42 長谷川純子の本

2007.06.30

孤独のいいなり

20070624_003 ずるずると引きずり込まれるようにして、闇の中にとぷんと浸かってしまった。闇は人を呼ぶ。人は闇を呼ぶ。そんなふうに孤独とあっさり絡みがちなわたしは、気がつけばもうどっぷりと世の中の闇というのを知ってしまった心地になる。もう若くない。いや、まだ若い。そんな些細な揺れまでも、闇は放っておいてはくれないのだ。長谷川純子著『孤独のいいなり』(幻冬舎)は、まさに闇が人を呼び、人が闇を呼ぶ物語である。適齢期を過ぎた、平凡な女であること。穏やかな生活と恋愛を望みつつも、危険に満ちた世界に憧れること。どうしたって癒されることのない孤独を抱えていること。女性ならではの心の揺れが鮮明に描き出されているのだ。

 ごくありふれた35歳の平凡な女性、真弓子。彼女は半ば強引に紹介された出版社で、風俗店の取材をすることになる。そこで、グンジョーという男性に出会い、彼の策略にはまり、運命を狂わされていく。その、どこまでも堕ちゆく様がなんだかとてもリアルでぞくぞくとしてくる展開だ。この真弓子という女性、一人暮らしの独身女性にありがちな、深い孤独を抱えている。その闇につけ込むかのごとく、グンジョーらが登場し、彼女を日々悩ませる。彼女の場合、過食嘔吐にはしることが、唯一のストレス発散であるが、繰り返されるこの孤独な作業は、あまりにも切なく苦しい。さらに、それほどまでに苦しいのにもかかわらず、誰かに甘えることを知らないの真弓子である。

 こうして書いてゆくと、絶望的な物語のように思えてくるが、救いを思わせる展開が待っている。けれど、これが果たして本当に救いなのかどうかが、曖昧にぼかされているため、読み手の判断によるのだろう。ここで言うところの曖昧さは何とも心地よく、しばし深い孤独の闇に浸っていたわたしだ。まさにタイトル通りの、“孤独のいいなり”である。闇は人を呼び、人は闇を呼ぶ。そして、孤独は触れた途端に伝染する。そうして、ずるずると引きずり込まれるようにして、闇の中にとぷんと浸かってしまうのだ。“孤独”と一言でいっても、その深みは果てしなく、人を死の淵まで追い込む力がある。だから安易に人の孤独には触れてはいけない。きっと呼ばれてしまうから。

4344011112孤独のいいなり
長谷川 純子
幻冬舎 2006-02

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2006.12.18

発芽

20051124_44105 心の奥底にひょっこり芽吹いた切なさをひた隠しにして、わたしたちは日々を生きる。いや、生きざるを得ない。誰かが切なくても時間は流れを変えないし、うつむいた先にあるのは、自分とよく似た存在だけだったりするのだ。悲しくも、これが厳しい現実というもので、どうにもこうにもやるせない。でも、やっぱり生きるしかないと思わなくてはならない。長谷川純子著『発芽』(マガジンハウス)は、そういう切なさを身に染みるように、きゅうんと伝える一冊である。特に女性にとっては、なかなか痛い部分を突いてくる。嗚呼、これこそ女の悲しき性ではないか、と。妙にリアルで、でもリアルじゃなくて、なんとも不思議な世界が描かれている作品である。

 表題作の「発芽」。これはある日突然、極めてデリケートな部分が発芽してしまう女性の話である。酔った勢いで不埒なことをしてしまった罰なのか何なのか、引き抜こうとすれば、とてつもない痛みが全身を貫く。こんな現象あるわけないでしょ…なんて読んだらいけない。発芽している当人にとっては、かなり深刻な悩みなのだ。誰にも言えない。かといって相談所に駆け込んだところで、どうにかなるものでもない。場所が場所だけに、その深刻度も増すというものだ。けれど、発芽したからには、成長するわけで、それを受け入れた先から、彼女の中で何かが変わり始めるのである。清々しいほどに。けれどやはり、読後に残るのは、何とも言えない切なさだった。

