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2012.03.13

詩の樹の下で

20120313_4014 たとえば木々を思うとき、たとえば空を思うとき、人がちっぽけな小さな存在であるということを、わたしたちは痛感する。祈りが届かないような現実を知った後では、なおさらのことだ。一日が穏やかに過ぎようとしていること、ただそのことをありがたいと思う。あたりまえのことに感謝しつつ、明日以降も穏やかな日が続きますように。そう祈りながら目を閉じる。祈りがたとえ届かなくても、いっそう強く、強く祈る。祈り続ける。同時に、ときどき祈りが届かないことに虚しさを覚える。けれど、祈るほかないときもあることをどこかでわたしたちは気づいている。一人の力は小さい。だからこそ、わたしはまだどこかでまだ祈りが届くことを信じたいのだろうということも。たぶん、3月11日を迎えた後は特別に強く、強く。

 長田弘著『詩の樹の下で』(みすず書房)は、福島出身である詩人の著者の近作39篇からなるFUKUSHIMA REQUIEMという意味合いの強い散文詩集である。3・11を迎える日に読みたいと、この本が出たときに思っていた。あとがきによれば、「復興」の復の字には、死者の霊をよびかえすという意味があり、興の字にも、地霊を興すという意味があるそうだ。復興とは、まさに祈りのような言葉だったのだと、この本によって言葉の成り立ちを今更ながらに知った。故郷や絵画の中に描かれる木々たちに寄り添いながら、祈るように紡がれた言葉たちの中には、たくさんの心打つ言葉たちがある。木と人生を重ね合わせる言葉はとても深く、付箋を貼りまくって読んだけれど、わたしの中での一番の言葉は、“何も言わないこと以上に、大切なことを言う術がないときがある。「静かな木」より”という箇所だった。

 木々の静けさを思うとき、わたしたちは饒舌すぎる。ちっぽけな存在のくせに、何もわかっていないくせに、目の前で起きている感情に揺り動かされて、あれこれ語り過ぎる。ときにはじっと黙って、大切なことをゆっくりいとおしく手繰り寄せて考え、心の中で思う。そんな時間があってもいいのだ、とはっとさせられる。多くの情報が飛び交う中、何を信じ、何を感じ、何を考えるのか。その問いの答えは、人それぞれ違ってもいい。けれど、じっと黙って耐えることも、ときには必要な気がしている。自分が小さき者であることを自覚して、身の丈にあった発言をする、行動をする、それが求められているような気がしている。さまざまに木に寄り添い、この散文詩集を思うとき、自分の頭の上からはじまるという空のこともまた、わたしは思い出すだろう。空はどこまでも広いのだ。

 この『詩の樹の下で』に登場する樹の多くは、著者の幼少の記憶の中の木々である。その記憶の中の風景や木々が、美しいままいつまでもあるはずだった。記憶の中の一本一本の木に寄り添う静かで穏やかな言葉たちは、震災で生死を分けた人間一人一人をそっと包み込むあたたかさに満ちている。“死の知らせは、ふしぎな働きをする。それは悲しみでなく、むしろ、その人についての、忘れていた、わずかな些細な印象をあざやかに生きかえらせる。懐かしい誰彼の死を知ったら、街のそこここにある好きな大きな木の、一本を選んで、木に死者の名をつける。ときどき、その木の前で立ちどまる。そして、考える。あくせく一生をかけて、人は一本の木におよばない時間しか生きないのだと。「懐かしい死者の木」より”それでも深く懸命に生きたい、そんなふうに思った。

4622076659詩の樹の下で
長田 弘
みすず書房 2011-12-03

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