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2009.04.14

エ/ン/ジ/ン

20090410_001 過ぎ去った時代の真実を、わたしはどうあがいても知るすべがない。よき時代にしろ、悪しき時代にしろ、古い映像や人の噂、誰かの想像や回想、つまりは伝聞としてしか知るすべがないのである。けれど、ときどき自分の生まれた時代のことをふと知りたいと思うことがある。わたしはなぜ生まれ、ここにあるのか。その根源的なルーツを、もっと確かな手ざわりとしてふれてみたいと思うのだ。中島京子著『エ/ン/ジ/ン』(角川書店)は、高度経済成長の1970年代をめぐる物語である。人嫌いで孤独な夢想家の“エンジン”とも“ゴリ”とも呼ばれた人物を捜して、その痕跡をたどってゆく。人々の記憶を頼りに、次々と不可思議な人物たちと出会い、その正体に迫ってゆくのである。

 物語は葛見隆一という人物が、身に覚えのない幼稚園の同窓会の招待状を受け取ったことに始まる。仕事と恋人を同時に失い、長い休暇にさしかかった隆一は、会場にたった一人きりで待っていた蔵橋ミライと知り合う。彼女いわく、その幼稚園は1年足らずで閉鎖を余儀なくされ、その幼稚園を運営していた母とそこに出入りしていた人物との間に自分は生まれたらしいのだと言う。そして、母が記憶障害に侵されている今、その真実を聞き出すことも叶わず、その父親らしい人物を捜しているのだと言う。けれど、手がかりは“エンジン”と“ゴリ”のふたつのあだ名くらいだけ。彼が消えた時代は、70年代。激動の時代である。今となっては信じられないようなことがまかり通っていた時代でもある。

 物語は隆一とミライのふたりを追いつつも、冷静な目が語り続ける。彼らの成長を見守るような視点で。それは、物語の後に登場する作家の視点である。第三者が語ることによって、物語は読者に近い視点で描かれる。30数年前の1970年代に、自分たちの父や母は何を考え、どう生きていたのかを探るふたり。そして、今とはまるで異なる世界が浮き上がってくることに驚愕する。作りものめいたものが、過激派の闘争の話が、怪獣番組の奇妙さが、すべて本当の事実らしいからである。けれど、すべては伝聞でしか今となっては聞き出せないことばかりが並び、その真実の有無は定かではない。人の記憶は曖昧で、人の噂は悪いことばかりが残るものだから。人間とはなんとも不可思議な生き物である。

 そうして、読者が物語の最後まで読み終えて感じるのは、過ぎ去った遠い日の時間を一緒になって夢中に捜したという達成感のようなものである。自分の生まれていなかった時代、自分の生まれた時代、その当時の両親のこと…それらは、今を生きるわたしにとっては、激動の時代に違いなく、若き父も母も青春していたであろうということである。当然のことながら、彼らにも若い時代があり、恥ずかしい過去があり、隠しておきたい秘密もあったことだろうと思うと、無性に親近感がわいてくる。生きた時代は違っても、生きていたという証は、親の世代から子どもの世代へと確かに受け継がれ、ちゃんと何かが伝わっているのだろうと思うのだった。胸の奥にぽっと灯ったあたたかな明かりのように。

4048739301エ/ン/ジ/ン
中島 京子
角川グループパブリッシング 2009-02-28

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