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2009.04.26

黄金の魚

20090422_039 一匹の魚が捕らえようとする手から逃れるように、するりするりと身をかわす。時の流れに逆らうように。時に流れに身をたゆたわせながら。それでも押し流されることなく、自分の選んだ道、信じた道を泳いでゆく。ル・クレジオ著、村野美優訳『黄金の魚(きんのさかな)』(北冬舎)は、15年にもわたるある一人の少女の流転、放浪の日々を描いた物語である。まるで魚が捕まえようとする誰かの手から逃れるように、するりと身をかわしてゆくような生き方をする少女ライラ。彼女は幼少期に暴力の手で捕らえられ、売られてしまった。過酷な現実の中に投げ込まれ、さまよいながらも、健気に生き抜こうとする少女の物語は、静かな余韻を残して確かなものとして胸を打つものだ。

 物語はモロッコからはじまる。さらわれて老婆ラッラ・アスーマに買われたライラは、片方の耳が不自由である。まだ6歳か7歳だったライラにさらわれる以前の記憶はなく、過去の形見は三日月形をした金のイヤリングだけ。ラッラ・アスーマは、ライラの将来を考えて、身の回りの世話をさせながらも、フランス語やスペイン語の読み書き、暗算や幾何などを教えてくれた。だが、ラッラ・アスーマの死後、ライラは15年にも及ぶ放浪の旅をしなければならなくなるのである。堕胎婦と娼婦たちの館での暮らし、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカと点々とするライラ。運命に弄ばれるように、けれど、ある一線は越えないように。彼女の中にはどこか芯の強い部分があったように感じられる。

 ライラには人を惹きつける魅力があって、出会う人出会う人すべての人が、ライラを自分のものにしようと彼女を縛りつけようとする。なぜなら、彼女はたくさんの言語を操る力と読書による知識やいくつもの才能を秘めていたからだ。中でも、彼女の研ぎ澄まされた感性は、音楽の才能を開花させる。もちろん、生きるために悪さをすることもしばしばだった。けれど、彼女はどこか落ちぶれてゆく人々とは異なり、気品を損なうことはなかったような気がする。彼女の放浪の日々は、自分探しの放浪とは異なり、自らが持っていた才能や感性を研ぎ澄ますための放浪のような気さえしたのだった。誰からも束縛されずに、自由に泳ぐ魚のような。そんな生き方。まさに黄金の魚の名にふさわしい。

 “世界には自分の居場所などないのだ、どこへ行っても自分はよそ者みたいだ、だから、いつも別の場所へ行く夢をみなければならない”ライラはこんなふうに考える。そして、いつしか自分が何者でもなくてもちっとも怖くなる日まで、彼女の生き様を物語は追う。彼女の放浪の日々はまだまだ続く。きっと生涯続くのだろう。生きている限り。ずっと。果てしなく。けれど、確かに彼女は自分の中にそのルーツを見出し、才能を開花させ、生き抜くことを選んだ。過酷な運命に翻弄されながらも自分を見失わない強い力を、彼女の中に読み手は見つけるに違いない。ライラ。あなたの行く先が少しでも明るい方へ向かいますように。そう願わずにはいられない。そして、きっとあなたを忘れない。

4860730100黄金の魚
J.M.G. Le Cl´ezio 村野 美優
北冬舎 2003-02

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