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2012.04.15

半熟たまご 母と子の詩集

20120405_4003 母と娘、その二人の言葉が響きあって、刺激しあって、なんとも新鮮な心地よい平穏と程よい距離を感じる詩集、平岡淳子・平岡あみ著『半熟たまご 母と子の詩集』(河出書房新社)。母が子を思い、子が母を思い、母親ならではの、子どもならではの、それぞれの視点が展開され、とても面白い。添えられた写真や絵、手書き文字には二人の母と娘ならではの密な関係が感じられる。交換日記のような、対になっているような、互いに刺激を受けあいながらの短い数々の詩の中には、二人の中にあるさりげなくも確かな手触りの思いやりが感じられる。クロスステッチ風の表紙もレトロな可愛らしさでとてもあたたかな雰囲気が本から感じられる、読み手のこころをやわらかにほぐす一冊である。

 母・淳子さんのタイトルにもなっている「半熟たまご」には、“あなたを半熟たまごにゆでたいの それからさきはあなたがきめて もうしばらくわたしのもとにいてもいいし しらないせかいにおもいっきりとびだしてもいいし”(43p)と、自分なりの子育てと娘の成長と将来をこの短い詩の中で描いている。なんともやわらかく、やさしい。そんな印象が残る。そっと娘の成長を見守るあたたかさを感じる。“半熟たまご”という表現は、ある程度の年齢までは親が責任を持つけれど、その後はある程度の年齢を過ぎたら、自分で責任を持って自分で自分の生き方を選んで、逞しく生きてゆくのよ、という娘へのメッセージも伝わってくる。親になるということ、母性というものは、なんだかこの詩の短い言葉の連なりに凝縮されているように思える。

 一方、娘・あみさんの詩の感性はとても素晴らしい。たとえば「くも」では、“くもがなみになってそらをうみにしている”(44p)たとえば「さみしくなかったよ」では、“赤ちゃんのときおともだちいなかったけれどさみしくなかったよ”(62p)たとえば、「じゅぎょうさんかん」では、“ねぇマミィいっぱいごはんたべてきてね4じかんめはおなかすくからおうちではすきなときにたべられるけどがっこうはそういうことできないからね”(70p)たとえば、「ふゆ」では、“白いいきがみえるね生きてるのがわかるね”(86p)と、大人が思わずはっとするような感覚で文字を連ねる。独特の視点で考え、感じ、母を思いやり、気づいた言葉を、そのまま飾らない言葉で表現している。無垢でありながら、深みのある、絶妙な言葉のバランス感覚を持ちあわせているのだ。まっすぐ読み手のこころに届く言葉が広がっている。

 どこまでも素直な視点と思いやり、言葉のセンス。まだ曇りのない目で見る世界には、どんなふうに映るのか。もしかすると、子ども時代は誰しもあみさんのようなまなざしで世界を誰かを何かを思い、見つめていたのか。それとも、これはあみさんならではの天性のものなのか。母・淳子さんの詩も素晴らしいが、あみさんの詩にひたすら魅了される一冊である。人は成長するに従って、さまざまなことを経験する。さまざまに考える、さまざまに感じる、少しずつ汚れも知る。そして、多少なりとも歪んだ感情が芽生えたりもする。いつまでも純真無垢ではいられない。だからこそ、あみさんの言葉の素朴な美しさにはっとするのだろう。忘れていた思いを見出すのだろう。わたしは大人になってしまった……。まだまだ未熟者な我が身ながら、そんなことをはっとこの一冊を読んで気づかされたのだった。

4309014755半熟たまご―母と子の詩集
平岡 淳子 平岡 あみ
河出書房新社 2002-06

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