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2012.04.06

夢宮殿

20120313_4012 夢という無意識のものに対して、国民と国家を結び付けてしまうという恐ろしい悪夢のような世界を描いた、イスマイル・カダレ著、村上光彦訳『夢宮殿』(東京創元社)。物語の舞台となるのは、19世紀のオスマン・トルコらしき世界。国民の見る夢を収集する巨大な官僚機構、夢宮殿<ダビル・サライ>である。謎に包まれたそこには、全国から膨大な数の夢が収集される。集まる膨大な数の夢の報告を受け取る<受理>、それを重要性で分類する<選別>、夢に隠された意味を読み取る<解釈>、そして夢宮殿の最高機関<親夢>がある。<親夢>には、国家の存亡に関わる深い意味を持つ予兆を含む夢が選び出されてゆく。国の名門出の青年キョプリュリュ家に生まれたマルク=アレムは夢宮殿に就職し、大臣や知事を親戚に持つ家柄の力でとんとんと出世の階段を昇ってゆく。驚きと畏れに戸惑いながらも自らの仕事に没頭してゆき、やがて夢宮殿をめぐる権力の謀略に巻き込まれてゆく。

 物語が進むほどに顕わになってくるのは、国家に奉仕する巨大な夢宮殿の存在の恐ろしさと滑稽さである。夢宮殿という巨大な組織の中で働く官僚たちは、自分が組織の中でどのような役割を果たしているのかわからぬまま、知ろうとしないまま、目の前の仕事にただ追われている。名前も顔もはっきりとせず、意味のあることなのか無意味なことなのか、その基準も曖昧なまま、夢宮殿に集められた夥しい数の夢を無意味なルールで選別し、ときに恣意的に解釈してゆく。そして、それらに基づいて重要とされた夢に関わる者たちの運命を決めてしまうのである。見えない大きな権力の不気味さ、現実世界ではあり得ないような世界の物語の中に、次第に浮かび上がるテーマの重みに、ゆっくりとじわじわと呑み込まれてゆくような読後感が残る。語り口が重くない分、余計に物語の余韻があとを引く魅力的な作品である。

 『夢宮殿』というタイトルから安易に想像できる物語をいい意味でこの作品は裏切る。迷宮のような構造を持つ建物のあまりの巨大さ、そして知らぬ間にその歯車に組み込まれ、運命に呑み込まれ、地位を上りつめてゆくことの恐ろしさ。国家が個人の無意識の世界である夢にまで管理の手をのばす恐るべき世界は、特殊な設定ながらどこか現実社会とつながっているようで、それを思い始めると、夢から夢へ、そしてまた次の夢へとさまよい歩くマルク=アレムと一緒になって、この巨大組織の中に巻き込まれた心地を覚える。自分の無力さにうなだれ、押しつぶされるような虚しさ。巨大組織に翻弄されるしかない人間の運命と、掴みどころのない無意識が国家組織の枠組みの中にいつしか取り込まれてしまう恐怖と狂気、幻想の渦を象徴的に描いている。

 夢によって国民と国家を結び付けてしまうという恐ろしさ。無意識を管理される国で自由に夢見ることを奪われ、さらには自分が国家の重大事に関わっているかもしれないという恐怖は、まさに究極的な悪夢に違いない。読み始める前に想像していたタイトルから連想される幻想小説とは一味異なる物語だったが、夢中になって読んだ。物語ならではの特殊な設定も、宮殿をさまよい歩くような語り口も、夢宮殿で働く職員達の画一的で無機質な様子も、無数の廻廊が縦横に這う迷宮じみた夢宮殿の構造も魅力的だ。マルク=アレムが夢に取り組みながら袋小路の中で今にも発狂しそうになる様子、システムの一部になることに対する安楽と喪失、恐怖などを暗示しているようなくだり、不条理さを象徴するような夢宮殿の中の道案内も印象的。どうせ行き着くところは同じ。その、端的な無力感を思うとき、この世界の不条理が深く深く身にしみてくる。

4488070701夢宮殿 (創元ライブラリ)
イスマイル・カダレ 村上 光彦
東京創元社 2012-02-28

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