37 中島たい子の本

2010.01.19

結婚小説

20090615_046 はみ出さないように。はみ出さないように。そうやって、どこかかたちにとらわれているわたしたちがいる。自分の選択をかたちに押し込めることで、ほんのりと安心感を得たつもりになる。自分らしい選択をしないままに、何気なく流されてゆくわたしたち。はみ出さないように。はみ出さないように。そう言い聞かせては、自分を封じ込めて楽なほうへ流されてゆくのだ。中島たい子著『結婚小説』(集英社)は、かけがえのないたった一人の人と出会えた幸せを、“結婚”というかたちに当てはめないで、自分らしい生き方を探る主人公の物語だ。自分のために生きること。誰かのための生きること。そして、誰かによって生かされていること。めぐりめぐる思いを貫いて、自分自身を見つめ直してゆく。

 “結婚小説”を書こうとしたものの、潜入した蕎麦打ち合コンで急性蕎麦アレルギーになり、取材どころではなくなってしまった小説家の貴世。けれど、そこで出会ったある男性も実は取材で参加していた映像作家であることが判明。意気投合した二人は付き合うようになり、急展開。やがて結婚が見え始める。とんとん拍子に進行してゆく笑いを誘う物語の中に、考え込ませる言葉が隠れているから侮れない。“結婚”イコール、ハッピーエンドという図式への貴世の問題提起は、彼女の周囲の人々の思惑に反して、どんどんふくらんでゆく。闇雲に結婚を考えるほど浅はかでもなければ、結婚というハッピーエンドで終われる人生でもない。結婚から続いてゆく道を、歩いてゆかなければならないのだ。

 かけがえのないたった一人の人と出会えた幸せ。その幸せを“結婚”というかたちに当てはめることへの疑問。“愛するのは自然なこと。頑張ることではないわ”フランス人のパックス(結婚していないカップル)の女性が物語の中でいう。フランスでは、パックスでも結婚している場合と同じように国から子育て支援が受けられる。最近では、生まれる子どもの半数以上がパックスの子どもだという。経済的な意味でも、社会的な意味でも、先進国でありながら、カップルのかたちを自由に選ぶことが難しい日本の現状があるのだ。けれど、それだけじゃない。わたしたちの根底にある思いが自由な選択を恐れている気がしてならない。愛することは自然なこと。でも、自然のなりゆきでは生きられない。

 誰かを愛して結ばれる。それだけのことに終わらない現実。だからこそ、わたしたちはありふれた女になり下がる。はみ出さないように。はみ出さないように。そうやって、どこかかたちにとらわれている。自分の選択をかたちに押し込めることで、ほんのりと安心感を得たつもりになる。自分らしい選択をしないままに、何気なく流されてゆく。はみ出さないように。はみ出さないように。そう言い聞かせては、自分を封じ込めて楽なほうへ流されてゆくのだ。自分のために生きること。誰かのための生きること。そして、誰かによって生かされていること。その循環の中で、わたしたちはこの先続いてゆく道を、歩いてゆかなければならない。許されるかぎりを尽くして。ありふれた女なりに尽くして。

4087713253結婚小説
集英社 2009-12-04

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2007.10.20

この人と結婚するかも

20070802_028 どきりとする。そうしてそれが、完全なるドキドキに変わるまでもなく、すぐさま思っている。“私、この人と結婚するかもしれない…”と。けれど、そのひらめいた可能性を行動にうつすわけではない。結婚を焦っているわけでもないし、早々と独身を貫こうなどと決めているわけでもない。これが、中島たい子著『この人と結婚するかも』(集英社)の表題作の主人公だ。少し奥手で、夢見がちで、微妙な年頃の。そんな複雑に揺れる現代女性の心理を描いている今作。著者の作品はこれまでずっと読み続けているが、今回は専門的な話が少なかったせいか、さらに読みやすい作品になっているように思う。他に男性版の勘違いを描いた「ケイタリング・ドライブ」を収録。

 主人公の“この人と結婚するかも…”的勘違い。読んでいてとても微笑ましかった。この人かも、あの人かも、はたまたそちらの人か…。些細なことにどきりとして、どきまぎして、なんだか妙に緊張してみたりして。たとえそれが一瞬のことであろうとも、誰かのことを懸命になって意識する。そういうときめきみたいなものが、たまらなく懐かしく愛おしかったのだ。こういう感覚、こういう心持ち。もしかしたらわたしは、ずいぶん長いこと忘れていたのかもしれない。主人公の行動や言動のひとつひとつに、今の自分の意識に欠けているものを、教えられたように感じたのだった。そして、思う。もっと、ときめきを。もっとどきどきを、と。

 他に収録されている「ケイタリング・ドライブ」は、「この人と結婚するかも」の男性版と言うべき内容の作品だ。“結婚”という発想にまでいかないあたりが、男女間の差なのかもしれないが、“もしかして俺に気があるかも…”と繰り返し主人公は思うわけである。その勘違いというべきか、女運のなさは、なんともあっぱれな感じがする。いや、彼の周囲にいる、気のある素振りを見せる女性たちが悪いというべきだろうか。同じ女性としては、少々心苦しさを覚えつつ…。主人公は車を走らせながら、“どうしてあの子は自分ではダメなのか”と長々と語るわけだが(しかも寄り道して目的地になかなか着かない)、その女々しさもやはり愛おしかったのだった。

4087748731この人と結婚するかも
中島 たい子
集英社 2007-09-05

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2007.05.13

建てて、いい?

