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2012.02.29

灯台へ/サルガッソーの広い海

20110721_5012 濃密な時間が流れてゆく。意識の奥底を。そのまた奥の奥にある意識の底を。そっといつまでもたゆたうようになでられてゆく。ささやかながら幸福を感じる物語とやりきれない悲しみに満ちた物語と。間逆の物語でありながら、2つの物語は寄り添うようにして一冊の本としてここにある。なんとも心地よい感触で。ああ、このまま浸っていたい。浸っていたいけれど、その先を知りたい。物語の行く先を、その先を知りたい。自分の中の葛藤とページをめくるほどに格闘することになるとは思いも知らずに、わたしは物語たちに踏み込んでしまった。そんなふうに感じた、池澤夏樹個人編集による世界文学全集のヴァージニア・ウルフ著、鴻巣友季子訳『灯台へ』、ジーン・リース著、小沢瑞穂訳『サルガッソーの広い海』(河出書房新社)という2作品。

 ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』。ここにはあらすじらしいあらすじはあまりない。ひとつの家族があり、それに関わる人たちがいて、灯台へ行こうと計画する。けれど、その計画はなかなか実現しないまま、時だけは確実に過ぎてゆく。小さな幸福を描く第一部、あっけないほどの驚きが待ち受けている第二部、ようやくたどりつく灯台の第三部。読みながら、ただただ眩暈を覚えるほどゆらゆらとする意識の奥底を漂うような流れが、なんとも心地よい。人の心の中というものの面白さを味わいながら、意識の奥深さを思わせてくれる。小説でありながら、絵画のような美しさもある文体なのだ。これまでウルフ作品をあまり読んでこなかったことが悔やまれるほど、一気に物語に魅せられていた。

 読みながら、第一部でメインの登場人物であるラムジー夫人の存在感、あるいは不在の存在感に圧倒される。あっけないほどに描かれるラムジー夫人の不在は、物語の中でとても多くを占めていると思う。彼女のいた時間、彼女のいない時間、いない人を思えば思うほどに、その存在感は増してゆく。幾重にも折り重なる濃密な時間が流れて、ただただ圧倒され、読み手の心に奥深く分け入ってくる。どうしてもラムジー夫人の存在感は色濃く残るが、実は脇役と思われるリリーが重要人物なのかもしれなかった、そうはっと気づくのは最後のページに至ってからである。満ち足りた読後感の読み心地や、最後に光を見出すところもすばらしく、物語によい流れを生み出していると思う。

 さて、ジーン・リースの『サルガッソーの広い海』。名作として読み継がれている『ジェイン・エア』の異聞ながら、この物語だけで完成された物語として描かれていると思う。わたしは『ジェイン・エア』を読んでいないので、そう思うのかもしれないけれど、植民地生まれと差別され、貧困と暴力に苦しみ、故郷が人生に暗い影を落とすことの苦しさが重たくのしかかる物語にもかかわらず、とても夢中になって一気に読んだ。ある種の人の狂気というものを思うとき、誰もがそれを自分の中に見つけるときの悲しさを思うと、やりきれない。そして、それを秘めた自分の中に流れている血の恐ろしさに対しても、やりきれない。けれど、物語を最後まで読み終えて思うのは、この物語の時代ほど、今の世の中には偏見や差別というものがないと、信じたいということだ。強く、強く。

4309709532灯台へ/サルガッソーの広い海 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-1)
ヴァージニア・ウルフ ジーン・リース 鴻巣 友季子
河出書房新社 2009-01-17

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