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2012.03.10

チャリング・クロス街84番地 書物を愛する人のための本

20080606_006 真心を尽くす、というその言葉の本来の意味を、あるべき姿を、ヘレーン・ハンフ編著、江藤淳訳『チャリング・クロス街84番地 書物を愛する人のための本』(中公文庫)によって、わたしは知ったような気がした。ロンドン古書専門店であるマークス社とアメリカの女性・ヘレーン・ハンフとの20年にもわたる心温まる往復書簡集である。そこにはもちろん、古書店とその顧客という関係があるのだが、それをこえた、いや、それ以上の人と人との思いやりややさしさ、お互いを気遣い合う、真心が伝わってくる。マークス社の静かな仕事に対する情熱、ヘレーン・ハンフの読書の趣味の良さなどにも、読書好きを唸らせるものを感じる。まさに書物を愛する大人のための一冊なのである。

 手紙のやりとりがはじまるのは、1949年10月から。第二次世界大戦後のロンドン、チャリング・クロス街84番地にある古書専門店マークス社宛に、アメリカのニューヨークに住む貧乏作家のヘレーン・ハンフからの手紙が届く。彼女は地元ではなかなか手に入らない英国文学作品を広告に載っていたマークス社から取り寄せようとしていたのだった。彼女のリクエストに応じたのは、買い付けを担当するベテラン店主のフランク・ドエル。彼のおかけで、アメリカで売られている本とは異なる、見事な装丁の古書が次々と彼女の元へ太平洋をこえて届けられてゆく。当時ロンドンでは食糧難が続いていることから、彼女は注文のたびに心のこもった贈り物とアメリカ人らしいユーモア溢れる手紙とを送るようになる。その彼女の人柄に、読み手は一気に心惹かれてゆく。

 フランクだけでなく、その家族やほかの店員たちへの気遣いも彼女は忘れない。二人のやりとりにとどまらず、そのほかの人たちも彼女の手紙を待ちわびるようになり、お得意様以上の人として関わっていることが読み取れる。1952年の手紙には、とうとう“ハンフ様”ではなく、“ヘレーン”という呼称に手紙の文面が変わるほど、親しい関係となる。そして彼らのやりとりは20年にも及ぶのだ。注釈はあるものの、往復書簡という形式をとっているため、手紙に書かれていること以上のことは、読み手であるわたしたちは知り得ない。けれど、余計な説明が一切ない分、それ以上の感情を読み手に想像させ、小説とは一味違った深い余韻を残してゆくような気がする。二人の人柄、本に対するお互いの思い、深い友情、国の豊かさの違いなどなど。

 第二次世界大戦を境に世界の覇権国家としての地位が逆転したイギリスとアメリカ両国の関係は、食糧難の問題だけでなく、本代を支払う際のドルとポンドの力関係にも及び、20年もの長い交流の中で、刻々と時代が変化してゆく様も感じ取れる。二人が好対照な様子も伺えるのも面白い。ヘレーンの飾らないユーモアまじりの文面に対して、フランクはイギリス人らしい控えめさで語りかける。また、ヘレーンの注文する名著は、そのまま読書案内としても楽しめるのだ。二人は会いたいと切望しながらも、渡英資金をふいにしてしまうことが次々起こる。それがなんとももどかしい。今の時代とは異なる距離や時間、読書感覚というものを呼び覚ましてくれるような真心溢れる往復書簡である。なお、本書は1986年には映画化もされている。

4122011639チャリング・クロス街84番地―書物を愛する人のための本 (中公文庫)
ヘレーン・ハンフ
中央公論社 1984-10

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ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 2009-11-04

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コメント

突然のコメントを失礼いたします。
「喪女のための本のある生活スタイル」というサイトを運営しているoomuraminaと申します。
この度、こちらのサイトを拝見させて頂き
ぜひ相互リンク・相互RSSをお願いしたくご連絡させていただきました。

誠に勝手ながら、先に以下サイトの左サイドバーにリンクを貼らせていただきました。
http://blog.livedoor.jp/oomuramina/

お手数ですが、ご確認の程よろしくお願い申し上げます。
よろしければ、当サイトと相互リンクを結んで頂けないでしょうか?
ご検討の程、よろしくお願いいたします。

投稿: oomuramina | 2013.11.29 13:41

oomuraminaさん、はじめまして。
ご訪問くださり、ありがとうございます。リンクもありがとうございます。とても嬉しく思います。

相互リンクを、とのことなのですが、ブログを通じて交流のある方、あった方とさせていただいております。また、現在当ブログは更新をストップしている状況ということもあり、申し訳ないのですが、今のところリンク先を増やす予定はございません。
ひそやかにそっと再び更新する日がやって来るまで、見守っていただけたら、ありがたく思います。本当に申し訳ないです。

投稿: ましろ(oomuraminaさんへ) | 2013.11.29 19:30

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