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2009.04.10

春昼・春昼後刻

20090410a_9015 春らしいうららかな日、うつらうつらとゆうるりまったりと読書に浸りきったところではっと目が覚める。夢とも現実ともつかぬままに、いつしか物語に呑み込まれているわたしがいるのだ。ああ、なんて恐ろしや。ああ、なんという夢。泉鏡花著『春昼・春昼後刻』(岩波文庫)は、まさにそんな一冊である。散文のようにのどか過ぎるほどにはじまった物語は、途中からいとも容易く読者を未知なる怪しげな世界へと誘うのである。ややこしく思えるほどに遠くから聞こえるような語り(たぶんそれは話を語る和尚も若者から聞いたという話だからに違いない)と、舞台のような美しくもおぞましい光景は、うららかな春にうつらうつらとしていたら、ぞっと一気に背筋が寒くなる様相をしている。

 「春昼」では、久能谷の観音堂を訪れた“散策子”にそこの和尚が恋に纏わる奇譚を語り伝える物語である。去年の夏のこと。庵室の客人となった若者が土地の資産家の妻である“玉脇みを”に一目惚れし、恋焦がれるあまりに命を絶つまでに至ってしまう。自殺する数日前の夜、彼は寺の裏山の谷奥で不思議な光景を見たらしいと語っていた。続く「春昼後刻」では、“散策子”が寺からの帰り道、その渦中の人物“玉脇みを”と出会う場面が描かれてゆく。見知らぬ散策子に悩ましい思いを打ち明け、気が狂うほど恋しい懐かしい人がいるが、どうしても逢えないのだと語る。地獄でも極楽でも、逢いたい人がいるのなら、そこへゆくという。そして散策子が蒼ざめるような結末が待っているのだった。

 のどか過ぎるような「春昼」の冒頭、散策子が一匹の蛇がある屋敷に入ってゆくのを見る。近くの畑にいるお爺さんに注意するのだが、その屋敷というのが“みを”の家であったことが「春昼後刻」でわかり、散策子はぞっとする。みをは散策子が来るのを待ちわびていたかの様子で、見ず知らずの者である散策子に心中を語ったかと思えば、暇つぶしのノートを見せ、さらにぞっとさせる。それは、一面に△○□と書いてあったからに他ならず、若者が死ぬ前に和尚に語った話を連想させるものであったからに他ならない。その和尚が散策子に語ったのは、客人と散策子が似ているというだけの理由であったが、それも何かの因果関係のようにも思えてくるから恐ろしさが増すというものである。

 この物語全体に漂う妖気のようなもの。それは遠く離れていた話が身近に迫りくるからに違いない。和尚が語っている話は、客人から聞いた話であり、誰かを介して語られたものを再度語り直していることによって、少し距離を隔てている。しかし、後半になるにつれ、それは渦中の当人から直接語られることにより、真実味を帯び、外へ向いていたベクトルがいつしか内へ内へと向いていることに気づく。まるで散策子や読者を物語の中に封じ込めようとしているかのようにも受け取れるのである。春ののどかすぎる物語のはじまりやタイトルからは想像もつかないような世界へと、いつしか散策子も読者も迷い込んでいる。ああ、なんて恐ろしや。ああ、なんという夢。春という季節を侮るなかれ。

4003102754春昼(しゅんちゅう);春昼後刻(しゅんちゅうごこく) (岩波文庫)
泉 鏡花
岩波書店 1987-04

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コメント

ましろさん、こんにちは~。
この作品、今の時期にぴったりかもしれないですね。
どうしようもなく眠気を誘うこの始まりが
「春眠」という言葉にすごく似合うような気がしてます。
それでいて、それに油断してゆらゆらとしてると
思いがけず、いきなり鏡花の世界に引きずりこまれるのですが。

楽しまれたのならいいのですが~。
大丈夫だったでしょうか。と、どきどき。

投稿: 四季 | 2009.04.13 14:37

四季さん、コメントありがとうございます!
はいー。まさにこの季節にぴったりな作品でした。
4ページくらいで眠気がかなりきたのですが(苦笑)、
それでも一気に読みましたよ。
油断していたら大変なことになりました(笑)。
でも、楽しかったです。
泉鏡花のほかの作品ももっと読んでみたいと思いました!
「婦系図」でちょっと合わないかなと敬遠していたのですが、
これはかなり好みの作品でした。

投稿: ましろ(四季さんへ) | 2009.04.13 19:50

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