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2009.08.05

夏の水の半魚人

20090726_022 小学5年生の頃のことを、わたしは鮮明に覚えている。むやみやたらに暴力をふるう担任との出会い、クラスのほぼ全員からの無視、はじめての失恋に手術、小学生にして胃を患う…などをはじめ、静物画を描くのが好きだったわたしが、急に絵を描くことを嫌いになったことが大きいからである。その年からなぜか図画大会で“生活の絵”をテーマに描きなさいと言われ、不登校気味で教室で孤立していたわたしには、日々に楽しみなどひとつもなかった。白い画用紙には、いつまで経っても何かを描くことができず家に持ち帰り、美術の得意な兄に頼んで下絵を描いてもらい、何とかしのいだが、情けなくて悔しくて涙がこぼれた。だから地元の中学には進学しなかった。いや、できなかったのだ。

 前田司郎著『夏の水の半魚人』(扶桑社)は、小学5年生の魚彦を主人公に展開してゆく。ユーモア溢れる母親や足の不自由な親友、同級生の弟、転校生らとの日々が瑞々しいタッチで描かれている。舞台は平成2年らしいが、今とそれほど変わらない日常がここにはある。平成21年に読んでも、今と共鳴し合う。子どもというには大人過ぎて、けれど大人というには幼過ぎて。でも、こうして大人になって小学5年生の視点で読んでみると、大人も子どもも関係ないのだということがわかる。魚彦のひと夏を描きつつも、ぎゅっと濃縮された時間がここにはあるのだ。人間関係におけるさまざまな気遣いや彼らなりのルール。それは、大人になっても何ひとつ変わらない普遍的なもののようにすら思えてくる。

 複雑に絡み合う日々を送る魚彦は、あることをきっかけに孤立してしまう。読むほどに暴かれてゆく魚彦のどろっとした感情が浮き彫りになるのだ。プライドや虚栄心、理由なき嫉妬心、わからずに込み上げる憎悪、そして深い苦悩…それらに支配された彼の心は、はけ口を見出せずに懸命にもがいている。かつてわたしがもがきあがいたように。もちろん、本書に描かれているのは、そういうものばかりではない。子どもらしく無邪気にはしゃいで遊ぶ場面だって、好きな女子を報告し合ったり、意味のない遊びに耽ってみたりもする。けれど、いつまでも上辺だけの付き合いは続かない。魚彦は、今いる場所から旅立つときが来るのである。ちょっと不思議。でも、リアル。そんな日常が展開される。

 11歳の日常は決して楽なものじゃない。大人になってしまうと、あの頃は楽しかったと美化して思い出を語る人がいるが、実際はそうじゃないと本書を読めばわかるだろう。懸命に自分を支えていた日々のことを。無邪気だけでは済まなかった日々のことを。たくさんの抱えきれないほどの悩みを胸に秘めていたことを。魚彦は、そんな11歳の今を生きているのだ。まだ過去のものではない、魚彦にとっては今、なのである。わたしは地元ではない中学に進学してから手紙を何通ももらった。わたしを散々無視し続けていた同級生たちからだった。謝罪の言葉とわたしへの賛辞が綴られていた。わたしが別れの手紙を書いたのは言うまでもない。遅過ぎたのである。今、でなければ伝わらないこともあるのだ。

4594058787夏の水の半魚人
扶桑社 2009-02-27

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コメント

ましろさん、ご無沙汰しています。竹蔵です。
私も読みました。トラックバック送らせて頂きました。あまり、読む本がクロスすることはないですが、たまに読書の参考にさせて頂いています。
どうやって本を選んでおられるのか、できれば教えて下さい。

投稿: 竹蔵 | 2009.08.05 20:49

竹蔵さん、コメント&TBありがとうございます!
そうですね。あまりクロスしないですね…なぜだろう?
わたしがこの本を読んだのは、表紙が酒井駒子さんだったからです。
それまでは恥ずかしながら、全く存じ上げず…。

図書館で借りるときは棚をゆっくり歩いて、
隅から隅まで歩いて自分を呼ぶ本を選びます。
あとは分厚すぎないものを…そんな感じですよ。

投稿: ましろ(竹蔵さんへ) | 2009.08.05 21:00

選び方、ずいぶんと違うんですね。ましろさんと違って雑食性なたちなので。。。
私の選び方は以下の通りです。
* 今まで面白かった人の新作
* 賞を取ったもの
* 新聞・テレビなどの書評
* ましろさんをはじめ幾人かのブログ
* 本好きの知人の薦め
図書館はもっぱらネット予約で取り寄せて取りに行くだけなので、本から呼ばれることは少ないです。でもたまに棚を歩いていると呼ばれることはあります。

ブログへのTBとコメントありがとうございました。

投稿: 竹蔵 | 2009.08.06 12:46

竹蔵さん、再びコメントありがとうございます!
わたしも結構雑食ですよ。
好きな作家の新作は追いかけていますし、
右サイドバーを見てもわかるように、
カテゴリー多過ぎかもしれませぬ。
新聞の書評やブログのレビューは、
なるべく先入観を持たないように書き出しくらいしか読みません。
自分が読んでから改めてじっくり読んでいます。

最近はネット予約ができるから、
図書館もだいぶ便利になりましたよね。
でも、棚から棚へと歩いているときのわくわくはたまりませんね。

投稿: ましろ(竹蔵さんへ) | 2009.08.06 17:55

わくわくで思い出しましたが、最近家にいぬが2匹も来ました。わくわく。
それは良いのですが、ただでさえ少ない読書の時間がまた減ってしまいます。やれやれ。

投稿: 竹蔵 | 2009.08.07 12:32

にゃんこもいいけれど、わんこもいいですよね!
二匹もいたらお世話が大変そうですね。
犬にかまけている竹蔵さんをしばし妄想中…(笑)

投稿: ましろ(竹蔵さんへ) | 2009.08.07 14:00

竹蔵犬日記というブログを始めました。
http://takezodog.blog76.fc2.com/
ましろさんのにゃんこの写真には遠く及びませんが、うちのちび達の写真も少しずつ載せていきます。
もしよろしければこちらにもたまに遊びに来て下さい。

投稿: 竹蔵 | 2009.08.10 19:11

おぉー!犬ブログはじめられたのですね。
早速お邪魔したいと思います。
竹蔵さんのわんちゃん見られるのが楽しみです♪

投稿: ましろ(竹蔵さんへ) | 2009.08.10 21:30

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夏の水の半魚人 (単行本) 前田 司郎 (著) 単行本: 171ページ 出版社: [続きを読む]

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