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2012.03.07

短くて恐ろしいフィルの時代

20090429_001jpg_effected 突拍子もなくもユーモラスで奇妙な物語ながら、痛烈なまでに面白く、ちくりと胸を刺し、その恐ろしさに、強烈な読後感を残す、ジョージ・ソーンダーズ著、岸本佐知子訳『短くて恐ろしいフィルの時代』(角川書店)。物語はどこかとぼけたおかしさで展開するのだが、そのおかしさは、ルワンダ、ヒトラー、イラク戦争、アブグレイブ刑務所などといったものを風刺的に取り入れた寓話として読むと、笑うに笑えない。そして、読み進めるうちに、読み手のわたしたちの中にも、恐ろしい独裁者としての自分を感じてしまう。人間のエゴというもの、その象徴として描かれる独裁者は、わたしたちの中にも潜んでいるのではないかと、自分をはっと省みてしまう。独裁者とは、まだ決して過去のものではないのである。

 物語に登場する<内ホーナー国>は、一度に一人しか住めないほどのものすごく狭い国土の国。残りの6人は<外ホーナー国>の領土内の<一時滞在ゾーン>に小さくなって立ち、自分の国に住む順番を待っている。痩せてひ弱で背が低い国民であることが特徴で、こみいった数学の証明問題を互いにひそひそ相談しあって、自国に入る待ち時間をやり過ごしている。自分たちの国がいかに他国もうらやむほど素敵に小さいかを感傷たっぷりに歌う。一方<外ホーナー国>は途方もなく広い国土で、国民は大きく肥って色つやがよい。広々としたカフェの通路に脚をいっぱいに伸ばして、のうのうとコーヒーを飲む。自国を絶対最大な強国だと思い、身をひそめあっている<内ホーナー国>の人々を胸糞悪く眺め、長年それを許している自分たちの寛大さを思っているのだった。

 こんな物語設定だけでも、くすりと笑ってしまう。だが、この小さな<内ホーナー国>を取り囲む大きな<外ホーナー国>にフィルという独裁者が突然誕生するのである。そして、国境めぐって<一時滞在ゾーン>にいることに対する税金を取り立てはじめる。次々とエスカレートする迫害は、いつしか国家を巻き込み、その国家の転覆にもつながってゆく。登場人物たちは、ツナ缶やバックル、縄などのガラクタのパーツの寄せ集めのような人々。独裁者フィルの脳もときどき落ちてしまい、脳が落ちている時間が長ければ長いほど、どんどんおかしな熱弁をふるうようになり、痙攣し、やがてバッテリー切れを起こすらしい。そのほか、おつむの弱い年老いた大統領の会話にもくすりときてしまう。

 そんな物語の展開に笑っていられるのは、途中まで。もちろん、最後まで面白く読めるのだけれど、他人事のように面白く読んでいる自分自身が恐ろしくなってくる。フィルの独裁ぶりは、かつて時代に生きた独裁者の最大公約数に違いなく、もちろん恐ろしい。けれど、それを楽しく読んでいる自分はもっと恐ろしいのではないかと思うのだ。ユーモアにくすりと笑っていた自分自身を恥じ入るように、そっと“創造主”を思うとき、わたしたちの愚かさやちっぽけさを思い知る。物語の端々に、たとえば“いいよね!忠誠心”なんていう言葉に思わず笑ってしまう自分もたぶん、この物語の中ではフィルと同罪なのだ。真実の裏返しのような物語に、ぶるぶると震えつつ思う。もしやわたしも解体されたら、ツナ缶やバックル、縄なんかでできていたりして……嗚呼、なんて恐ろしい。

4047916447短くて恐ろしいフィルの時代
ジョージ・ソーンダーズ 岸本 佐知子
角川書店(角川グループパブリッシング) 2011-12-27

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