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2009.08.16

ジュールさんとの白い一日

20090726_021 確かに存在していた者の死を、死として、ありのままに受け入れること。その難しさや、その過程がどうめぐっているのか…ということを、深く考えさせられる一冊と出会った。ダイアナ・ブロックホーベン著、オルセン昌子訳『ジュールさんとの白い一日』(赤ちゃんとママ社)という本である。わたしたちには余計な感情が多過ぎる。ときとして、物事をありのままに受け取るという、その単純さが救いとなることもあるのだ。余白の多いわたしたちの思いは、幾度も重なり合い、ぎゅうぎゅうに感情を押し込める。そして、感じることもままならないほどに、分厚く押し重なった日々の記憶に押しつぶされそうになってしまう。きっと、余白などないほうがよいこともあるのだろう。そんなことを思わせる。

 ある雪の日にアリスが目覚めると、夫のジュールが居間のソファーで死んでいた。突然の夫の死に動揺するアリス。けれど、生前の夫との数々の出来事を丸一日かけて清算してゆこうと儀式のような一日を続行させる。そんな中登場するのは、一人の少年ダビット。自閉症の彼は、休日になるとジュールと一緒にチェスをするのが日課となっていた。おりしも今日はまさしく、彼がチェスをしにやってくる日。思いがけない一日にリアリティを感じさせる、ダビットは不思議な存在感を放ち、静かに目の前にあるものを認めさせてくれる。溢れんばかりの感情を冷静に受け流すことができるのは、彼の存在あってこそのものだ。死を死として、ありのままに受け入れること。その不思議をつぶさに描いている。

 この物語の中で自閉症という障害は、死というものをありのままに受け入れる冷静さをくれた。単純明快なことだけを受け入れる余力だけあれば、本当はそれだけで充分なのかもしれないとさえ思わせた。複雑に絡み合う感情を持っていないこと。それは、事実を事実として受け入れる強さをくれた気がする。何事も複雑にして感情を絡めて考えるわたしたちの思考とは、異なったそれ。けれど、見失ってはいけないものをしっかりと見つめる力をくれたそれ。最小限のそれは、ときとして有効に活躍してくれた。どうかすると揺れ動いてしまう感情を許さずに、よい意味でのストッパーになってくれたのである。きっと、雪に閉ざされた一室での出来事が、こんなにも愛おしく思えるのにも役立ったはずである。

 そう、わたしたちには余計な感情が多過ぎるのだ。ときとして、物事をありのままに受け取るという、その単純さが救いとなることもあるのだ。余白の多いわたしたちの思いは、幾度も重なり合い、ぎゅうぎゅうに感情を押し込める。そして、感じることもままならないほどに、分厚く押し重なった日々の記憶に押しつぶされそうになってしまう。きっと、余白などないほうがよいこともあるのだろう。ジュールとの日々がそうであったように、わたしたちの日々にもまた、同じようなことが言えるかもしれない。事実を事実として受け入れる強さを、死というものをありのままに受け入れる冷静さをもたらしてくれたわたしたちの心に感謝する。いつ訪れるか知れないその死や痛みを、複雑にしないよう願って。

4870140519ジュールさんとの白い一日
ダイアナ ブロックホーベン オルセン 昌子
赤ちゃんとママ社 2009-07-16

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