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2009.06.25

古都

20090624_034 四季の移ろいと共に紡がれる物語は、何とも味わい深いものがある。京都という土地を全く知らないわたしにとっては、そこで行われる四季折々の行事ひとつひとつが奥ゆかしいぬくもりを持って、魅力的なものとして伝わってきた。そして、そうした四季折々の行事に彩りを添える物語が、また美しくも複雑な心理を描き出しているようで興味深かった。川端康成著『古都』(新潮文庫)は、京都の呉服問屋の家の前に捨てられ、大切な一人娘として育てられてきた千重子が、偶然自分と瓜二つの村の娘・苗子と出会う物語だ。その娘は、どうやら生き別れとなった千重子の姉妹らしい。互いに惹かれ合いながらも、身分の異なる育ちを20年間してきたために、一緒になれない姉妹。それが何とももどかしい。

 物語は淡々と進み、千重子の自分が捨て子である、という発言以外は、京都の四季の移り変わりに目を奪われる。けれど、千重子が双子の姉妹らしき苗子と出会ってから、読み手はその動向に目を奪われはじめることだろう。それまでの千重子は、自分が捨て子であるという引け目から、両親(育ての親)に対しての感謝の念が溢れんばかりで、何でも両親の言うとおりにしてきたし、今後もそのつもりで生きてきたのだった。けれど、苗子と出会ってからは、彼女に会いたい思いが強く出てきて、そのような願望を持つ罪悪感と葛藤している。貧しい生活を強いられている苗子。けれど、苗子だったかもしれない自分を思うと、感情は複雑に絡み合い交錯する。実に、奥ゆかしい感情でもある。

 一方、苗子のほうはというと、やはり千重子との身分の違いを気にしている。千重子のことを“お嬢さん”と呼ぶほどであるから、よほど自分の身の上を恥じていたのかもしれない。千重子のことを思えば思うほどに、千重子に迷惑にならないように会うこともためらうほどである。山奥の村で、ひそやかに千重子を思い続けるばかりだ。その決意は固く、村に会いに行くのはもっぱら千重子で、千重子の家にはなかなか来ようとしない苗子。20年という月日は、とてつもなく長いものであったと感じずにいられない。けれど、同時に出会った先から惹かれ合うほどに二人は強く結ばれていたと考えれば、月日など本当は関係ないのかもしれない。きっと苗子の中の感情も複雑だったに違いない。

 双子の姉妹のそれぞれの生い立ち、再会、姉妹の絆、ある一人の男をめぐる姉妹の葛藤…物語の要素は一見波乱を呼びそうにも思えるけれど、あくまでも淡々と四季折々の描写と共に展開する。あくまでも家族や姉妹同士の思いやりや慈しみが物語の軸としてあるような気がするのだ。そうして、相手を思いやる気持ちが、何が最良の選択なのかを見出すのである。物語世界は、徹底して上品な奥ゆかしさの中にあって、わたしたちが現在過ごす時間とは異なる流れすら感じる。京都という土地がそうさせたのか。それとも、時代がそうさせたのか。京都を知らないわたしにはわからない。ただわかるのは、互いを思い合う姉妹が、それぞれの環境の中で懸命に生きてゆくであろうということくらいだ。

4101001219古都 (新潮文庫)
川端 康成
新潮社 1968-08

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