« つやのよる | トップページ | ポロメリア »

2010.06.08

ミスター・ヴァーティゴ

20100409_4008 あなたにも、わたしにも。生まれ落ちたときに持ち得た、たくさんの才能がある。例えば、夢見ること。例えば、夢を叶えること。何も、特別な才能などはいらない。人は皆、その才能の可能性をうちに秘めている。信じる、という思いの強さがひとつの才能かもしれない。耐える、という精神の強さがひとつの才能かもしれない。我が身の才能を信じ抜く強さがあれば、天賦の才などなくともそれだけで事足りるのかもしれない。わたしにもできる、わたしにはできる…そう信じ込めたら、もう一歩は踏み出している。夢見ることに終わらない一歩を。わたしたちが持ち得た才能を生かす一歩を。その一歩を踏み出す勇気さえあれば、夢を叶えることだってできるかもしれない。あなたにも、わたしにも。

 ポール・オースター著、柴田元幸訳『ミスター・ヴァーティゴ』(新潮文庫)。山あり谷あり、転落あり浮上あり、二転も三転もある運命に翻弄されてゆくウォルトが語るその人生の一代記は、清々しいほどに逞しい。幼くして両親を亡くして小銭をせびって暮らしていた日々から、9歳でイェフーディ師匠に救われるように拾われてカンザスへ。イェフーディ師匠はウォルトに13歳までに空を飛べるようになることを約束する。ウォルトを待っていたのは、空を飛ぶための辛い修行の日々と初めて出会うあたたかな家族のような存在たちだった。始めはなかなか新しい生活を受け入れることができないウォルトだが、さまざまなものを貪欲なまでに吸収し、少しずつその一歩を踏みしめて進んでゆくのだ。

 9歳から77歳までのウォルトの人生は、“空を飛ぶ”というおとぎ話的なモチーフを備えながらも、一筋縄ではいかない波乱に満ちた物語になっている。ウォルトが少年時代を過ごす1920年代の人種差別や大恐慌、街にはびこるギャングたちの様子が物語に雰囲気を持たせているし、イェフーディ師匠がウォルトに課す試練の数々や修行の様子は、まるで本当に人は空を飛べるのかもしれない…と思わせてくれる。ウォルトが実際に空を飛べるようになり、世の中に名前が知られるようになっても、物語はそこでハッピーなエンディングを用意してはくれない。突然のスランプも過酷な運命も愛しい人々との別れも、ウォルトには待ち受けている。激動の時代の中、それでもひたすらに生きてゆかねばならない。

 何度も何度も人生の岐路に立たされながらも、さまざまに方向転換しながら生きるウォルト。彼をその端々で救ってくれるのは、イェフーディ師匠の言葉と懐かしい記憶。めまぐるしく変化したウォルトの人生の、とびきりに楽しかった日々…。やがて歳を重ねたウォルトが出会うのは、かつての自分自身を見ているような一人の少年の姿。生まれ落ちたときに持ち得た、たくさんの才能のかたまり。例えば、夢見ること。例えば、夢を叶えること。何も、特別な才能などはいらない。人は皆、その才能の可能性をうちに秘めているとはたと気づく。自分の身に起きたすべてのことは、特別であり、特別じゃない。この物語のたどりつく先も、きっとそう。あなたにも、わたしにも起こり得ることなのだ、と。

4102451099ミスター・ヴァーティゴ (新潮文庫)
ポール オースター Paul Auster
新潮社 2006-12

by G-Tools

 ≪ポール・オースターの本に関する過去記事≫
 ・『わがタイプライターの物語』(2006-03-08)
 ・『幻影の書』(2009-12-03)
 ・『ガラスの街』(2010-02-25)


人気ブログランキングへ
本ブログ 書評・レビュー←宜しければクリックお願い致します。

|

« つやのよる | トップページ | ポロメリア »

58 海外作家の本(アメリカ)」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

ましろさん☆こんばんは
自分の人生に登場するいろんな出来事は、どんなことも総て自分が引き寄せているものなのでしょうね。
それを面白いと思うのか、辛いと思うのかも自分次第なのです。
いつでも夢を持ち続けることができれば、人生はきっと楽しいものになるのだと、ウォルトに教えられたような気がします。

投稿: Roko | 2010.06.08 21:43

Rokoさん、コメント&TBありがとうございます。
そうですね。ウォルトには教えられました。
人生の感じ方次第でどんなふうにでも生きられる。
どう生きるか、どう感じるかは自分次第。
いつまでも、そしていくつになっても、
自分なりの夢を持ち続けられたら素敵ですよね。

投稿: ましろ(Rokoさんへ) | 2010.06.11 17:57

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/48576568

この記事へのトラックバック一覧です: ミスター・ヴァーティゴ:

» 『ミスター・ヴァーティゴ』 ポール オースター [Roko's Favorite Things]
著:ポール オースター 訳:柴田 元幸 出版社:新潮社 定価:740円(税込) [続きを読む]

受信: 2010.06.08 21:32

« つやのよる | トップページ | ポロメリア »