 続いては「愚天使昇天」「無精卵」「観覧車」。どの物語にも共通するのは、今置かれている場所を棚に上げて、理想のかたちを夢みているところ。理想というものは、理想化すればするほどに大きくふくらみ、自分の都合のいいかたちへと変化するもの。物語の主人公たちは皆、それをよく知っているはずなのにもかかわらず、厳しい現実から目を背けるように、理想のかたちに溺れゆこうとする。それにすがってでも、生きようともがき足掻いているのである。その切なさは、いつまでたっても大人になりきれない夢みる少女のようでもあり、夢と理想に諦め悪くしがみつく醜態にも思える。けれど、みっともないからこそ、彼女たちはリアルであり、どこかリアルでないのだ。

 この作品の中で印象的なのは、なんといっても切なさと孤独さだろう。誰かにすがるわけでもなく、誰かに寄り添うわけでもなく、半ば諦めつつも一人きりで生きようとしているところである。いくらみっともなくても、いくら夢みようとも、いくら理想に溺れようとも、芯にあるのは女性特有の強さみたいなものである。それは同時に、悲しき女の性でもあるけれど。一人で生きるということは、そういうことなのだろう。つまりは、みっともなく夢を見て理想を追い求める。これこそ、女たるもの。人間たるもの、なのかもしれない。そんなふうに思わされたわたしは、もっと醜態を晒してでも怖がらずに前へ前へと進まねばならないとさえ思うのだった。

4838715129発芽
長谷川 純子
マガジンハウス 2004-05-20

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2006.12.05

はずれ姫

200612001_002 はずれくじも積もれば、いつかはあたりになるものだ。なんてことを誰かに教えられた気がする。それともわたしの中の観念的な思いだろうか。今となってはわからないけれど、どこかでいつの日かあたりくじを引くことを待っていることだけは、確かかもしれない。わたしは本質的にそんな、甘い人間であることを認めざるを得ない。長谷川純子著『はずれ姫』(新潮社)は、まさにそんなわたしにしっくり馴染む作品で、むさぼるようにして読み耽った一冊だ。はずれくじ的人生を生きる女と行き場のない男。その哀しみを切なく描く五つの物語は、染み入るように心の中を浸してゆく。どの物語もひとつの恋が終わったような余韻を残しつつ、ひたひたと音を立てる。

 表題作「はずれ姫」は、葉桜に魅せられた中年男性の、やり場のない日常を描く。同時に、美しくも孤独な女性の深い哀しみをも描いている。満開の桜よりも葉桜の清楚なところに惹かれる男は、家族に虐げられ、一人ひそやかに葉桜を見つめ、淫らな妄想に耽るのだった。そんな頃、一人きりで名曲バーを営む女性と出会い、彼女との密なる時間を過ごすことになるのである。そう、彼女こそが“はずれ姫”。美しいのに、気だてもいいのに、誰もが彼女から去ってしまう運命にあるのだった。待ち続ける女。その哀しみに男は惹かれ、やがておしまいには去る。けれど、彼女はきっと、そうやってこれまで歩んできたのだろう。そして、これからも歩んでゆくのだろう。そう思わせる。

 続いては、「ナッちゃんの豆腐」。これはまさに、“はずれ姫”の中の“はずれ姫”である。世間を知らずに一人きりで店を切り盛りする孤独なる女の性を、ひしひしと感じさせる物語である。彼女は何も知らない。あまりにも知らない。何しろ、長い間、ほとんど店の中で働き続ける人生だったのだから。しかも美しいわけでもなく、その存在感すら薄い。彼女の素性を知る者もいなければ、店が繁盛しつつも彼女にかまう誰かもいない。それでも、豆腐を見つめる彼女の中には、いろんな妄想が膨らむのであった。いつか、この店を出てゆく日が来るかも知れない。いや、そんな日が来るなんてあり得ない…その二つの思いの狭間で揺れつつも、自分の身の丈をしっかりと保っている。

 どの作品にも通じる“はずれ姫”的な人生。それは、どこかリアルでリアルじゃない。けれど、どこか救われる物語たちなのだ。それはきっと、わたし自身の中に眠る何かが、作品たちに共鳴したからでもあるし、はずれ姫的な人生もなかなか悪いものでもないと思わせてくれるからである。ただし、やはりはずれ姫的人生というのは、どうしても孤独や虚しさがつきまとう。哀しみは何よりも大きくのしかかる。人は皆、結局は独りぼっちなのかもしれないが、それでも待ち続けるのは、あまりにもしんどいことであると教えてくれる。それでも、待とうじゃないか。待ってみせようじゃないか。今のわたしは強がって、そんなことを勢いにまかせて思うのだけれども。

4103011718はずれ姫
長谷川 純子
新潮社 2006-08-19

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