チユキに支えられて、何とか学生生活を送っている有り様だ。他にも、他校の生徒や、同じ矯正歯科に通う男子生徒、同じような洋楽オタクくんなどとも親しくなる機会に恵まれるものの、なかなか素直に深入りできない、主人公の曖昧な態度とぐだぐだっぷりが、多くの人の共感を呼ぶことだろう。

 “今のあたしはなんなんやろう”とか“なんであたしはこんなに自分のことがわからんのやろう”と自問自答を繰り返すアザミ。そんな彼女の迷いや疑問は、高校三年という時期で将来を決めかねたわたし自身の過去と、かなり重なるところがある。わたし自身の場合は、パンクロックではなく、ハードロックや文学に傾倒していたのだが。早々推薦で進路が決定してゆく者、がむしゃらに勉強にいそしむ者…そんな中において、わたしはそのどちらにも属することなく浮いていたからである。授業中は読書に耽り、テストをボイコットし、ある意味問題児で受験どころではなかったわたしが、こうして今に至るのは、奇跡的なことであるとさえ言える。過ぎてみれば、すべてが煌めくような思い出だ。

4048738429ミュージック・ブレス・ユー!!
津村 記久子
角川グループパブリッシング 2008-07-01

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 ≪津村記久子の本に関する過去記事≫
  『婚礼、葬礼、その他』(2008-07-13)
  『カソウスキの行方』(2008-08-05)
  『君は永遠にそいつらより若い』(2008-08-12)


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2008.08.12

君は永遠にそいつらより若い

20070318_013 社会生活において難なく暮らしているように見える人だって、大なり小なりこころの痛手を抱えている。どこかいびつに歪んだ視界に入ってくる光景は、その歪みすら気づけないほどに痛みの根を張りめぐらせ、しばしばわたしたちを苦悩の渦に巻き込んでしまう。そうして、幼少期に受けた傷というものの根深さを、広い意味合いでの暴力というものに対する怒りを、津村記久子著『君は永遠にそいつらより若い』(筑摩書房)を読んで、改めて感じた。すべてがフィクションとは思えないほどにリアリティを感じさせる、気怠くも、衝動に突き動かされる日常を描いた物語展開と、そのタイトルの意味するところを理解した後、読後感は予想外に胸の奥底にずしんときた。

 主人公ホリガイは、身長175㎝と大柄な上に22歳にして処女。そんな彼女は、自分のことを“「陽気なポチョムキンでええす。どなたか暇な方、五千円でよろしく」などと無駄に元気に言って、そこそこのさめた笑いをとりたい”などと、自嘲気味に語る。周囲の学生たちよりも早々と就職先も決まって、後は卒論に取り組むだけ、という身分だが、彼女なりに明るくも苦悩していることが伺える。それは、彼女が児童福祉の世界に飛び込むことになったきっかけにも関係している。また、彼女を取り巻く友人たちも、それぞれに歪な形で苦悩しており、個性的な面々が揃っている。中でも、後輩であるイノギさんとの出会いは、彼女にとって、大きな転機となってゆく。

 この物語の前半部分で示唆しているように、人との出会いは本当に運命的なものだ。ささやかなきっかけで急接近することもあれば、自然と薄れてゆく縁もある。ぷつりと途絶えることだってある。そんな数え切れないほどの矛盾を抱えつつも、人は日々出会いと別れを繰り返してゆくのだろう。後半部分になればなるほどに、人々の抱える“暴力”や“憎悪”といった闇の部分が露呈してくるわけだが、それでも筆致は痛快なほどさらりと描かれていて、淡々とすらしている語りだ。虚しいくらいの、僅かばかりの暴力に対する抵抗は、その後どう解決するのか。わたしたちに残されている手段は、ほんの少ししかないのか。こころの痛手を抱える一人として、それを強く知りたいと思った。

4480803947君は永遠にそいつらより若い
津村 記久子
筑摩書房 2005-11

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 ≪津村記久子の本に関する過去記事≫
  『婚礼、葬礼、その他』(2008-07-13)
  『カソウスキの行方』(2008-08-05)

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2008.08.05

カソウスキの行方

20080704_013 人を好きになる瞬間というものが、わたしは今イチわからなくて戸惑うことがある。いや、言い変えよう。好きになってもいい、という瞬間がわからないのだ。いつだって、まるで逃げ水のように、遠くから見れば近くに見え、近づけば遠のいてゆく感じなのだ。好意を持たれたからこちらが近づいてみると、そういう意味じゃないなんていうふうに言われたりする。もちろん、持ちつ持たれつの人間関係でもあるから、しかたないと言えばそれまでのこと。津村記久子著『カソウスキの行方』(講談社)は、そんなわたしに通ずるものを感じさせる物語が収録されている。そして、この著者の作品はどこか孤独さえ痛快に描き、そのはっとするほどのディテールの細かさにうっとりするのだった。

 表題作「カソウスキの行方」。理不尽な理由から、辺境の地にある倉庫係へと左遷されてしまった28歳の独身女性のイリエ。憂さ晴らしするような場所もないような土地で、自分を支えるすべは、誰かを“好きになったことを仮定してみる”こと。つまり、タイトルにある、“カソウスキ=仮想好き”へと繋がってゆくわけである。それも消去法で、身近にいる同僚へと自然と目が向く。彼に対する無理やりな思いは、興信所ごっこのようなものであるにしろ、仮にも好きでいることにしたのだから…と、律儀にノートに情報を収集してゆくのが何とも可笑しく、悲しくもある。決して嫌いじゃないけれど、嘘でも好きですとは言えない。あくまでも自分の中に留めておく。自分に正直な主人公には好感が持てる。

