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2009.04.04

すりばちの底にあるというボタン

20090403_009 信じること。そこにある夢や希望や未来は、いくつになっても忘れたくないもの。いや、決して忘れてはならないものなのかもしれない。そして、いつまでもずっと胸に秘めておきたいものでもある。今を生き抜くために。これからを生き抜くために。大人も子どもも関係なく、自分の信じたい道を歩いてゆけたら、進んでゆけたら、どんなに素敵なことだろう。大島真寿美著『すりばちの底にあるというボタン』(講談社)には、信じるということの素晴らしさを伝えてくれる物語が展開されている。どこか懐かしく、どこか新鮮で、どこかほっこりする。今を、これから先の未来を信じる大切さ、そんなことを思わせてくれる。登場する子どもたちの勇姿に逞しさを覚えながら、一気に物語に引き込まれてゆく。

 老齢の住人が多くなり、空室も目立つ、寂れはじめた“すりばち団地”に広まる秘密の噂、それはすり鉢状になっている土地の真ん中にスイッチのようなボタンがあるというものだった。団地に越してきたばかりの晴人がおじさんから聞いたのは、ボタンを押すと願いが叶うというもの。けれど、同じ団地に住む薫子と雪乃、雪乃の兄・邦彦が言う噂は、ボタンを押すと世界が沈んでしまうというものだった。全く異なる2つのボタンの噂。ボタンの真相を確かめるべく、4人はボタンのことを知っている人の話を聞いたり、ボタンを守ろうと探しまわったりすることになる。果たして、すりばち団地の行方はどうなるのか…?真実を求める子どもたちの奮闘ぶりが頼もしく丁寧なタッチで描かれてゆく。

 この団地に越してきたばかりの晴人は、すりばち団地の活性化に熱心な祖母と父親の弟にあたるおじさんと暮らしている。母親を知らないまま父親と大きなマンションで暮らしていたものの、突然父親は失踪。施設での暮らしを余儀なくされ、おじさんのもとにひきとられた。このおじさんもまた、中国人の妻とその間に生まれた子どもと離れ離れに暮らすことを余儀なくされている。晴人と出会う薫子もまた母子家庭に育ち、あっけらかんと“同情なんて、いらないよね”という印象的な言葉を放つ。同情的な視線を浴び続けてきた晴人の気持ちが、ほんのりとほぐれたのがわかる場面だ。それまで、ネットの世界に逃げ込みがちだった彼の成長の一歩がここからスタートしたようにも感じられる。

 物語に描かれるのは、地域社会の崩壊と希薄になりつつある人間関係への警告だろうか。けれど、団地に広まる噂に立ち向かおうとする子どもたちの熱心さや真剣なまなざしを通して見えてくるのは、まだまだこの社会も捨てたものじゃないという思いだ。時には大人たちの助けを借りて、時には子どもたちだけで一致団結して、そうやってひとつのことに立ち向かう姿は、なんとも微笑ましく喜ばしい。ああ、大人も子どももないのだな。もはやその境界線は淡く、人と人との生身の関わり合いであるに違いないとさえ思えてくる。そうだ、いつだって子どもの気持ちでいられる。大人でいながらにして、わたしたちは子どものままなのかもしれない。信じることを忘れなければ、きっと。きっと。

4062153068すりばちの底にあるというボタン
大島 真寿美
講談社 2009-02-18

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