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2009.06.04

まだ名前のない小さな本

20090529_010jpg_effected とぼとぼでもすたすたでも。歩いてもいいし、走ってもいい。でも、自分のペースというのが大事なのだ。そのペース配分を間違えたら、たちまち足をつかまれる。むやみやたらともがきあがいたところで、わたしたちの誰一人として一歩を進むことはできない。つまり、成長することができないということ。だから自分のペースでゆっくりでもいいから回り道をしてもいいから、確実な一歩をたどるべきなのだろう。一歩一歩、確実に。一歩を慈しむように大切に。ホセ・アントニオ・ミリャン著、ペリーコ・パストール絵、安藤哲行訳『まだ名前のない小さな本』(晶文社)には、そんなメッセージが隠されているように思う。焦る必要など、どこにもない。わたしは世界にたった一人の存在なのだから。

 物語の主人公は<ちっちゃなお話>。まだ“むかしむかし”と“おしまい”の2行しかない。<ちっちゃなお話>の父親は「民法書」で母親は毎週表紙を変える「科学雑誌」。忙しくていつも学者の集まりに出かけて留守しがちである。だから<ちっちゃなお話>は、お手伝いさんの「クッキング・ブック」に世話してもらっている。毎週2回だけ学校に行くのだが、習うことはつづり方や算数。面白いことに、掛け算は16の段を覚えるということ。なぜなら本は16ページずつ縫製されてできているのだから。そして、学校の修了証書が著作権のマーク。これがついたら、立派な本の出来上がりというわけである。けれど、<ちっちゃなお話>は、まだ2行しか中身がないので、焦ってしまうのだった。

 主人公の<ちっちゃなお話>をはじめ、擬人化された本たちが織り成す物語は、独特のユーモアで語られてゆく。そのユーモアの奥に隠された、親心や子どもの冒険心、成長といったものが微笑ましい。<ちっちゃなお話>は、一人前の本になるために、なぜ自分は大きくならないかという謎を解決するために行動に出る。百科事典のところに相談に行くのである。キャリアのある親心としては我が子の成長を願わずにはいられず、祖父母からしてみたらいつまでも小さいままの孫でいて欲しい。そんな中で、<ちっちゃなお話>は自分なりに答えを探す旅にでたわけである。わずか2行しかなかったお話の大冒険である。百科事典のところまでたどり着くのがまた大変で、てんやわんやの大騒ぎになる。

 とぼとぼでもすたすたでも。歩いてもいいし、走ってもいい。でも、自分のペースというのが大事なのだということを知らしめる物語の展開。自分のペースでゆっくりでもいいから回り道をしてもいいから、確実な一歩をたどるべきなのだと。一歩一歩、確実に。一歩を慈しむように大切に。そして、いつの日かわたしたちは<ちっちゃなお話>の物語を読むに違いない。厚みを持った<ちっちゃなお話>ならではの物語を。その時はまだ名前のなかった小さな本にも、ちゃんとタイトルがつけられていることだろう。どんなふうに物語られるのか楽しみである。そうして、もしかしたらわたしたち一人一人も物語を持っているのかもしれない。それぞれのペースで紡がれた、それぞれの物語を。

4794926642まだ名前のない小さな本 (シリーズ 愛書・探書・蔵書)
ペリーコ パストール 安藤 哲行
晶文社 2005-02-05

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