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2010.04.05

水銀灯が消えるまで

20100403_4003 日照りが続いた後の雨のようなぬくもりを持ったしめやかさで、しっとりと心によく馴染む物語たち。物語たちはどれもこれも摩訶不思議ながら、どこか儚げでほんのりと寂しくて、何だか物悲しくて、わたしたちの隙間に入り込んでは、あっという間に消えてしまいそうなほどおぼろげだ。今にも消えてなくなってしまいそうな夢の時間。その淡く切なく、届きそうで届かない感じ。そう長くはいられない。あまりに儚い夢のひととき。東直子著『水銀灯が消えるまで』(集英社文庫)という、さびれた郊外の遊園地「コキリコ・ピクニックランド」を舞台にした連作短編集には、そんな印象が残る。疲れた心をときほぐす力を備えた物語に寄り添えば、何とも心地よい雨上がりの空気と日だまりが待っている。

 一番はじめの「長崎くんの指」では、家出をして、することもなく、行くところもなく、さまよい歩いて寂れたコキリコ・ピクニックランドにたどり着いた女性が主人公だ。何とか住み込みでそこに働き口を見つけた主人公は、一目見て従業員である長崎くんの指を好きになる。なめらかなほの白い皮膚で、すっきりと細く、すんなりと長く、すべて適度にふくらんでいる節の几帳面さは、まさに知的で完璧な指だったのだ。そうして、逃げるようにして今までの多忙な暮らしを捨ててきた彼女の、ほんのひとときのくつろぎの時間が展開される。けれど、ささやかな幸せはそう長くは続かない。遊園地は閉園してしまうのである。だから続く短編たちは、その思い出としてどれもどこか儚く物悲しく感じられる。

 続く「バタフライガーデン」では、女を演じることの苦手な40代女性のコキリコ・ピクニックランドの従業員への淡い恋心を描く。「アマレット」では、マリアさんと観覧車の番人・森田さんの穏やかな時間が美しく儚げに描かれる。「道ばたさん」では、道ばたに倒れていた女性とのユーモア溢れる交流が印象的に描かれる。「横穴式」では、今までとは雰囲気ががらりと変わり、背筋がぞっとするような展開が待っている。「長崎くんの今」では、タイトルどおりに表題作から数年後の長崎くんが描かれている。ページをめくるほどにコキリコ・ピクニックランドという場所への愛おしさが増す。思い出を胸に朽ちてゆく時代遅れの廃園。そこにぎゅっと詰まった記憶の数々が、ひとつひとつ蘇ってくるのである。

 それぞれの人々がさまざまな事情を抱えて、たどり着いた場所。そこはどんなに寂れていようとも輝かしい楽園でもあり、足を踏み入れた途端、呑み込まれて帰れない場所でもある。人は寂しさを埋めるためにここを訪れ、思い思いにぽっかり空いた空虚感をそれぞれに満たしてゆくのだろう。また、あとがきにかえて収録されている「夕暮れのひなたの国」も印象的。幼かった頃の“おねいさん”との思い出の話である。少女の記憶に刻まれた日々は戻らずとも、決して消えることはない。ほんの少し日常から自由になりたいとき、真面目であるがゆえに日常が苦しくなってしまったとき、そんなときにもう一度読み返して、ほんのひととき夢の世界へ誘われたいと思う。どれもこれもが愛おしい物語だった。(『長崎くんの指』改題)

408746539X水銀灯が消えるまで (集英社文庫)
集英社 2010-02-19

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 ≪東直子の本に関する過去記事≫
 ・『薬屋のタバサ』(2009-06-05)
 ・『とりつくしま』(2009-06-29)
 ・『ゆずゆずり』(2009-07-02)
 ・『さようなら窓』(2009-07-25)
 ・『らいほうさんの場所』(2009-12-15)


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