 年頃の友人たちが次々と結婚してゆく中、取り残されてゆくのは寂しいものだ。イリエも左遷されたものの、本社にすぐに戻れることを期待して、借りている部屋をそのままに、はじめは友人の部屋に居候していた。その友人とは、過去の恋愛の痛手から、将来ルームシェアすることすら考えていたほどの間柄。友人の突然の結婚決定の後、会社が契約しているアパート暮らしに関する描写は、主人公にたびたび孤独死を連想させるほど寂れたものだ。一人暮らし経験のある者なら一度は感じるそれ、である。仮想することでイリエが置かれた日常と折り合いをつけたように、誰しもどこかで自分を必死に支えている。そう仮想することで、わたしは今後を繋ぎ止めたい。逃げ水に惑わされるのはわたしだけじゃないと。

 他に収録されている「Everyday I Write A Book」は、上司の嫌がらせに、ちょっと気になっていた男性の結婚、その男性がデザインした販促キャラクターの氾濫、その妻のブログに記される幸せな日々、いくら食事に誘っても断らないくせに必ず22時きっかりに帰宅するオサダとの微妙な関係などに、しだいに追いつめられてゆく主人公の話。「花婿のハムラビ法典」は、結婚するにあたっての回想録。振り回されるだけ振り回される主人公の男性は、ある日を境に恋人から受けた不義理を数値化して、“目には目を”として仕返しするようになるものの、結婚に至るのだ。こんな結婚で大丈夫?と少々心配しつつも、やはりこれもまたひとつの折り合いのかたちなのだなぁと思った。どちらの物語も、何とも痛快である。

4062145375カソウスキの行方
津村 記久子
講談社 2008-02-02

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 ≪津村記久子の本に関する過去記事≫
  『婚礼、葬礼、その他』(2008-07-13)

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2008.07.13

婚礼、葬礼、その他

20070514_010 たいていの人々が自分のことばかりにかまけている。そうして、誰かに重たい荷物を背負わせて、そ知らぬ顔であぐらをかいているのである。その誰かとは、あなたかもしれないし、わたしかもしれない。いつ何時、それを背負わされるのかわからないのにもかかわらず、今日ある日々に安住する。それが、いつまでも続くと思っているのだ。津村記久子著『婚礼、葬礼、その他』(文藝春秋)には、まさにそんなわたしたちの重荷を背負わされてしまったかのような、苦悩に苦悩する女性の物語が展開する。休暇のはずが結婚式に、そうかと思えばお葬式に…と大忙しなのである。また、他に収録されている「冷たい十字路」は、ある事故を軸とした物語を通じて、日々の忙しさにかまけて自分のことばかりに夢中になるわたしたちを一喝するかのような、じわじわとした余韻を残す物語である。

 表題作「婚礼、葬礼、その他」。人を呼ぶことはできなくても、呼ばれることはできることだけが取り柄の、主人公ヨシノ。彼女はせっかくの休暇に旅行に行くはずが、友人の結婚式(しかもスピーチ&二次会の幹事)に出席することになる。だがその最中、上司の父親が急死。葬式へと向かうことになってしまう。ここで彼女の脳裏には、旅行よりも結婚式が強くて、結婚式より強いのはお通夜…という図式が成り立つことになる。思えば、人は誰がどんな予定を立てていようがいまいがお構いなく、死ぬときは死ぬのだ。けれど、彼女は顔も知らない人の葬式に出席しながらも、疑問を抱かずにはいられない。本当に優先すべきことは何なのか。自分は一体ここで何をしているのか、と。

 ここでは必要とされていない。それでもいなくてはならない。その奇妙な立場の主人公の思いが、切々と紡がれてゆく。葬儀場での修羅場や裏事情、ぐだぐだだったらしい結婚式の様子、主人公のひやひやものの長過ぎる一日がぎゅっと濃縮されているのである。そうして、ときには亡き祖父母を思い出し、葬式の参列者を見てはいつか見た光景を思い出す。生きているということ。死んでしまうということ。その境界さえ曖昧になるほどに、涙を流したりもする。決して、哀しいのではないのに。その混乱。その葛藤。生きているわたしたちには、死ぬという感触はきっと死ぬまでわからない。だからこそ、愛おしいその混乱。その葛藤。この忙しなく生きる今、一瞬一瞬が大事なのだろう。

 もうひとつ収録されている「冷たい十字路」。忙しなく同じ道を同じ時間帯にすれ違う人々のことなど、わたしたちのほとんどが気にしないだろう。覚えていたとしても、それはほんの数時間か数日のこと。物語は、そんな中で起きたある自転車衝突事故を軸にして展開し、一見事故とは関わりのなかった人々が点と点で結ばれてゆく。だが、ここで露呈してゆくのは、わたしたちが日頃自分のことばかりを優先しているという、紛れもない事実である。たかがありふれた事故。されどそこに秘められたわたしたちの内情というものに、はっとさせられずにはいられない。だが、何を疑問に思ったところで、その歩みを止めることは難しい。それが厳しい現実で、わたしたちの置かれた今だ。

4163272607婚礼、葬礼、その他
津村 記久子
文藝春秋 2008-07

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