« 2016年8月 | トップページ

2016年10月

2016.10.30

ジュリアン・グラック本尽くし

20161014_2 10月はジュリアン・グラックの本に埋もれていた。じわじわと魅せられ、いつの間にかはまり込んでいることにはたと気づく、甘美な読み心地の作品たち。逃れられない宿命や、果てる時をひたすら待つその過程、物語自体がシンプルな構成な分、いっそう際立つ隠喩や暗示を魅惑的に用いた文章、訳文の美しさに浸る時間は、私にとって格別な時だった。年々目立ったあらすじのない、とりたてて何も起こらない、そんな物語を求めたり、日記文学に惹かれる傾向にあるせいか、今の心の在り様とジュリアン・グラックの作品は、とても相性が良かった。シュルレアリスムにおさまならない広がりと奥行きを見せる物語世界に、個の文学性を追い求めるジュリアン・グラックの姿も感じられたのは、こうしてまとまった期間に多くの作品にふれられたからのように感じている。良き読書をした。そうまっすぐに言える時が、確かに流れていた。


* * *

■読んだ本についての短い感想

・『アルゴールの城にて』ジュリアン・グラック著、安藤元雄訳(岩波文庫)

 ふいに立ち現れては姿を隠す其処彼処に漂う宿命の気配が、物語を何処までも深く心掴んでゆく。何かが起こるべく足を踏み入れる地、其処に在る城、集う三人。そうして三者三様に抱える思いを押し込めながら、濃密な時が流れてゆく。推し量る以上に呑み込まれた言葉、行き来した思いは、ぶつかる視線の一つ一つ、其処に見る光景、夢想が幾重にも折り重なるように募ってゆく。自分たちがどうなるか知らず、それでも一人一人の内部で起こっていることを予感しながら、静かに本能が蠢く様が、次々胸にきゅっと押し寄せ、物語に溺れた心地になるのだった。

4003751280アルゴールの城にて (岩波文庫)
ジュリアン・グラック 安藤 元雄
岩波書店 2014-01-17

by G-Tools


・『シルトの岸辺』ジュリアン・グラック著、安藤元雄訳(岩波文庫)

 三百年も前から続く、けれど火蓋の切られぬ戦争。長く続くはずのない状況を強いられる虚ろな穏やかさの中、何かが起こるはずだと待ちに待つ日々は、終末の日が訪れ、勝ち目のない最後の戦いの時が満ちることへの欲求を募らせる。自分が何をしたのか、そもそものところの事態の本質をアルドーが全て悟るまでの長き対話は、物語の中でひたひたと押し寄せる恐ろしさを抱かせた。奥深くに満ちる人々の思惑と権威の縮図さえ、まるごと呑み込んでゆく宿命の力が人間の本質を貫かんとする様。それを冷静に語る覚悟の視点には、どこか美しさが漂っていた。

4003751299シルトの岸辺 (岩波文庫)
ジュリアン・グラック 安藤 元雄
岩波書店 2014-02-15

by G-Tools


・『陰欝な美青年』ジュリアン・グラック著、小佐井伸二訳(文遊社)

 それと知っていても、そ知らぬふりをしようとも、どうしたって向かってしまう逃れようもない宿命の影をひたひたと予感させながら、物語が進むのをただただ読むしかなかった。憑かれたように死と近しい者、それにはたと気づいた時には、自分も引き込まれている。そうして、自分の内にある倦怠を意識する以上に見せられる心地になる。止めようもなく、止まるすべもなく、彼はどこまでも彼であり、その淵に立たされ、戻るすべを失くしている。思えば、始まりすら結末を待っていた。眩暈に似た時の訪れは、物語に漂う甘美な死を痛いほど知らしめた。

4892571121陰鬱な美青年
ジュリアン・グラック 小佐井伸二
文遊社 2015-04-30

by G-Tools


・『森のバルコニー・狭い水路』ジュリアン・グラック著、中島昭和訳(白水社)

