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2009.06.13

ハートビート

20090604_007 走るリズムの音がする。タッタッ、タッタッ。命の鼓動の音がする。トクトク、トクトク。命ある者の音がする。それは生きるリズム。それは生きている証。わたしたちの奏でる音。命ある限り発する音。シャロン・クリーチ作、もきかずこ訳、堀川理万子絵『ハートビート』(偕成社)は、タイトルのとおり、命をテーマに扱った物語である。けれど、命そのものを重たく扱ったものではなく、ひとつの“りんご”というモチーフや今ある命と新しく芽生えた命、衰えてゆく命を織り交ぜながら、軽やかなリズムの散文詩の形式で12歳の少女の視点から綴ってゆくものである。100日間見つめ続けたりんごを通じて見えてくる命というものを、瑞々しい感性溢れる文章で紡ぐ、一味違った命の物語と言える。

 12歳の少女アニーが好きなのは、走ることと絵を描くこと。毎日のように裸足で走るアニーには幼なじみの気分屋のマックスがいて、ときどき一緒に走る。多感な年頃のアニーの周囲は何やら変わり始めている。母親のお腹には新たな命が宿り、元陸上選手の祖父は日に日に忘れっぽくなっている。ある日、週に二度ある美術の時間に課題に出されたりんごの絵を100日間描くことになるアニー。じっくりりんごを見つめ続けることで、アニーはりんごが日々変化してゆくさまに気づく。そして、さまざまな命のあり方を考え、知るのだった。堂々としたりんごは、最後にはひと粒の種となり、種はこれからの命の可能性へと繋がってゆく。それは老いゆく祖父と生まれたばかりの赤ん坊の弟にも重なる。

 この物語を魅力的にしているのは、老いゆく祖父の姿が頼もしい存在として描かれているからだろう。アニーがマックスに陸上部のチームに入らないことで臆病者と言われて落ち込んでいると“自分を見失うんじゃないぞ”と助言してくれたり、アニーの誕生日ごとに手紙を書いてくれたり(でも、手紙をあけるのは祖父の死後と言う)、“走ることの喜びのために走るのさ”などとかっこいいことを言ったりする。物忘れがひどくなる中でも、アニーをはじめ、家族のことを深く愛していることが伺える。アニーのよき理解者であり、人生の大先輩でもある祖父の存在は、アニーにとって、とても心強い存在に違いない。そして、だからこそ、アニーにとって身近な祖父の老いというものが真に迫るものとなる。

 また、アニーという少女の感性にも注目したい。何になりたいのか。何がしたいのか。自分のことがまだよくわからずにいる最中のアニー。ときどき無性に自分の立ち位置がわからなくなったりするのだ。「わたしはなぜここにいるの?」とふと思うような。わたしにも何かできることがあるはず。もっと大事なことがあるはず…そう思い悩みながら、日々を生きているのである。ときには意地になってみたり、孤独を感じてみたり、自分の正しさに疑問を感じてみたり、そして幸せを噛み締めてみたり、新たな命の誕生を喜ぶ傍らで、祖父の命の先の短さを思ったり…。そういう人間的な部分に惹かれずにはいられない。等身大の命を真摯に見つめる少女の姿に寄り添うことがとても心地よいと感じられた。

4037267608ハートビート
堀川 理万子 Sharon Creech もき かずこ
偕成社 2009-03

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≪シャロン・クリーチの本に関する過去記事≫
 ・『あの犬が好き』(2008-11-07)


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