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2009.06.10

ドンナ・マサヨの悪魔

20090610_004 いくつもの死と生の連鎖上にあるひとつの神秘である、生命の誕生。それを人間が人間になる以前の生命体という起源から遡って、何ともニヒリスティックに語る悪魔の声に耳を澄ませば、出産という大イベントが単なる“おめでた”ではないことを思い知る。これまでにいかに多くの死と生とが繰り返してきたのかを思うと、気が遠くなるほどである。村田喜代子著『ドンナ・マサヨの悪魔』(文藝春秋)は、現代の出産という実態を娘の胎内に宿った不気味な悪魔と、やがてその祖母となるはずのマサヨとの対話が何ともユニークな風刺的な物語。客観的に出産を見守りつつも、悪魔の声に翻弄されつつ、自分のあり方を見つめてゆく。そんな物語のようにも思えてくる不思議な後味の一冊である。

 イタリアに留学中だった娘の香奈が妊娠して結婚を機に夫であるパウロと帰国。マサヨ夫婦と同居を始めることになる。ときどき犬や猫が話しかけてくる声が聞こえるマサヨは、娘のお腹の中に宿る胎児らしい、不気味な悪魔の声を聞く。“ばあさん”とか“愚かな老女よ”と呼びかけられるひそやかな悪魔との交信の中で、マサヨはイタリア語で海を意味する“イルマーレ”と名乗る声と出会い、生命誕生の神秘を考える。呆れるほどにえげつないことを語り出したかと思えば、人間の進化や生まれ変わりを語る憎めない悪魔の存在。祖母となる身としては、話を聞いてやらないわけにもいかず、悪魔のペースに呑み込まれてゆくマサヨの姿が何だか可笑しい。果たして子どもは無事に生まれるのだろうか…。

 この悪魔、香奈が眠っている隙を見計らってマサヨに話しかけるという次第。マサヨ以外にはこの存在を知る者はいない。祖父になろうとしているマサヨの夫は、異国の婿をなかなか受け入れられず、家を二世帯住宅に改築することでしか自分の気持ちを表せない。出産に対して盲目的になりがちな香奈をおろおろと支えるパウロの姿もまた頼りなく、いざとなると女は強しと思える。娘を励まし、包み込むように婿を受け入れ、悪魔の声までも受け入れてしまうマサヨは、なんと大らかな人だろうと思う。これこそ母性というものなのか。それとも、年齢の為せるわざなのか。今や子育ては祖父母が担う時代になったというけれど、その実態に思わず前のめりになって物語に読み耽っていることに気づく。

 生命の誕生をユニークに、全く新しい視点から描いているところが魅力のこの物語。いくつもの死と生の連鎖上にあるひとつの神秘である、生命の誕生を人間が人間になる以前の生命体という起源から遡って語る悪魔の声を、ただ受け流すことはできないはずだ。これまでにいかに多くの死と生とが繰り返してきたのかを思うと、気が遠くなるほどであるが、わたしたちもその繰り返しの中で、皆こうしてこの世界に誕生してきたと思うと、感慨深いものがある。この悪魔の声によって、見つめ直さなければならない現実を垣間見られた気もするから不思議である。生命の神秘に一歩近づけた気がするのは、きっと決してこの物語が他人事ではなく、わたしたちの身近に迫りくるものであるからだろう。

4163281908ドンナ・マサヨの悪魔
村田 喜代子
文藝春秋 2009-05

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 ≪村田喜代子の本に関する過去記事≫
 ・『あなたと共に逝きましょう』(2009-02-29)


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コメント

こんにちは。

この本、とってもおもしろそうですね~。
最近(最近?)貧乏なわたし(笑)
早速図書館の蔵書検索したんだけど
予約が8件入っててすぐに読めそうにありません。
待てるかな?待てないかな?
うずうず…(笑)

↓の本もおもしろそう。
こっちも検索してみます。

いつもありがとう。
ましろちゃんはいつも素敵なナビゲーター♪

投稿: nadja | 2009.06.11 17:30

nadjaさん、コメントありがとうございます!
この本面白いですよー。
同じく貧乏性のわたしは図書館で借りました。
運よく新刊の棚で見かけてラッキーと思いましたよん。
あまり順番待ちしなくてもよいところは、
田舎に住んでいてよかったなぁと思うところです。

レベッカ・ブラウンもよいですよ。
こちらは珍しく(?)自腹本です!
文庫だと気軽に手が伸びるみたいです。
積んでた時期がすごーく長かったけれど(苦笑)
こちらもオススメです。

投稿: ましろ(nadjaさんへ) | 2009.06.11 19:03

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