« 私がそこに還るまで | トップページ | 転生回遊女 »

2009.12.03

幻影の書

20091027_4010 いくつもの偶然が重なり合って、ひとまとまりの必然になる。いくつもの生が重なり合って、ひとまとまりの物語になる。わたしたちのそばに横たわる、さまざまな出来事の共鳴をいくつも繋いで、新たな事象を導き出す。必然という名の物語は読み手の衝動を掻き立て、次から次へとわたしたちを導いてゆく。ポール・オースター著、柴田元幸訳『幻影の書』(新潮社)を読みながら先へ先へとはやる気持ちを抱くのは、きっとわたしだけではないだろう。過去から呼び起こされる事象はさまざまに絡み合い、別の事象を呼びつつスリリングに進行してゆく。気がつけば、後戻りのできないところにわたしたちはいる。残酷な運命に翻弄されることに夢中になって、物語の深みにはまっている。

 妻と息子二人を飛行機事故で失った大学教授のジンマーという主人公は、生きる気力をなくしていた。だがある日、昔の白黒の無声映画を見て心を動かされる。その製作者であり、出演俳優でもあったヘクター・マンという男に惹かれるようになり、評論の執筆を始めるまでに至るのだ。謎の失踪をとげたヘクターの映画の中に閉じこもり、かろうじてその生を保つことに成功するジンマー。評論執筆後のある日のこと、“ヘクターの妻”を名乗る人物から手紙が届く。ヘクターがあなたの本を読み、会いたがっている…と。ヘクターの消息が途絶えて六十年。ジンマーは、ヘクターの謎に満ちた生涯にふれ、自身にも大きな出来事が起こり、次第にその物語に呑み込まれてゆくのだった。

 この物語の中で印象的に描かれているのは、人生というものの美しい悲しみのような気がする。人生にははじまりがあり、そのおしまい、つまり“死”がある。そして、この世界には語られない人生の物語が無数に存在している。それでも誰かが生きた時間は、他者へと何らかの影響を及ぼしながら残ってゆく。姿かたちはなくとも、消滅は消滅のままに終わらない。少なからずいくつかの事象を呼び起こして、共鳴する。いつしか小さなほころびは、小さな罪へと姿を変えてしまうだろう。いくら自分自身を完全に消滅させようと試みても、この世に刻み込まれた姿は完全にはなくならない。それがたとえ、たった一人きりの記憶の中だとしても。既に別の人の内にわたしたちは抱かれている。

 抱かれたわたしたちは自分自身の人生だけでなく、自分以外の誰かの人生に意識せずとも呑み込まれている。生れ落ちたその瞬間から、いや、それ以前からもしかしたら呑み込まれているのかもしれない。わたしのいた時間は、気づかぬうちに自分の手を離れ、消滅し得ないものへと変わり果てる。いくつもの偶然が、ひとまとまりの必然へと変わり果てる。いくつもの生が、ひとまとまりの物語へと変わり果てる。わたしたちのそばに横たわる、さまざまな出来事の共鳴をいくつも繋いで、新たな事象を導き出して。必然という名の物語は読み手の衝動を掻き立て、次から次へとわたしたちを導いてゆくのだろう。そして思う。人生の儚さを。人生の美しさを。その悲しさを。その痛みを。

4105217127幻影の書
柴田 元幸
新潮社 2008-10-31

by G-Tools

人気ブログランキングへ
本ブログ 書評・レビュー←宜しければクリックお願い致します。

|

« 私がそこに還るまで | トップページ | 転生回遊女 »

58 海外作家の本(アメリカ)」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。
2007年の暮れに一度だけメールしたものです。
あいかわらず猫かわいいです。動画も見たくなります。

この話し、息子があまりにかわいそうで
前半で読むのやめちゃったのですが、
こちらに来て、また読みたくなりました。
あんなひどい目にあった息子と
きちんと言葉を獲得してきたのに
あんな感じの主人公と どうなってくんだろう。。。

投稿: torao | 2010.01.27 12:35

toraoさん、コメントありがとうございます。
相も変わらず猫と本に夢中です。

描かれている物語は残酷なものかもしれないですが、
わたしはその展開に呑み込まれるように、
するすると読んでしまいました。
とても読み応えがありましたよ。

投稿: ましろ(toraoさんへ) | 2010.01.27 15:48

レスありがとうございます。
お返事いただいて恐縮ですが
えー うっかりしてました;
途中まで読んでたのは、
「ガラスの街」でしたっ ごめんなさい;

ましろさんの猫の画像は室内も屋外も
マイペースで感じがいいですね。
うちの猫は 近所で会うとよそよそしく
その微妙に冷たい態度がおもしろかったです。

投稿: torao | 2010.01.31 13:12

再びコメントありがとうございます。
あら、「ガラスの街」でしたか。
これから読もうと思っていました!
ニューヨーク三部作一気読み計画中です。

猫もわたしもマイペース。
のんびりまったりな感じが伝わっていればよいなと思います。
猫の散歩を邪魔してばっかりなわたしです。

投稿: ましろ(toraoさんへ) | 2010.02.01 18:37

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/46925188

この記事へのトラックバック一覧です: 幻影の書:

« 私がそこに還るまで | トップページ | 転生回遊女 »