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2009.06.06

見えない道のむこうへ

20090604_4009 短い物語の中にぎゅっと濃縮された思い。ひそやかで穏やかな語り口なのにもかかわらず、胸に残るのはずしりと重たい読後感。まるで長い旅をしてきたみたいに、どっと胸に押し寄せるものがある。ああ、ここには確かな言葉たちが紡がれているのだな。ああ、ここにはある瞬間をとらえた光景が広がっているのだな、と思わずにはいられない。クヴィント・ブーフホルツ作、平野卿子訳『見えない道のむこうへ』(講談社)は、放浪画家と島の少年との友情を描いている。年齢をこえて心を通い合わす放浪画家と音楽家を目指す少年の日々は、ひどく特別なものだ。出会い、やがて別れを迎えてもなお、永遠につながってゆくような。同じ芸術を愛する者同士ならではの、親愛と尊敬と理解とがあったのだ。

 ある穏やかな日、少年の住むアパートの上階に、放浪画家のマックスが引っ越してくる。少年はたびたびそのアトリエを訪れて、マックスが絵を描いている間、静かに彼の様子を眺めている。夕暮れになると、少年はバイオリンを弾き、マックスはそれに合わせて歌うこともあった。“どの絵にも目に見えない一本の道が通じている。それは画家が見つけなければならないものなんだ。だからあまり早く人に絵を見せるわけにはいかないんだよ。その道をまた見失ってしまうかもしれないから”と言って、描いている絵は決して見せてもらえなかったが、1年ほどが過ぎたある日マックスは長い旅に出てゆき、少年に留守を頼む。留守中入ったアトリエには、マックスの描いた数々の絵が並んでいたのだった。

 画家のマックスと少年の間に流れる雰囲気が何とも心地よい。子どもだから、大人だから…そういった垣根はふたりには何もないのだ。ただあるのは、一対一の人と人との関係である。同じ芸術を愛する者同士の心の通い合いである。少年が見ることになるマックスの描いた数々の絵は、挿絵となってページをめくるほどに次々と登場する。ドイツ語の原題である「瞬間をあつめる人」のごとく、まさに一瞬をとらえた絵たちが、無限に広がる世界をわたしたち読み手に伝えてくるのだった。作者のブーフホルツ自身は、もともと画家であるらしく、どの絵も何かを語り出しそうなほど魅力的である。とりわけ吹雪の中街中を闊歩する雪象や、表紙にもなっている霧に包まれた灯台の絵が印象的である。

 また、マックスはこんなことも言う。“自分を信じて、好きなことを続けるんだよ”と。易しい言葉ながら、深いなと思う。自分を信じること。好きなことを続けること。それは、歳を重ねるほどに難しくなることだからである。絵画も音楽も心の目で見て、心の耳で聴くもの。絶対的でないそれらを信じる力や続ける力を持つことは、並大抵のものではないだろう。自分を信じること。好きなことを続けること。それを叶える一握りの人々は、きっとそういう力が誰よりも強くしっかり胸の奥底にあった人なのだろう。何かを犠牲にしたり、自分を見失いそうになったり。それでもしがみついて、歯を食いしばって。見えない努力を隠して叶えたに違いない。見えない一本の道が通じていると信じて。

4062095513見えない道のむこうへ
Quint Buchholz 平野 卿子
講談社 1999-03

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