20070414_028 ひとつさがして、ほろり。もひとつさがして、ほろり。居場所を求めるがゆえに、ほろりほろりとくる。それはきっと、わたしもどこかしら自分の居場所を欲しがっているからなのだろう。そんなことを痛感させられた、中島たい子著『建てて、いい?』(講談社)。30代の独身女性が“家を建てる”というシンプルなストーリーの中に、ぎゅっと濃縮された女性ならではの細やかな視点が、実によく効いている作品だ。周囲に振り回されて、複雑に揺れる心は、居場所が欲しいと願っている。けれど、居場所イコール家というものなのかが曖昧なまま、家造りへと突き進んでゆく主人公。一体どんな家ができるのか。読み手側まではらはらしながら読む1冊だ。

 この著者の魅力と言ったら、物語の出だし。この作品では、階段から落ちてしまうところから、はじまる。家を建てることに全く関心のない読者を、一気に巻き込んで確実に引き込んでゆく。そして、30代の独身女性の世間的なイメージをうまくデフォルメして、繊細なタッチで描いてゆくのである。「40までに結婚しよう」という思考が、「家を建てよう」となるまでの主人公の日常、人柄、これまでの日々、すべてを網羅し、親しみを感じさせている。そこへ、ほろりとくるような出来事が散りばめられてもいるから、さらに愛しさが増してくる。そうして、彼女と自分を重ねてしまう自分自身に気づいた頃には、物語にどっぷりはまってしまっているのだ。

 主人公が求めているのは、いわゆる自分の落ち着ける“居場所”。けれど、その心を本当に満たすのはなんだろうか…と考えたときに、このシンプルな物語に深みが感じられるのではないかとわたしは思っている。ひとつさがしても、もうひとつ欲しくて。でも、欲しいと思ったからといって、必ずしも手にすることはできなくて。人の求めるものというのは、なんとももどかしくて、ほんとうに儚く淡い夢のようなものだったりする。“家を建てる”つまりそれは、ほんの通過点に過ぎない。彼女はきっと、家を糧として生きてゆくはず。まさにこれからがはじまりだ、と感じさせる結末は、わたしたちにほのかな希望を与えてくれているような気がする。

4062139383建てて、いい?
中島 たい子
講談社 2007-04-06

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2006.04.11

そろそろくる

20050409_003 次の波が来るまでに、私はその激しさを忘れてしまう。何度も何度も繰り返し押し寄せる波に、あんなにもじっと耐えたというのに。私はちっとも学習できずにいる。一生のうちに500回もあるというソレに対して、嫌悪以外のものを感じられないことは、心貧しいだろうか。不幸だろうか。PMS(Premenstrual Syndrome 月経前症候群)を題材として描かれた、中島たい子著『そろそろくる』(集英社)を読みながら、ついそんな思いをめぐらせていた。個人差はあれど、なんとも言い難いあの疼きと眩暈などの諸症状はとてつもなく煩わしい。それらが何らかの目的や手段としての付属でないならば、絡みつく思いはさらに高まる。無闇に苦しいだけの厄介なモノ。無駄にやってきては繰り返される、動物的なモノ。女という生き物に付きまとう嫌悪のかたまりである、と。

 物語は、主人公がゆで玉子と格闘しながら、いわれのないイライラを隠せずに自分自身を責めている場面からはじまる。ゆで玉子すら、満足にむけない女だと。ひとりきりだと。やたらに腹が立って、なんだか妙に悲しくて、嗚咽しながら泣きじゃくって、それなのに無性に何かを頬張りたくて、いつのまにか深い眠りに落ちてしまう。おまけにお腹まわりは、ぽっこりとちょっとした妊娠状態みたいになったりもして…(そこまでは書かれていないけれど)PMSとまではいかないにしても、こういうことにうんうん頷く女性は多いのではないかと思う。過剰に頷いてしまうほどの人がいれば、全く縁遠い人もいることに、不公平さを思いつつ、私自身もつらいゆえ、主人公の不安定さに共鳴してしまった。

 30代。独身女性。仕事、まあそこそこに。夢見ていたこと、あったかな。恋愛、なんとなく離れがち。家族、もう私には期待していない気がする。友だち、少し遠慮しているんじゃないだろうか…主人公はそんな人。友だちからPMSのことを教えられ、自分自身の抱えるモヤモヤを意識しはじめてゆく、という展開。もちろん、PMSだけのことではない。絵を描くことを仕事としている主人公は、本当に描きたいもの。自分らしい絵というもの。誰かと寄り添うということなどなど、ゆっくりだけれど彼女らしく、考え、悩み、進んでいく。ときには、立ち止まりながら。後ろへ戻りながら。彼女が悩めば悩むほど、迷いあぐねれば迷いあぐねるほど、リアルな人物像が出来上がってゆくような気がした。

