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2010.05.05

告白

20100409_4011 内に秘めた憎悪と、密やかなたくらみと。正しさの中におさまらない感情がひたひたとしたたり落ちる。圧倒的な正しさは言うだろう、“憎しみを憎しみで返してはいけない”、“復讐は悲しみしかうまない”と。そんなことはきっと、どこかでわかっているのだ。正しさの理由など深く考えずとも、本能的にわたしたちは知っている。何が正しくて、何が間違っているのか。そして知っている。正しさがすべてではないことも。正しさの中におさまりきらない感情が、この世には溢れていることを。湊かなえ著『告白』(双葉文庫)は、教師が生徒たちへある事件についての真相を告白するかたちで始まる。よどみなく唐突に語られるそれには、内に秘めた憎悪と密やかなたくらみが隠され、静かにうごめいている。

 物語は中学校の終業式、一年生のあるクラスでのホームルームの場面から始まる。担任の女性教師の長い退職の挨拶である。“娘の愛美は事故死ではなく、このクラスの生徒に殺されたのです”という、衝撃的な告白だ。激しい憎悪をちらつかせながらも犯人である生徒をじわりじわりと特定し、恐ろしいまでに周到に追いつめてゆく。彼女は警察に事故として処理された事件の真相を知りつつも、それを警察に声高に訴えたりはしない。少年法が十三歳である生徒を守ってしまうことを考え、自らの手で彼らに復讐しようとするのだ。教師である前に一人の人間であり、母親。いくら人を教える立場にいようとも、聖職者にはなりきれなかった。殺人犯である彼らへの精一杯の復讐を彼女は決意するのである。

 “告白”というタイトルどおり、事件に関する人物たちのモノローグで構成されたこの物語。被害者の母親である女性教師、その教師の去っていった後を語る級友の女子、加害者である少年Bの家族、少年B、少年Aと、代わる代わるそれぞれの視点で事件の真相に迫ってゆく構成。語りの立場が変化することによって、それぞれの立場になって気持ちを汲み取るうち、読み手であるわたしたちは事件の全貌をつかんでゆく。当然ながらそれぞれの言い分があって、それぞれの感情がある。被害者である女性教師に心寄せずにはいられないし、加害者側である少年たちの思いを痛いほどに知ってしまうと、同情心がわき上がる。結局のところ、当事者にしかわかり得ない思いが根の部分としてあるのだろう。

 わたしたちの目の前にある、後戻りのできない出来事の数々。そこにも正しさにおさまりきらない感情が当然のことのようにして横たわる。やり場のない思い、悲しみ、憎しみ…そういった感情はごろごろとある。そういう感情の処理は難しくとも、容易には見つからない答えの先に、わたしたちは妥当なおさめ場所を見つけなくてはならない。世の中に溢れる理不尽な善悪の天秤に揺さぶられながらも、懸命に。泣いたり笑ったり、怒ったり喜んだり。揺らされた感情が多ければ多いほどに、わたしたちは複雑に、そして豊かになる。そうやって“わたし”という器が出来上がってゆく。そうして“わたし”という器を飼いならしながら、日々を生き抜くすべを見つけてゆく。いや、見つけなければならない。

457551344X告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)
湊 かなえ
双葉社 2010-04-08

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コメント

ましろさん☆こんばんは
自分にとって都合の悪い事は見ないようにしてしまうという心理が不気味でした。
誰の心の中にもある黒い部分が集まると、こんなにも怖いものになってしまうのかと思い知らされてしまいました。

投稿: Roko | 2010.05.18 22:36

Rokoさん、コメント&TBありがとうございます!
人間の心の奥底にある心理は怖いですよね。
第一章から不気味さが終始漂っていて、
恐ろしいながらに夢中で読んでしまいました。
自分の中にもあるかもしれない……そう思うと余計に恐ろしい。
いろんな意味でコワイ本です。

投稿: ましろ(Rokoさんへ) | 2010.05.19 08:47

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