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2009.06.01

霊降ろし

20090531_001 自分の立っている場所が揺らぐ瞬間。確かに歩いてきたはずの道を一転させる出来事は、いつやってくるのかわからない。わからないからこそ、生きることは手探りで危うい。危ういからこそ、わたしたちは似たような日々を積み重ねているのかもしれない。怖いから重ねる。臆病なわたしたちは積み重ねられた日々に安堵する。それが変わりはじめる兆しに目を瞑る。田山朔美著『霊降ろし』(文藝春秋)には、「裏庭の穴」と表題作とが収録されている。タイプの異なる物語ながら、どちらにも共通するのは、懸命に生きようとする姿。今置かれた状況の中で、ほんの少しでも希望を見つけようと、もがきあがく姿である。そういう姿を見ていると、何だか自分の生き方を思わず省みてしまうのだった。

 「裏庭の穴」では、母親が庭に穴を掘っている記憶からはじまる。これを夢と思いなさいと言われたものの、主人公の中にはいつまでもこの記憶がくすぶっている。そんな主人公は夫に浮気され続け、娘にはろくに口もきいてもらえず、家庭崩壊の中にいる。ある日娘がふいに豚を飼いたいと言い出し、ミニ豚を飼うことになる。お隣の住人は、監視するように庭にいる主人公を覗き、ありもしない苦情を町内会長に訴えたりする。夫の浮気相手が家に乗り込んできたり、学校役員にあやしげな勧誘をされたり、その他にもいろいろな日常が描かれ、唯一の慰めはミニ豚だけである。そうして、いつしか庭に穴を掘っている記憶の中の母と主人公が呼応するように身近になる。圧巻のラストが待っている。

 表題作「霊降ろし」。こちらは女子高生が主人公。降霊術をするふりをして、あたりさわりのない言葉を口にすることを繰り返していた友紀だったが、ある日本当に霊が降りてきてしまい、その才能を見込まれてしまう。人を利用することに長けた拝み屋の女、その女のさらにどうしようもない若いヒモの男、家庭を顧みない父親、亡くなった長女(友紀の姉)のことだけを思い続けて仏壇の前から離れようとしない母。そんな状況の中で、学校に行くことだけが唯一の救いだと感じている友紀。流されつつも、自分を見失わないでい続ける彼女の強い凛とした姿勢がひたむきで頼もしい。彼女が出会う、友達の存在も大きいように思える。陽の光が降りそそぐ学校の屋上での場面はきらきらしている。

 どちらの物語も崩壊した家庭の中で生きている主人公である。けれど、決して自分を見失ったりはしない。自分の物語に対して、自分で決着をつける。逞しいほどに冷静に。力強く鮮明な文体の中に、彼女たちの内面がくっきりと描き出されている。忍耐の中から生まれ出す、新たな感情、道しるべ…そういったものに敏感な彼女たち。自分の立っている場所。それがぐらぐらと揺れ出すのを、逃さない。それを転機として、あるいは運命として受け入れる。そうすることで積み重ねられた日々は、ほんのり希望を見せはじめることもあるのだ。手探りでも、危うくても、確実な一歩をたどること。それは、彼女たちの強みである。日々が変わりはじめる兆しは、あちらこちらに埋もれているのだ。

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田山 朔美
文藝春秋 2009-04

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