 この物語の中で印象的だったのは、姪っ子の寝顔を見ながら“大人になるほど色々なことができるようになるけれど、それを上手くできる人になれるかは、また別だ。リンゴの皮がむけるようになると同時に、リンゴの皮をむくのがヘタな人にもなってしまう”という言葉。何事においてもそうであると認め出すと、キリのないところに迷い込んでしまうような言葉だ。大きくなんてならないほうがいいことは、世の中にたくさん溢れている。だけれど、小さいままではいられない。月日は勝手に過ぎてしまうし、そういう積み重ねで人は生きてゆくのだろう。学んでも学びきれないことを、誰もが抱えながら。もうすぐ押し寄せる波に、ほんの少し怯えながら。きっと、あなたもね。私もね。

4087747999そろそろくる
中島 たい子
集英社 2006-03

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2005.02.01

漢方小説

gulensetuzoku 救急車で運ばれるところから始まる小説って、どんなだろうという好奇心から読み始めた中島たい子著「漢方小説」。南伸坊氏の装丁・装画もシンプルで温かくてなかなかいいし、第28回すばる文学賞受賞作品である。気になる。気になって仕方ない。

 胃薬を飲んで全身がふるえだしてしまい、救急車で運ばれたものの、原因がわからずに病院を転々とする主人公。保険証のカバーに書かれている『病院などを転々とすると、一貫した治療が受けられなくなり、病気の回復を遅らせる場合がありますので気をつけましょう』を『国民の健康のことなんか本当はどうでもいいんです。とにかくやたら医療費を使うな』と解釈してしまうところがおもしろい。検査結果は異常なしで、30過ぎの女がぐたぐた言ってる時点で医師たちがはなから相手にしてくれないのでは…と思ったり、3分診察に苛立ったり…ちょっと待った、この被害妄想じたいが病んでいるのだろうか。医師たちが遠回しに言うように、やっぱりイカれているのは体ではなくて精神の方か?「最近なにかストレスを感じるようなことがありませんでしたか?」の問いにもいぶかしがる主人公。真顔で聞くようなことだろうか?と。ストレスを感じない日など1日もなく今まで生きてきた。逆に人間からストレスを奪ったら、一体何が残るのだろう?心療内科やカウンセリングに行ってそれを始末してこいと言うのは、自分の一部を捨ててこいと言われているように聞こえるなどなど…

 ふと主人公は思い出す。子どもの頃から喘息持ちで、漢方医に通っていたことを。東洋医学という選択肢が残されていたのだと。そして、いざ行ってみると病院の先生は予想外に若く「どうしました?」と聞かれて「どうしたもこうしたも、何でその若さで現代医療に背を向けて漢方なんですか?」と聞きたくなる主人公。しかし、西洋医学ではそろって首をかしげられたのに、東洋医学では特に珍しくもないという表情で迎えられ、不安が肩から抜けていくのを感じ、頼もしく先生の声が聞こえてきてしまう。民間療法などの実証主義はわかるけれど、東洋医学の陰陽ナントカは、結局は跡付けじゃないかと友人に指摘されたりもするが、こじつけで治るのは結果的に2000年の臨床治療があることなのだろう。けれど、西洋医学というお手本がある以上、どうしてもそれはうさんくさくなってしまう。漢方治療をする若い医師は「病気によっては西洋医薬でバーンと治しちゃった方がいいのもありますけどね」と言ったり、検査結果をチェックしたりもする。バーン?と思うものの、東洋と西洋を臨機応変に使い分ける先生の診療にときめいてしまう主人公。口には出さないが、(先生の)笑顔がもうドキューンな…などと。

 私たちは、何かに頼るのはいけないことで、自分の力だけで本来は生きていかなくてはいけないと主人公のように思ってしまっているところがある。病気がよくなって薬を飲まない日が来るかもしれない。医師に診療してもらわない日が来るかもしれない。そうしたら、また自分の力だけで生きていかなくてはいけない。そして、それは厳しい現実でもある。

 喜びは悲しみに勝ち、悲しみは怒りに勝ち、怒りは思いに勝ち、思いは恐れに勝ち、恐れは喜びに勝つのだそうだ。主人公は、これらの言葉に自分を振り返ってみる。あれこれ思い悩んでいたけれど、それは病気という恐れを自ら克服しようとしているからだと。「変化を恐れない自分になりたい」のではないだろうかと。治療を機に東洋医学について学んだ主人公が何だかたくましくなったように思える後味の本であった。

4087462560漢方小説 (集英社文庫 な 45-1) (集英社文庫 な 45-1)
中島 たい子
集英社 2008-01-18

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