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2016年8月

2016.08.28

イーヴリン・ウォー本尽くし

20160726_0janie イーヴリン・ウォー熱が高まって、7月8月、夢中でひたすら読んだ。読むほどにその心を虜にする、イーヴリン・ウォー作品。あきることを知らずに、(物理的な意味合いで)読めるだけ読んだ、現時点の私の思いを此処に。もっと読んでみたい。もっともっと読んでみたい。読むほどにそんな気持ちがわき上がる読書だった。

*

・イーヴリン・ウォー『イーヴリン・ウォー傑作短篇集』 (エクス・リブリス・クラシックス)

 二重三重にも巡らせた皮肉や人間のおかしみが深く後を引き、心離さない。そうしてそれらはときに悲しみを滲ませる。「ベラ・フリース、パーティーを開く」での人生最大の高揚を夢見た果ての混乱や虚しさ、やりきれない死にまで見る滑稽、「ラヴデイ氏のちょっとした遠出」でのひたひたと押し寄せる不気味な狂気に見る正常と異常の狭間の危うさ、「勝った者がみな貰う」での兄に肩入れする母親と兄と弟の構図に根深く横たわる切なる悲しみなど、どこまでも冴え渡る人生の皮肉は、著者自身の人生の成り立ちやその心に在った思いを巡らせ、魅せた。

456009909Xイーヴリン・ウォー傑作短篇集 (エクス・リブリス・クラシックス)
イーヴリン・ウォー 高儀 進
白水社 2016-07-09

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・イーヴリン・ウォー『一握の塵』(彩流社)

 誰が悪いわけでもない。その視点は、穏やかに思えていた暮らしが悲劇の方へ向かおうとも、その中に人間の備えた魅力を感じさせる。善良の人に終わらない。それぞれの報われない愛の中で、そこにある孤独はどうしたって埋まらずとも、関係の破綻さえそのままにしない。運命に足掻こうとする懸命な生き方に、惹きつけられずにいられない。もうひとつの結末が加えられたことで、いっそう人生というものの儚さや、そこにある悲しみは深く感じられる。あったかもしれない人生の濃さの分、やがて誰もが一握の塵になる運命を思って、切なく溜息をつくのだ。

4882024195一握の塵
イーヴリン ウォー Evelyn Waugh
彩流社 1996-10

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・イーヴリン・ウォー『ピンフォールドの試練』 (白水Uブックス)

 声に次ぐ声。姿なき敵。どこまでも翻弄され、心引き裂かれんばかりの嫌悪と憤激がひたひたと押し寄せる。人間の奥深くにある醜さや悪意を顕わにする下等な遊戯の果てにたどり着く物語は、小説家の内面をこえて、著者その人の心の内を近くに思う。何処から何処までその心が耐え得るか。その限界とその果て。思えば、すべては危うくそう在るのかもしれない。ピンフォールド氏に限らず、此処にこうして過ごす誰もかれも皆、多かれ少なかれ置かれている日常、その人生は地続きで足をすくわれる。巡らせばもう、すべての人生は皮肉に満ち、物語になる。

4560071969ピンフォールドの試練 (白水Uブックス)
イーヴリン ウォー 吉田 健一
白水社 2015-01-07

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・イーヴリン・ウォー『回想のブライズヘッド』(岩波文庫)

 人の精神を形作るもの。それを支えるすべ。物語に巡る心に在る苦悩の行方や密やかに根付く信念を感じるほどに、生き方の示す本質を思う。青春の倦怠を伴い、ときに自分を恥じ入り、暗い影を纏ってゆく過程は、どこか破滅へと向かう美意識を抱かせる。思い出されるブライズヘッド邸とその一族の姿は、その始まりはどうあれ、崩壊に至る悲劇の中の一役を語り手も確かに演じていた。“古昔ハ人ノミチミチタリシ此都邑イマハ凄シキ様ニテ坐シ。伝道者曰く、空の空、空の空なる哉、都て空なり”言葉はすべてを語り尽くせなくとも、奥底に溢れる心を思う。

4003227727回想のブライズヘッド〈上〉 (岩波文庫)
イーヴリン ウォー Evelyn Waugh
岩波書店 2009-01-16

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4003227735回想のブライズヘッド〈下〉 (岩波文庫)
イーヴリン ウォー Evelyn Waugh
岩波書店 2009-02-17

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・イヴリン・ウォー『ガイアナとブラジルの九十二日間』 (海外旅行選書)

 ただ旅するのではない。地面を這いずり回ることで知る地方がある。その地に住む人々に流れる血を実感として知るのは、旅で起こる出来事と直面し、出会う人々の生き方を知るゆえなのなのだろう。重ねてゆく経験、その苦労や逡巡が本来の旅の味わいだと、著者は力を込める。そもそもの目的も無きに等しく、地図も役に立たないほどの、ルートの変更に次ぐ変更。予定すらも曖昧なまま、旅の途中で調べを進めるという気の向くままの旅にしては、あまりにも過酷な探検の趣の旅路へと著者を駆り立てたものを巡らせば、何だかすべてが愛おしく思えてくる。

