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2010.03.12

千年の恋人たち

20100131_4005 じわりじわりと根下ろす悲しみや痛みを抱えながら、わたしたちは生きている。どうしたって帰らぬ人を、取り戻すことのできない思いを、胸の奥に秘めながら。それでも生き続けるためには、立ち止まらずに前を向いて歩くしかない。今を生きるわたしの属するのは、過去ではなく“今”でしかない。わたしの身に何かあっても、誰かの身に何かあっても、たぶん人は“今”を生きてゆかなくちゃならない。“今”いる場所のその先を見据えて、止まらずに生きてゆかなくちゃならない。稲葉真弓著『千年の恋人たち』(河出書房新社)。生の原理をつきつめてゆく物語は、胸の奥深くを見つめさせる。生のあるべき姿を根本から揺らして、わたしたちに“生きる”ということを問いかけている。

 唐突に、妻も子も残して失踪した男。男の残した石の塔は、その不在を絶えず思い出させた。丸十二年が経とうとも、封印したはずの思いは妻・佐和の中でいつまでも疼く。佐和にとって、過去の時間はあやふやで、人生は予測もつかない悪意に満ちていた。決定的な亀裂もなく、むしろ破綻のない夫婦だったはずなのに、いきなりばっさりと幕を下ろされたのだ。悲しみは憎しみになり、佐和をいつまでも苦しめ続けた。やがて草木染めをするようになり、工房を持つようになった佐和は、画廊のオーナーである水城と親しくなり、戸惑い葛藤しながらもその距離を縮めてゆく。そうして、少しずつゆっくりと呪縛から解き放たれるように、ひたすらに、ひたむきに、生きてゆこうとするのだった。

 生きてゆくこと。自分の身に何かあっても、誰かの身に何かあっても、たぶん人は“今”を生きてゆかなくちゃならない。“今”いる場所のその先を見据えて、止まらずに生きてゆかなくちゃならない。立ち止まらずに、前を向いて。つきつめていうなら、人と人とはどんなにかたく結びついていても、所詮他人同士にすぎないということだ。あくまでも“あなた”は“あなた”、あくまでも“わたし”は“わたし”。“あなた”と“わたし”が目指す終着点は当然のようにはじめから異なっている。一緒にいても悲しいことに、あなたはわたしを知っているようで知らないし、わたしもあなたを知っているようで少しも知らない。“あなた”と“わたし”の狭間で、わかり合えない部分が渦巻いている。

 だからお互いにそれぞれの“わからない”を抱えて、わたしたちは生きてゆく。誰かのすべてをわかろうとせずに、“わからない”ことをわからないなりに理解して。寄り添って。そうして、ほんのささやかなつながりを愛おしく抱きしめるのだ。きっと、そんなつながりを見出せた関係ほど、強く深いものはない。じわりじわりと根下ろす悲しみや痛みを抱えながら、わたしたちは生きてゆくのだ。どうしたって帰らぬ人を、取り戻すことのできない思いを、胸の奥に秘めながら。それでも生き続けるためには、立ち止まらずに前を向いて歩くしかない。わからないあなたのこと、わからないわたしのこと。たくさんの“わからない”を抱えて、今日も明日も明後日も、わたしたちは生きるのだ。

4309019579千年の恋人たち
河出書房新社 2010-01-23

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 ≪稲葉真弓の本に関する過去記事≫
 ・『さよならのポスト』(2005-10-12)
 ・『砂の肖像』(2007-09-15)
 ・『藍の満干 色のあるファンタジー』(2009-04-02)
 ・『海松(みる)』(2009-05-27)
 ・『私がそこに還るまで』(2009-09-20)


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コメント

「"今"を生きていかなくちゃいけない」って言葉がとても響いたよ。
うんうん、そうだよね・・・と頷きながら読んでしまった。

次に図書館で借りられるようメモしとかなきゃ!!

投稿: ユエ | 2010.03.20 01:05

ユエさん、コメントありがとうございます!
書きながら自分自身に言い聞かせている。
言い聞かせていないと、前を向けないのが情けないところ。
なかなかムツカシイのでした。
いろんなことがあるけれど、お互いファイトだね。

投稿: ましろ(ユエさんへ) | 2010.03.20 14:01

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