 待つ静寂と待つ人のいない静寂。物語全体を包む静けさは、ゆっくりと心情に寄り添いながら、その深みと対極にあるようで近しい側面を見せてゆく。始まっているのか、始まっていないのか。戦争の最中にあって、不確かな状況に置かれている猶予の身の心の拠り所となる森の存在、不安の中にも生まれる運命の徴は、“ここが好きなんです”という言葉と共に、突如として危険を孕んでゆくグランジュの心を静かに開いてゆく。果てる一日。そうしてその果てまで。細部に満ちる心は一人静寂に沈んでゆく様すら魅せる。「狭い水路」での記憶の中の静寂も響く。

456004435X森のバルコニー・狭い水路 (白水社世界の文学)
ジュリアン・グラック 中島昭和
白水社 1981-05

by G-Tools


・『半島』ジュリアン・グラック著、中島昭和・中島公子訳(白水社)

 甘悲しい思い出がそうさせたのか、移ろいゆく時がそうさせたのか。待つことの最中に巡らす思いの豊かさに対して、果てる時の先にある空虚に満ちる幸福に、思わず溜息がこぼれた。待ち焦がれ、その瞬間を想像し、目に映る景色にも溢れてくる感情、孤独と幸福の狭間に何度も揺れる心。すべては待ち人が来るまでの時に濃密に繋がり、魅せる「半島」。待つことを主題に置きながらも、現実と期待の入りまじる夢の佇まいと暗示を散りばめた「コフェチュア王」も心彩る濃密な時を巡らす。街道とそこに生きる女たちに思いを馳せる「街道」も刹那の時が深い。収録作品「街道」「半島」「コフェチュア王」。

4560044058半島 ((世界の文学))
ジュリアン・グラック
白水社

by G-Tools


・『ひとつの町のかたち』ジュリアン・グラック著、永井敦子訳(書肆心水)

 自分をつくっていった、ナントの町。読書を通じて目覚めてゆく想像の世界と自分の間に町が及ぼす影響は、寄宿生活の中で物質的な距離を置こうとも、豊かに心に生き続けた。地図の町とは違う、ただ一人の中にある心の中の町の在り様は、ジュリアン・グラックの視線が鮮やかに生きている。何を見て、何を読んで、何を感じ、何を巡らせたのか。その心がどれほど感受性と知識に満ちていたのかを、溢れんばかりに伝えてくる。そうして、ひとつの町と共に変化を続けた人物が確かな手触りで立ち現れ、私の心の中にもひとつの町が在ることを教えてくれた。プルースト、ジュール・ヴェルヌ、コレット、ボードレール、フロベール、スタンダール、バルザック、ディケンズ、ヘミングウェイなどなど多数の文学作品の魅力にも心掴まれる。

4902854015ひとつの町のかたち
ジュリアン・グラック 永井 敦子
書肆心水 2004-11

by G-Tools


・『街道手帖』ジュリアン・グラック著、永井敦子訳(風濤社)

 188もの断章の意識の波間を漂えば、ジュリアン・グラックの心にある風景を、そこに刻まれた数々の記憶を、その夢と現実、長年に渡り培われた文学と日常の狭間さえ、浸り込むほど近くに感じられる気がして、魅惑に誘われながら読み耽った。とりわけ、生涯のうちに費やした読書の時間について巡らせた箇所や、『失われた時を求めて』を端から端まで読み直したからこそ見えてくる真の主題、愛着を持っていないと言いつつも時々開く『陰欝な美青年』のプロローグ、戦時下まさにアメリカに旅立とうとするユルスナールらと過ごした時間が印象的だった。

4892193844街道手帖 (シュルレアリスムの本棚)
ジュリアン グラック Julien Gracq
風濤社 2014-08

by G-Tools


20161022_55janie_2
過ぎてゆく2016年の10月を惜しむように、記録としてここに記す。これからも良き読書を。良き時間を。Thank you for reading.


*

| | コメント (0)

« 2016年8月 | トップページ