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2009.06.03

津軽

20090422_042 これは随筆なのかフィクションなのか、ううむとしばし悩み込む。新風土記を書くために故郷である津軽を旅した<私>は、旧友や家族、育ての親など懐かしい人々との交流を経て、<津軽人>としての自分を再確認する…という内容の、太宰治著『津軽』(新潮文庫、岩波文庫)。紀行文の体裁をしているものの、おしまいに描かれる育ての親である乳母との再会までの道筋や、津軽各地の地理や雰囲気をつかみつつ、親しい人たちの中で自分の立ち位置を浮き彫りにする構造は、紛れもなくフィクションのものと言えよう。けれど、太宰そのものを思わせる人間性や様々なエピソードは、生粋の津軽人である太宰治という人そのものであり、そのルーツをたどってさまよう、素の一人の男の姿のようにも思えてくる。

 本編は5つの章に分かれており、東京から青森の到着の夜までを描いた「巡礼」。中学の同級生N君のもてなしにゆったりとくつろぎつつ、外ヶ浜の豊かな恵みを思い、<私>を慕う人々と語り合う「蟹田」。蟹田から別の町へ移動する最中、酒の調達に嬉々とする姿や思わず買ってしまった酒のつまみの鯛の無残な結末が面白い「外ヶ浜」。津軽の歴史がやけに丹念に紹介され、いよいよ金木の生家を訪れる<私>が、家族や親戚たちとピクニックに出かける「津軽平野」。<私>が今の自分を培ったものを見出す「西海岸」では、ふと立ち寄った先々で生家に縁のある人々と出会う。育ての親である乳母との邂逅は味わい深く丁寧に描かれており、愛を追及したこの旅の象徴とも言えるだろう。

 愉快に弾むような語り口からは、溢れるばかりの郷土愛が伺えるし、自虐的ではあるけれど、自分を含めた津軽の人々を客観視しつつ、愛情を込めて笑い飛ばしてしまうかのようである。そういう感覚は、なかなか持てるものではない。故郷というものに対する何らかのしがらみ、鬱屈、卑屈にならざるを得ない記憶…そういったものが大概蠢いているからである。太宰自身は旧家に生まれたことを生涯引きずっていたらしいが、この『津軽』を読んだ限りでは、そういったことがあまり感じられない。それほどにからっとしたタッチで描かれているのである。ただ単純に「津軽が好きです」とか「私は津軽人です」という堂々とした屈託のない深い思いが表れているように感じるのだ。

 また、この旅において、洒落者であるがゆえに、誂えた背広でもなく和服でもなく、ぱっとしない色褪せた紫色の作業着で出かけてゆく<私>。それはある種の照れくささからくるものだろうか。そして、何と言っても、<私>もその友だちも戦時中にもかかわらず、お酒を呑みまくる呑みまくる。そして、すごく些細なことに対してムキになるのが可笑しい。津軽人流の過剰なサービス精神にも恐れ入ったし、その性分には後々の反省も含まれていたりして、何とも憎めない感じなのである。そうして、そんな珍道中の締めくくりとも言うべき、乳母との再会のシーンがしんみりくる。自らの育ちに足りなかったものとはこれなのか…と思い当たる部分では、じんわりと込み上げるものがあった。

4101006040津軽 (新潮文庫)
太宰 治
新潮社 1951-08

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4003109058津軽 (岩波文庫)
太宰 治
岩波書店 2004-08-19

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34 太宰治の本」カテゴリの記事

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コメント

ましろさん、はじめまして。happy01
いつも、猫の写真とともに楽しませてもらっています。
太宰の「津軽」は、私も最近読みました。
前半は、どこかとても親しめる人柄を感じました。
最後の部分の、たけとの再会の部分は
感動しますが、この部分で一挙に小説化しているので、ちょっと違和感も感じましたが。。。

投稿: honyomi | 2009.06.03 09:17

honyomiさん、はじめまして。
コメント&TBありがとうございます!
そうですね。前半部分は親しみの持てる人柄がよく出ていましたよね。
思わずふふっと笑ってしまうくらいに可笑しかったです。
たけとの再会の部分はおっしゃるように一気に小説化してますよね。
これもまたサービス精神のあらわれなのかしら…なんて、
思いつつ本を閉じたわたしです。

投稿: ましろ(honyomiさんへ) | 2009.06.03 15:33

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

投稿: 株の初心者 | 2014.08.07 09:24

ありがとうございます!
更新できないまま時が流れてしまっていますが、
こうして訪れてくださる方がいること、とても嬉しく思います。

投稿: ましろ(株の初心者さんへ) | 2014.08.08 04:04

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