34 太宰治の本

2009.06.03

津軽

20090422_042 これは随筆なのかフィクションなのか、ううむとしばし悩み込む。新風土記を書くために故郷である津軽を旅した<私>は、旧友や家族、育ての親など懐かしい人々との交流を経て、<津軽人>としての自分を再確認する…という内容の、太宰治著『津軽』(新潮文庫、岩波文庫)。紀行文の体裁をしているものの、おしまいに描かれる育ての親である乳母との再会までの道筋や、津軽各地の地理や雰囲気をつかみつつ、親しい人たちの中で自分の立ち位置を浮き彫りにする構造は、紛れもなくフィクションのものと言えよう。けれど、太宰そのものを思わせる人間性や様々なエピソードは、生粋の津軽人である太宰治という人そのものであり、そのルーツをたどってさまよう、素の一人の男の姿のようにも思えてくる。

 本編は5つの章に分かれており、東京から青森の到着の夜までを描いた「巡礼」。中学の同級生N君のもてなしにゆったりとくつろぎつつ、外ヶ浜の豊かな恵みを思い、<私>を慕う人々と語り合う「蟹田」。蟹田から別の町へ移動する最中、酒の調達に嬉々とする姿や思わず買ってしまった酒のつまみの鯛の無残な結末が面白い「外ヶ浜」。津軽の歴史がやけに丹念に紹介され、いよいよ金木の生家を訪れる<私>が、家族や親戚たちとピクニックに出かける「津軽平野」。<私>が今の自分を培ったものを見出す「西海岸」では、ふと立ち寄った先々で生家に縁のある人々と出会う。育ての親である乳母との邂逅は味わい深く丁寧に描かれており、愛を追及したこの旅の象徴とも言えるだろう。

 愉快に弾むような語り口からは、溢れるばかりの郷土愛が伺えるし、自虐的ではあるけれど、自分を含めた津軽の人々を客観視しつつ、愛情を込めて笑い飛ばしてしまうかのようである。そういう感覚は、なかなか持てるものではない。故郷というものに対する何らかのしがらみ、鬱屈、卑屈にならざるを得ない記憶…そういったものが大概蠢いているからである。太宰自身は旧家に生まれたことを生涯引きずっていたらしいが、この『津軽』を読んだ限りでは、そういったことがあまり感じられない。それほどにからっとしたタッチで描かれているのである。ただ単純に「津軽が好きです」とか「私は津軽人です」という堂々とした屈託のない深い思いが表れているように感じるのだ。

 また、この旅において、洒落者であるがゆえに、誂えた背広でもなく和服でもなく、ぱっとしない色褪せた紫色の作業着で出かけてゆく<私>。それはある種の照れくささからくるものだろうか。そして、何と言っても、<私>もその友だちも戦時中にもかかわらず、お酒を呑みまくる呑みまくる。そして、すごく些細なことに対してムキになるのが可笑しい。津軽人流の過剰なサービス精神にも恐れ入ったし、その性分には後々の反省も含まれていたりして、何とも憎めない感じなのである。そうして、そんな珍道中の締めくくりとも言うべき、乳母との再会のシーンがしんみりくる。自らの育ちに足りなかったものとはこれなのか…と思い当たる部分では、じんわりと込み上げるものがあった。

4101006040津軽 (新潮文庫)
太宰 治
新潮社 1951-08

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4003109058津軽 (岩波文庫)
太宰 治
岩波書店 2004-08-19

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2007.09.02

アスピリンの恋

20070901_051 乙女ながら愛や恋に疎いわたしは、その移り気ゆえに、愛は幻想のまま、恋に恋するままがいい…などと日々考えている。かたちない想いに縛られてしまうのならば、いっそ何も叶わずに夢見心地でいたいのだ。これは憶病で勝手気ままな者の発想でしかないが、既にかの弾けるようなときめきなるものがない今、言い訳を繰り返すしかないだろう。今回、生涯恋を終わらせることのできなかったという、太宰治著『アスピリンの恋』(飯塚書店)を手に取り、文豪の真面目な恋愛論にふむふむと頷きつつ、その深みにはまった。これは「駈け込み訴え」「チャンス」「斜陽(部分)」「太田静子宛書簡」を収録した、テキストとイメージが響き合う文学アートブックなる一冊である。

 まずは「駈け込み訴え」。これは聖書をモチーフに、ユダがイエスを裏切るまでを描いた物語である。ユダの内面を通して、その一部始終とイエスへの切なる思いを綴っている。それはまさに恋にも似た感情であり、常に片想い的な満たされない想いは、やがて裏切り行為へと繋がってゆくのである。物語はユダの葛藤、言えなかった言葉たちなど、淡々と語られる聖書の裏に潜む人間の苦しみを顕わにしてゆく。小心者で、どこか憎めなくて、それでいてやはり罪人は罪人で、苦悩の人で。著者がそんなユダに心を寄せたのは、きっと同じ人間としての匂いを感じ取ったからなのだろう。聖書時代も、昭和時代も、いつの時代にも通ずる想いは必ずどこかにあるに違いない。

 続いては「チャンス」。ここで語られる大真面目な恋愛論は、少々ひねくれていて面白い。“恋というものは、チャンスによるものではない”ただそれだけのことを、くどいくらいに真摯に熱く語っているのである。たとえば、声高に恋愛論を語る前に、恋愛に夢中になる前に、恋がしたいとぼやく前に、一読する価値がありそうだ。著者曰く、恋愛とは「好色の念を文化的に新しく言いつくろいしたもの。すなわち、性慾衝動に基づく男女間の激情(省略)」だという。こういう言葉で表現されると、恋愛に疎いわたしはそれだけでくらくらっとしてしまうのであるが、やはりまだ移り気ゆえに、愛は幻想のまま、恋に恋するままがいいなどと思ってしまうのであった。意気地なし。

4752260115アスピリンの恋―太宰治 [iz ART BOOKS] (iz ART BOOKS)
秋馬組★Blaue Blume部
飯塚書店 2007-07-21

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