4809907031ガイアナとブラジルの九十二日間 (海外旅行選書)
イヴリン ウォー Evelyn Waugh
図書出版社 1992-05

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・イーヴリン・ウォー『大転落』(岩波文庫)

 罵詈雑言を心の中でつぶやくことすら不慣れなポールが、次々巻き込まれて辿る道が、ユーモアと皮肉を交えて展開してゆく。おかしいくらいに賑やかに、自分を主張して立ち回る周囲の人々に対して、ポールは静の人に思える。成り行きを見守る姿勢は、物語の主人公の位置すら途中危うくなるほどで、そのことまでもつぶさに描いてしまう著者の視点の自由さに、思わず何度もくすりと笑みがこぼれる。気がつけば、どんな状況下にあっても、ポールはポールとしてそこにいる。まるで物語がまだ始まっていなかったように、すべてを受け入れ、佇んでいる。

4003227719大転落 (岩波文庫)
イーヴリン・ウォー 富山 太佳夫
岩波書店 1991-06-17

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・イーヴリン・ウォー『愛されたもの』(岩波文庫)

 イギリス人の経験としてのアメリカ。その視点にある皮肉がいつまでも響く。そうしてそこに“愛されたもの”という言葉の意味する響きの悲哀と儚さが重なる。全体を漂い、貫かれてゆく著者の鋭い諷刺を込めた視点や死生観は、デニス、エイミー、ジョイボイの三角関係をどこか淡く遠くに思わせるほど、色濃く感じられた。すべてはイギリス人であるデニスが感じたアメリカ。サー・フランシスの悲劇は、その一部。端々に登場する詩は、そこに在ることの一部。かつて愛したものを待つ、その時間すらも経験の一部でしかない気がして、切ない余韻が巡った。

4003227743愛されたもの (岩波文庫)
イーヴリン・ウォー 中村 健二
岩波書店 2013-03-16

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・イヴリン・ウォー『ヘレナ』(文遊社)

 読まれるための物語がここに在る。立ち現れるヘレナは、次第に聖ヘレナ然としてくる。そこにある時の流れも環境も起きた出来事も、思えばすべてはヘレナをヘレナたらしめるものだ。“千年もたった後には何をどう信じるものでしょうか?”巡らせば、語り継がれる伝説を信じるも信じないも、何を正しいとするも、私たち自身に委ねられている。すべての歴史には不可解な空隙があり、埋まらぬことがある。当時何が起こったのか、すべてを知るすべはない。けれどそれでも描くということ、それでも信じるということ。つまりは希望だと確かに思うのだ。

4892570869ヘレナ
イヴリン・ウォー 岡本浜江
文遊社 2013-08-09

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・イーヴリン・ウォー『卑しい肉体』 (20世紀イギリス小説個性派セレクション)

 同じ場所に留まらず、とにもかくにも動き続ける人々が次々立ち現れる物語は、始まりに置かれた『鏡の国のアリス』の女王の言葉に、はっと立ち返らせる余韻を残してゆく。中心に描かれるのは、これといった特徴のない、ただただ退屈を恐れているような面々。アダムにいたっては過去さえも奪われて、どこか現実味のない陽気さと若さが始終漂う。何度も繰り返し結婚を見送る掴み所のなき恋人との関係も、大金を得ては失う愚かさも、人を惑わすが如く記事も、繰り広げられるとぼけた会話も、すべては“続ける”という一端、愛しき切なる要素に思えた。

4404042450卑しい肉体 (20世紀イギリス小説個性派セレクション)
イーヴリン・ウォー 横山 茂雄(責任編集)
新人物往来社 2012-09-12

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・イーヴリン・ウォー『スクープ』 (エクス・リブリス・クラシックス)

 同じブートという人違いゆえに、海外特派員に仕立てられてしまったウィリアムの巻き込まれてゆくジャーナリズムの世界の報道合戦と、それを待つ人々や上流階級の人々、彼を利用しようと企む人々のドタバタが、ユーモアと風刺を込めて展開されてゆく。随所に挟まれる皮肉は何度もくすりときて、頁を捲る手を逸らせる。状況や人々に翻弄されているように思えたウィリアムが、起こる出来事一つ一つに折り合いをつけ、静かに将来を見据えて自分の人生を歩んでいることが伺える箇所に出会うたび、この喜劇物語の深みと人間の本質を巡らせていた。

4560099073スクープ (エクス・リブリス・クラシックス)
イーヴリン・ウォー 高儀 進
白水社 2015-05-19

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20160827_40bob こうしてイーヴリン・ウォーの作品を何冊も読んでみると、その人生や、そこから生まれる皮肉、作品の幅の豊かさに、続けて読んでもあきることなく、すっかり魅了されていた。喜劇悲劇が表裏一体の作品はもちろん、それだけに終わらぬ描き方、がらりと作風を変えてゆく作品もまた、とても味わいがある。心情を詳しく描かずとも、人物を生き生きと読み手に伝えるところにも、書き手としての力、その魅力を読むほどに強く強く思うのだった。

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Thank you for reading.

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