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2016.01.02

オルフェオ

20160102_4009janie_4 いくつかの物語の軸が結ばれ、ひとつになる。今、過去、そしてもうひとつの、少しずつつながりを見せる言葉の行方を追ううちに、ピーター・エルズという人生に引きつけられていた。彼が望んだこと、その甘美さに孕む危うさの中で、言葉は音楽と共に彼の迷いと間違いに満ちた人生を語ってゆく。友人、妻、娘、彼を愛した人々、彼を信じた人々との時の中で、彼がめぐらす思考はシンプルな答えに行き着く。何て小さな思考が人生の全体を満たしたのか。変えられない、戻れない人生、自分自身を抱えた先にある音楽。その果てしなさにそっと息をついた。

 リチャード・パワーズ著、木原善彦訳『オルフェオ』(新潮社)。本文の中で展開する今と過去の物語と、それに絡まる音楽史、枠でくくられた短文が、少しずつ結ばれ、ひとつの物語になってゆくほどに、夢中になり、ピーター・エルズという一人の男の人生に引き込まれていた。誰も聴いたことのない音楽を書こうとする彼が望んだこと。その甘美さに孕む危うさの中で、言葉が音楽と共に彼の迷いと間違いに満ちた人生を語ってゆくのが、皮肉のようでありながら、人生の機微とその中にあるささやかな喜びを伝えてくるようで、ぐっと心に迫る箇所がいくつもあった。友人、妻、娘、彼を愛した人々、彼を信じた人々と過ごした時の中で、彼がめぐらす思考がシンプルな答えに傾き、行き着こうとする過程が、とても魅力的に感じられた。

 “何て小さな思考が人生の全体を満たしたのか” 哲学者ウィトゲンシュタインの言葉の引用で作られた曲「プロヴァーブ」の何頁にもわたる描写は、エルズの心の在り方やその変化を丁寧に描いていて、とりわけ好きな箇所だ。この箇所は、音楽を聴きながら読むと、その音楽の吸引力に魅せられてゆくエルズと、それを読みながら、聴きながら魅せられてゆく読者(私)とがないまぜになって、どこか遠くへ気持ちが飛ぶような、そんな心地すら覚えた。音楽の力と、言葉の力。それを思う箇所でもあった。マーラーやメシアンの音楽の登場する場面の描写も引きつけられたが、とりわけライヒの「プロヴァーブ」の箇所が鮮烈な印象を残した。“何て小さな思考が人生の全体を満たしたのか”その言葉から思うこれまでの人生は、変えられない、戻れない人生を思わせた。エルズが物語の端々で思う人生、他のどんな人生にも劣らぬいい人生だったと、そう思う箇所は、救いのようであり、じんとくる。再会したクララとの場面、そして、娘との時間も、とてもいい。

 人生の中で思い至るまでの過程、その長い年月がありながら気づくのが遅すぎたこと。こうして、物語として追う読者の一人としては、どこか達観して見られる人生だけれど、自分の人生を振り返ってみれば、もどかしいことだらけで、わからないことだらけで、結局のところ、ほんの少ししか変えられないし、戻ることなどできない。その現実が、物語の結末とぶつかるとき、深い息をつくことしかできない私がいた。“やってきたことは変えられないし、作ったものは変えられない。あなたはあなただ。”この箇所が出てきたときには、ジョン・ウィリアムズの『ストーナー』を思い出して、“わたしはわたしだ”と思い至る部分と重なったのだった。結局のところ、人間の最後に行き着く思いというのは、どの人にも通ずるものなのかもしれない。そんなふうに思うと、そこまでに至る長い時間、自分自身を抱えた先にあるエルズの音楽の果てしなさに、またひとつ、そっと息をついたのだった。

追記
この文章は2015年に書いたものです。

4105058754オルフェオ
リチャード パワーズ Richard Powers
新潮社 2015-07-31

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