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2012.06.17

たくさんの窓から手を振る

20120517_010 言葉のつぶたちが心地よく降りしきる。降りしきる中に立ちながら、そこに佇む快楽に身を任せた。言葉のつぶは、ときに弾けてきらきら光って見せる。ときに静かに寄り添い、ときに憂いとともにしっとりしみわたる。中村梨々著『たくさんの窓から手を振る』(ふらんす堂)を読んで、わたしは言葉というもののみずみずしい煌きを久しぶりに感じた気がした。少し小ぶりな手に取りやすいサイズのこの詩集は、なんとも愛らしい佇まいをしている。どこか哀しみを帯びた後姿をしていても、少し微笑みを浮かべているような、そんなやわらかな気配とあたたかさがある表紙の絵にも惹かれるし、なんといってもタイトルの“たくさんの窓から手を振る”という言葉自体のやわらかさがやさしさに満ちていて、響きが心地よくて好きだ。

 一番はじめに収録されている「ロシア」という詩では、人と人との間に距離は関係なくなる。遠く隔てた場所にいても、閃きでひとつになれるのだ。実際には遠く離れているからこそ、近く感じられる感覚が描かれているこの詩は、幼い頃に感じられた何でもできそうな感覚、その頃の未来への絶対的な期待、怖いもの知らずでも確かなものに守られていた懐かしさのようなものまですべて、この一編の詩の中につまっている。自転車に乗ってどこまでも、どこまででも行けるような気がしていた心地、そして友達との関係がずっとずっと続いてゆくものだと信じていた頃の心地。大人になってもその想いを持ち続けることの困難さは、大人になってしまったわたしたち誰もが知っている。だからこそ、はっとさせられるほどの煌きと一緒に連ねられた言葉たちの無邪気さが、とてもまぶしく映る。

 「夜、鳥を飛ばす」という詩は、この詩集の中でも特に好きな詩だ。言葉の儚さがとてもとても美しいのだ。この詩を読み返すたびに思う。わたしたちの存在も、その思考も、その放った言葉も、なんて儚いのだろうと。どれほど言葉を連ねても、どれほど言葉を重ねても、結局は何の意味もなかったくらい跡形もなく、すべてが存在しなかったように何もなくなって、最期には無になるような哀しさと静けさを思ってしまう。この詩に語られていない部分を思って、その言葉たちの余白を思って、ただ静かに読みながら言葉が夜が横たわるのを見てしまう。そうして、その夜の静けさにはたと気づかされるのだ。“なにもない。たぶん、ばれてもなにもないくらい静か。(夜なんて)。”というおしまいの一節の美しさと潔さにくらくらする。

 嗚呼、と思う。言葉のつぶたちが心地よく降りしきるのを、わたしはため息とともにただただ見つめているだけだ。言葉たちの降りしきる中に立ちながら、そこに佇む快楽に身を任せて、その煌きと自由さに、また嗚呼と思う。わたしは時を止めるように、その言葉たちを抱きしめる。抱えられるだけ抱えて、静けさの中にただじっと佇む。そうして少し顔を上げたら、静けさの中、遠くで手を振る人が見えたような気がした。大丈夫。わたしたちも、わたしたちの言葉も、まだあたたかく、美しさを秘めている。まだ、やわらかくやさしい。だから大丈夫。しばし言い聞かせたあとで、わたしはようやくこの本を閉じる。そっと。静かに。そっと。

4781404693たくさんの窓から手を振る―中村梨々詩集
中村 梨々
ふらんす堂 2012-06

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コメント

ましろさん、おはようございます!!

書評、たった今読みました。
とてもとても嬉しいです。

自分の詩について、自分のことは自分が一番よく知っているというのと誰よりも知らないのは自分だっていうのと両方あります。だからこそ、丁寧に言葉を辿ってくださったましろさんにほんとうに感謝しています。

大丈夫だよって、私のほうが言ってもらっている。
そういう心持ちがしています。
ありがとうございます。

これからも、いろいろな本の感想を書いてくださいね。
楽しみにしています。

投稿: 中村梨々 | 2012.06.17 08:03

梨々さん、おはようございます。
コメントありがとうございます!

わたしの拙い文章では、この詩集の魅力を上手く伝えられたのか自信がありませんが、感じたことを梨々さんご本人に読んでいただけて、とても嬉しく思います。

素敵な詩集を読ませていただき、
本当にありがとうございます。
言葉を紡ぐことの素晴らしさを、
改めて感じさせていただきました。
梨々さんのこれからのご活躍を楽しみにしております。

投稿: ましろ(中村梨々さんへ) | 2012.06.17 09:23

ましろさん、こんばんは。

自分のブログをやっと更新して、ましろさんのこのブログをリンクさせていただきました。

事後報告になりますがお知らせします。

投稿: りり | 2012.06.23 22:28

りりさん、ありがとうございます。
ブログにお邪魔しますね。

投稿: ましろ(りりさんへ) | 2012.06.24 10:21

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