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2009.06.09

私たちがやったこと

20090515_020 息が詰まりそうな凄まじいばかりの狂気にくらくらとなる。何しろ互いをひとつにせんばかりに、私とあなた、その境界を曖昧にさせるのだから。私という個など必要ない。あなたという個なども必要ない。むしろ、“私とあなた”、或いは“あなたと私”という個が必要なのだと言わんばかりに。そうして“私たち”になれば、何も怖くないはずだった。レベッカ・ブラウン著、柴田元幸訳『私たちがやったこと』(新潮文庫)という美しくも幻想的な短編集の表題作は、互いが不可欠になるために耳を聞こえなくした画家の<私>と、目を見えなくしたピアニストの<あなた>の物語である。愛する二人の世界はどこまでも閉じていて、その綻びに気づき始めたとき、痛烈なまでのおしまいが待ち受けている。

 “安全のために、私たちはあなたの目をつぶして私の耳の中を焼くことに合意した。こうすれば私たちはいつも一緒にいるはずだ”という印象的なはじまりは、二人の関係の濃密さと切実なまでの思いを感じさせる。外部を遮断して、まるでさも耳が聞こえるように、目が見えるように振舞う<私>と<あなた>。二人の世界を誰にも邪魔させない。そして、<あなた>なしでも<私>なしでも生きられないように、あくまでも、<私たち>でいられるための手段。それを選んだはずだった二人には、落とし穴がいくつもあったのだった。愛は盲目と言うけれど、まさにそれを描いたような狂気の世界。恐ろしいのに惹かれるのは、きっとここまで誰かを愛したことがないからかもしれない。

 その他の印象的な物語を挙げると、「結婚の悦び」では、二人きりで過ごすはずの新婚旅行先の人里離れたコテージに、夫の知人がどっと押し寄せてくる。夢と現実の区別のつかない世界が狂気に取り憑かれたように押し寄せる。そして、「よき友」では互いに同性愛者同士の男女の友情を描いていて、ほんのりあたたかさを感じる物語だ。けれど、恋人を亡くし自分の死期が近づいている日常からは、狂気を超えた何かを覚える気もする。「悲しみ」では、外国へ旅立つ彼女を送る私たちの残された思いを描く。誰かがいなくなって、ぽっかりと穴があく。そんな思いを彼女が戻ってくることを懸命に信じて埋めようとする物語である。その虚しさ漂う雰囲気に呑み込まれてはっとする。

 いずれも様々なかたちの織り成す愛の物語に違いなく、狂気を孕んだものが多い。登場人物に名前が与えられているものは少なく、ごくごく閉ざされた世界で登場人物たちは生きているように感じる。あくまでも愛する<あなた>と<私>の世界なのである。性別も年齢も余計なものは取り払われて、ごくごくシンプルな生身の人間がここにはいる。そうして、“愛する”というひどく困難ながら誰もが求め得るものを全身全霊で行う。愛されるという期待などなく、ただただ見返りを求めない愛としての“愛する”を。だから苦しい。とても苦しい。ひどくつらい。ひどく痛い。けれど、これが不器用ながら生きるわたしたちの為すすべなのですよ、と物語たちは語っているような気さえしてくるのだった。

4102149325私たちがやったこと (新潮文庫)
Rebecca Brown 柴田 元幸
新潮社 2008-09-30

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  ≪レベッカ・ブラウンの本に関する過去記事≫
  ・『若かった日々』(2007-02-13)
  ・『体の贈り物』(2007-02-06)
  ・『家庭の医学』(2005-07-31)


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コメント

柴田訳っていうのが凄く気になるなあ。この人の訳はエドワード・ゴーリーの絵本くらいしか知らないのですが、かなり好きで。小説も読んでみたいです~。

投稿: アグリ | 2009.06.10 12:02

アグリさん、コメントありがとうございます!
柴田さんの訳はどの訳もいいですよ。
レベッカ・ブラウンの訳は無駄な言葉が削ぎ落とされていて、
簡潔でとても好きです。もっと読んでみたいと思わせてくれます。

投稿: ましろ(アグリさんへ) | 2009.06.10 16:42

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